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縁の下のバイオリン弾き
27 レディ・ハミルトン
2011年7月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 世上に流布しているハミルトン像のひとつ「キルケに扮したエマ」ジョージ・ロムニー作。1782−86年ごろ。
▲ 私がフォッグ美術館で見た絵に最も近いイメージ「ミランダに扮したエマ」ジョージ・ロムニー作。1782−86年ごろ。
「一期一会」(いちごいちえ)ということばがある。どんな出会いもその時限りでまた繰り返すことはできない、という意味で、だからその出会いを大切にしなさい、ということだ。

人との出会いに使われる事が多いが、芸術との関係においても「一期一会」はある。あの時あの音楽、あの絵画、あの小説に出会わなかったら自分の人生は今のようではなかっただろう、その出会いによって自分はいかばかり豊かになったことか、という思いは誰しも持っていると思う。

そういう経験の一つとして私には忘れられないのがジョージ・ロムニーの「レディ・ハミルトン像」だ。私はこの絵を20年以上も前にハーバード大学のフォッグ美術館で見た。小さな絵なのだが、荒いタッチで描かれた口を半ば開けた、放心したような若い女の肖像は心に残るものがあった。

それまで私はジョージ・ロムニーなんて名前は聞いた事もなかった。モデルのレディ・ハミルトンは名前ぐらいは聞いた事があったかもしれない。自分が弾くアイルランド音楽の中に「ミス・ハミルトン」という美しい曲があって私はこよなく愛していたから、絵を見たとたんに「ああ、あのミス・ハミルトンだ」と思った。つまり、「ミス・ハミルトン」を「レディ・ハミルトン」の事だと思ったのだ。でも残念ながらこれは何年も後にまちがいだったと判明した。「ミス・ハミルトン」という曲はレディ・ハミルトンが生まれるずっと前に作曲されている。

レディ・ハミルトンについて私が知っていたことは、ホレーショ・ネルソンの愛人だった、ということにつきる。ネルソンは1805年トラファルガーの海戦でフランス・スペイン連合艦隊をやぶり、ナポレオンの没落を決定的にしたイギリスの海軍提督だ。彼はこの海戦を前にして全艦隊に「英国は諸君が任務を全うする事を期待する」というメッセージを手旗信号で送った。そして戦闘を指揮中に被弾して亡くなった。救国の英雄であり、軍人のかがみだ、というわけでロンドンのトラファルガー広場には彼の像をのせた記念柱が建っている。

そのネルソンの愛人だったということは知っていたけれど、そのほかにはレディ・ハミルトンについて知る事はなかった。

フォッグで絵を見たのがきっかけになって私はレディ・ハミルトンの事を読みあさった。そしてびっくり仰天した。彼女は私がそれまで「レディ」というタイトルから漠然と想像していたような貴族では全然なかった。貴族どころか、自分の魅力と機智を出世の糸口としなければならなかった下層階級の出身だった。

本名をエイミー・ライオンといったが、のちにエマ・ハートと改名した。家はまずしく、生まれたばかりの時に父をなくし、教育を受けられなかった。16歳ぐらいからある貴族の愛人になったが妊娠してお払い箱になり、主人の友達の貴族にひきとられた。ところが今度は新しい主人が借金で首が回らなくなったので、経済的援助とひきかえにイタリアのナポリ(当時は独立国)駐在の英国大使だった彼のおじさんにゆずり渡された。エマの21歳の時の事だ。

このおじさんがハミルトン卿で、年齢の差にもかかわらず、エマにぞっこん惚れ込んで結婚した。それでエマはレディ・ハミルトンになったわけである。ハミルトン卿は妻をなくしていて、エマと結婚した時は60歳、彼女のほうは26歳だった。

ナポリ王妃マリア・カロリーナはオーストリア皇室の出で、フランス革命で処刑されたフランス王妃マリー・アントワネットの姉だった。当然ナポレオンとは敵対していたから、1798年、ネルソンがエジプトのナイル河口沖でフランス艦隊を打ち破ってナポリに来た時は大歓迎した。ネルソンはハミルトン卿夫妻の家に滞在した。

ネルソンとエマははげしい恋に落ちた。ネルソンの方が7歳年上だ。ネルソンも結婚していたため、これはダブル不倫だったわけだが、ハミルトン卿のほうは黙認同然だった。2年後英国に帰った後も3人は同じ家に住んだほどで、よほどエマを愛していたのだろう。そのうちに卿が死ぬと二人はだれはばかることなく同棲した。ものがたい英国の社会がこの不倫を許すはずがなく、ネルソンは非難の嵐にさらされた。ネルソンのえらい所はこれに屈せず断固として恋を貫いたことである。

ネルソンのように海軍軍人として数々の戦勝をあげ、英国を代表する名士となった人間が自分の名誉を傷つけかねない恋愛に忠実だということはめったにあるものではない。エマのほうも心から彼を愛していた。2人の間には娘が1人生まれたがネルソンの死後家族から認知してもらえなかった。

ネルソンは47歳で死んでしまった。が、生前彼は自分のはらった犠牲と勲功の大きさに確信をもっていた。なにしろ戦傷のため右腕と右目を失ったという「姓は丹下、名は左膳」を地でいく男だったのだ。そして最後には大決戦のさなかに壮烈な戦死をとげた。彼がいなければ英国はナポレオン帝国の版図に入っていたかもしれなかった。だから自分の死後エマと娘が安楽な生活ができるよう十分な処置をとることを英国政府に要求したのは当然のことだった。それでも何倍もおつりが出るくらい彼は偉大だったのだ。あろうことか英国政府は彼の遺言を無視した。財産はネルソンの弟と、離婚するつもりだった妻のものとなった。

