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51 セーヌ川をはさんで
2006年10月26日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


セーヌ川をはさんで


上段の画像はこの直前の記事でご紹介した、ジョルジュ・スーラ (Georges Seurat 1859〜1891)の「グランド・ジャット島の日曜日の午後 (1884 〜 1886)」です。

そして下段の画像は、同じくスーラの作品で、「アニエールの水浴 (1883 〜 1884)」です。

制作された時期を見ると、「アニエールの水浴」の方が「グランド・ジャット島の日曜日の午後」よりも、ほんのわずかですが、早い時期に描かれたものです。(上記カッコ内の数字が制作年です) この2枚はサイズもほとんど同じで、縦約2m、横約3m という、かなり大きな作品です。

ちなみに、下段の「アニエールの水浴」は、ネルソン提督率いる英国艦隊が、19世紀初めにナポレオン艦隊を撃破した戦勝記念の広場、ロンドンのトラファルガー広場に面した新古典様式の堂々たる美術館、The National Gallery(ナショナル・ギャラリー)にあります。

上段の「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は、前回書きましたように、アメリカ合衆国のシカゴにあります。シカゴの街の中心にある The Art Institute of Chicago(シカゴ美術館)です。

実はこの2枚の画は、対比してみるとけっこう面白い点がありまして、今回はその比較を中心におしゃべりしてみます。

まずこの2枚、実は題材となった場所が、極めて近いのです。グランド・ジャット島は、パリ西部ブーローニュの森や、新都心のデファンス (La Defence) に近い、16区、17区の外周にあるセーヌ川の中洲の島のひとつです。

一方、アニエール (Asnieres) は、グランドジャット島から1キロ程下流のセーヌ川左岸の地域です。つまり市内中心部から見ると、セーヌをはさんで郊外側にあります。したがってこの2枚は、真っ正面ではありませんが、かなり近接した感じで向き合っている場所を舞台にしているのです。

ところで、私見ですが「アニエールの水浴」は、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」に比べて、静かな中にも何か音が聞こえるような気がしませんか?

川の中で手を口に当てた少年が何か叫んでいるのか、声を出していますね。また、少し離れて背中を向けている少年は、魚でも獲っているのか、パチャパチャという水音が聞こえるような気がします。ボート遊びの人たちの楽しげな声も遠くから聞こえて来るようです。

その一方で、「グランドジャット島の日曜日の午後」は本当に静かです。人が大勢居るにもかかわらず、「静謐(せいひつ)」という言葉がふさわしいような静けさに満ちています。不思議な世界ですね。

アニエールの画に登場する人々をご覧ください。背景には、近代パリの象徴のような工場群が煙突の煙とともに見えます。土手の人々は、グランド・ジャット島の人達のようにおめかしはしていません。

19世紀後半、庶民の暮らしは大きく変わりました。産業革命によって、大規模工場で働く労働者が登場し、一方、商店主や産業資本家といった、いわゆるプチ・ブルジョアが出現しました。市民の間に新たな階級が生まれたのです。セーヌ川をはさみ、左岸に居て右を向いたアニエールの労働者達と、中洲に居て左を向いたグランド・ジャット島のプチ・ブルジョアたち。当時のパリを語る面白い1対だと私には思えるのです。

階層の違いは、帽子にもよく表われています。シルクハットや、花飾りをつけた帽子をかぶった人々がいるグランド・ジャット島に比べて、左の画では農民や労働者階級がかぶる麦ワラ帽子しか見えません。

ところで、この2枚に登場する人物の顔ですが、「横顔形式」なのにお気づきでしたか? 実はルネッサンス以来、肖像画の様式として「4分の3正面」形式が躍動感を表現するにふさわしいものとして、よく使われていたのですが、この2枚ではスーラは、当時の定番を採用せず、古代エジプトの壁画や15世紀イタリアの肖像画に用いられた「横顔形式」を使ったのです。

そう言えば、スーラはこの2枚において、画面全体を水平線と垂直線で分割し、その線に沿って人物を配置していますね。そしてそのことが、画面全体に安定感を与えているのです。