エマはその後生活に困り、借金苦からフランスにのがれ、そこでなくなった。49歳だった。

ネルソンとエマの恋はそれこそ一生に一度の大恋愛というにふさわしいが、エマにはもうひとり賛美者がいた。それがジョージ・ロムニーである。こちらのほうは片思いに終わったと思われる。

ロムニーは肖像画家として傑出していた。でも本人は肖像を描くのがきらいで、絵画としてもっと高級だとされた歴史画の作家になりたかったようだ。しかし肖像の注文が引きも切らず、結局歴史画家になりたいという夢は実現しなかった。

ロムニーがエマ・ハートに会ったのは、彼女を愛人にしたハミルトン卿の甥が友達だったからだ。ところがエマの美貌に魅せられたロムニーは彼女がナポリに行くまでに大変な数の肖像画を描いた。そしてその後もデッサンをもとに彼女の絵を描き続けた。その数60枚以上というからけたはずれだ。

エマは単に美貌であっただけではなく、性格がよく頭がよかった。ロムニーとは階級や出身地が近かったこともあって強い信頼関係で結ばれた。彼の事を「父親以上」と呼んでいる。毎週2、3回は彼女のほうから彼のアトリエに出かけてモデルになった。

女優的才能にも恵まれていた。ミューズとかキルケとかギリシャ神話中の女神や魔女、あるいはシェークスピアの劇中人物に扮してポーズをとった。それをあきもせずに描き続けた。

とても損得づくでできることではない。ロムニーは魂をエマに奪われてしまったのだろう。エマのことを「神女」と呼んでいる。

はじめてエマに会ったとき彼は50に手が届こうという年齢だった。エマの方は17歳。ふつうなら恋愛の可能性はないと思わなければならないが、エマは後にロムニーよりもっと年寄りのハミルトン卿と結婚したのであるから、彼も一縷(いちる)ののぞみをもったのかもしれない。

ロムニーはその時すでに結婚していて子どももいた。その相手というのが8歳年上の女性で、ロムニーは21歳の時彼女と衝動的に結婚したあと、ずっとその結婚を悔やんでいた。かれがきらいな肖像画を描き続けなければならなかったのも家族のためだったのだ。画家として大成したいと思っていたにちがいないが、家族がいるかぎりそれはおぼつかない。ロムニーは家族を郷里にのこし、単身ロンドンで奮闘した。40年近くも妻をほったらかしにしたあげく、病気になって故郷に帰った。妻はそれから2年、彼が死ぬまで面倒をみたということだ。

エマとハミルトン卿は1791年に英国で式をあげた。ロムニーはその時もエマを描いている。しかし彼女に会えたのはそれが最後で、「ネルソン以後」のエマに会っていない。夫妻とネルソンが1800年に帰国した時、ロムニーはすでに郷里にひきこもっていた。彼らがイギリスに帰った、というニュースを聞いて老残のロムニーはどんな思いだっただろうか。ネルソンとエマの恋は評判になっていたから彼の耳にも入っていたにちがいないが、それでエマを忘れる事ができたとは思えない。これも一生の恋といっていいだろう。

ロムニーが死んでから来年で210年になる。しかし、この三角関係というか、四角関係というべきか、エマ・ハートをめぐる複雑な恋愛の諸相を見ると、人間なんて変わらないものだなあと思わざるを得ない。結局だれが恋愛の勝利者だったのだろうか。

エマは極貧の境遇から成り上がり、「絶世の美女」の名をほしいままにしたけれど、あまりに幸うすい生涯を送った。彼女がネルソンと一緒だったのは7年にすぎない。

ハミルトン卿はエマと結婚しただけで満足だったのだろうか。妻の浮気を許したのはネルソンが国家にとって必要な人材だったからだ、という説があるが、そんなこと本当かどうかは誰にもわかりゃしない。

愛をかちえたのはネルソンだったが、彼は武人だったためにエマに平凡な幸せを与えることができなかった。無念だったにちがいない。

ロムニーに至ってはその恋は叶いもしなかっただろう。しかしモデルにエマを得て彼の人生ははじめて意味を持ったのではなかろうか。彼女によって後世に名を残した。

ロンドン一の人気画家だったジョージ・ロムニーも今ではほとんど忘れられてしまった。でも絵を見ればなみの画家ではなかったことがわかる。完成された肖像画のほか、素描と油彩のスケッチをたくさん残している。その筆遣いの自由さは時代を超えている。

絶世の美女と書いたけど、実はロムニーの描いた数多くのエマ像を見ても、ちょっとかわいい女の子、という感じで、どこがそんなにいい女だったのか、よくわからない。私が感動したのはフォッグ美術館で見た「レディー・ハミルトン像」だけだ。彼女の魅力はさすがのロムニーの筆をもってしても描ききれないものだったのかもしれない。

ところがフォッグ美術館のウェブサイトに行って、くだんのハミルトン像をさがしてみても、私の見た絵はのっていないのだ。いや、確かにロムニー筆のハミルトン像は一枚ある。しかしそれは私の見た絵ではない。思い違いだろうって? いやいや、神かけてそんなことはない。

ひょっとしたら特別展覧でどこかから借りてきた絵を見たのだったかもしれない。そうなると私があの絵をもう一度見られる可能性はほとんどないだろう。まったく一期一会だ。

















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