してみると、横顔形式の採用もその流れの中でとらえるべきことなのかもしれません。モネやシスレー達、印象派の画家達の多くが瞬間性を追求しようとしたのに対して、スーラは普遍性や永遠性を求めたのかもしれないなあ、と私は感じています。スーラは画家でありながら、科学者に近かったのではないか、とそんな気がします。

ところで、グランド・ジャット島の絵には、パラソルをさした人物が6人も描かれています。(全部見つけられましたか?) 実はパラソルもこの時代を映しているものなのです。

19世紀中頃に、カサの骨となる鋼鉄を中空にする技術が開発されました。その結果、それまで2〜3kg 以上もの重量があった傘が、300 〜 500g 程度と軽くなり、一気に大流行したのだそうです。そう言えば、他の印象派の画家達の作品にも、パラソルや雨傘をさした人物がよく登場しますね。

この後に登場するアール・ヌーヴォーの曲線は、機械技術の進歩により、鋼鉄を自由に加工することができるようになったことの喜びの表現として、繊細に曲がりくねった曲線を多用したのかもしれないと私は思っています。(これはまったくの私見ですが・・・。)

上段の絵の画面右下に猿がいますが、この猿の体型は、アール・ヌーヴォーの曲線を予感させるような気がしますが、実は猿にはまた別の意味もあるのです。

当時のフランス語の「猿」には、「娼婦」の意味があったというのです。(現代フランス語ではどうなのか、私は知りませんが・・・)

右端の黒いパラソルをさした淑女の素性を、猿によって暗示、象徴しているというのは考え過ぎかなあ、とも思ったのですが、当時、グランド・ジャット島には、多くの娼婦が居たと言われていますから、そうかもしれないという気がします。

上段の絵について、もう2点お話したいことがあります。

ひとつは、上の画の中央左寄りに、白い丸を赤で取り巻き、それを赤い台形の棒のようなものが下から支えている、見方によっては消火栓のように見えるものがありますが、おわかりでしょうか?

これがいったい何なのか、一昔前に議論があったようなのですが、今は決着済みです。それは当時の看護婦さんの制服なのだそうです。ですから赤い消火栓のように見えるのは、白っぽいガウンを着た看護婦さんが帽子をかぶって座っている後ろ姿だったのです。

それから最後の1点です。上の画のほぼ中央にパラソルを指している母娘がいます。画面の正面、もっとも明るい光の下で、母に連れられ、皆がセーヌを向いている中で、一人だけ、こちらを見ている少女がいます。彼女は、全てを見るためにそこにいるようです。

子供は未来の象徴。まだ何にも染まっていない純白のドレスを着せ、スーラは、彼女に今を見ること、そしてその今を未来に伝えることを託したのかもしれません。スーラ自身はこう言っていました。「パルテノン神殿のフリーズは、神々が行進をしているように列を作っている。私も、このフリーズのように現代の人々の行進を永遠に残してみたかった」 彼もまた今を永遠に伝える歴史画を描きたかったのだと思います。

縦2メートル、横3メートルの大画面の中、人々は今日もセーヌを見つめています。鮮やかな光と影、そして奇妙な静けさ・・・。この2枚を1度でいいから、一緒の場所で眺めてみたいものですね。ナショナル・ギャラリーさんか、シカゴ美術館さんが、その気になれば可能なことだと思いますが、やはりオオゴトなのでしょうね。

スーラは、1代で相当な財産を残した執達吏の父と、不在がちな夫に代わって黙って家族を守った物静かで知性的な母の間に、年の離れた末っ子として生まれました。 1874年の第1回印象派展の時は、彼はまだ中学生でした。

その後、10年ほどの画家活動の後、31歳の若さでこの世を去りました。インフルエンザから髄膜炎を併発したのです。科学を芸術にした点描の画家、ジョルジュ・スーラ。モネやドガらの印象主義に感銘を受けながらも、その手法に満足せず、当時のハイテクを駆使して、新しい世界を創り出しました。私にとっては、あと10年でもいいから、もう少し生きて欲しかったアーティストの1人です。

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