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縁の下のバイオリン弾き
30 記憶としての絵
2011年8月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
向井潤吉(むかいじゅんきち、1901-1995) という洋画家がいる。大変長生きをした人で、亡くなった時は90歳を超えていた。第二次世界大戦後、全国をまわってかやぶきのふるい民家を描き続けたので有名だ。そういう民家の作品だけで2000点ちかくあるそうだ。

私は高校生の時、一人でよく銀座の画廊めぐりをしていた。美術館は金がかかるから、よほど決心しないと展覧会にはおいそれと行けない。でも画廊はただで入れるからだれはばかることなく絵を見る事ができる。学生服を着た少年が入ってきたってどうせ商売にはならないからむこうにしてみれば迷惑だっただろうが、そんなことは私の頭にはのぼらなかった。

そういう画廊で壁にかかっている向井さんの絵をよく見た。きわめて写実的に民家を写している。そのたたずまいから周囲の景色までその場にいるように感じ取られる。私はその技術には感心したが、どの画廊に行っても、いつ行っても、同じようなかやぶきの民家の絵だ。しまいにはあきあきしてしまった。

向井さんがどうして民家を描き始めたかというと、かやぶきの家がどんどんなくなっていくのに危機感をいだいたからだ。いまのうちに記録しておかなければ日本人は大切な文化遺産をその存在意義にすら気づかずに消滅させてしまう。かれのその危機感は正しかった。いまやかやぶきの家なんて数えるほどしか残っていないだろう。第一屋根をふきかえる職人がいないのだ。向井さんが描き残してくれたおかげでその風景は残ったが、民家そのものはきれいさっぱりなくなってしまった。保存しようという気持ちすら当時の日本人にはなかった。

その向井さんの危惧を私は理解しただろうか。答えはノーである。少年のころの私は救いがたい西洋かぶれだった。油絵を好んで見たのもそのせいだ。油絵を通してヨーロッパの雰囲気に触れるのが楽しみだった。油絵というのは西洋的なもの、時代の先端を行くもの、ときめていた。

それなのに日本のかやぶきの家だなんて。そんな古ぼけた東洋的な題材は油絵にはまったくそぐわないものと思われた。日本古来の伝統的なものを描くのだったら、日本画で描けばいいじゃないか。日本画は日本人が日本のものを日本人の感性で描くものだ。日本古来の建築を写すにはぴったりではないか。そういう風に考えていた。

この考え方はまちがっている。どうしてまちがっているかというと、そのころの私は東洋の美術にまったく無知だったからだ。

日本画に出てくる民家はもちろんかやぶきで、家の構造も一応はわかるように描かれている。でもそれは写実ではない。伝統的な日本の画家はわれわれが現在考える「写生」ということをしなかった。絵の中に家があるのはその必要があるから描かれるのであって、実際に存在する民家を精密に写し取ったものではない。

つまりそれは家の記号にすぎない。見る人が民家だと認識すればそれで描かれた家の役目は終わる。もし時間がなかったとか、雰囲気を出す都合でそれが必要だとかいうことになれば、画家はその民家の描き方をずっと簡略にしてしまう。それがいけないなどと思いもしない。

たとえばここに山水画があるとしよう。山水画はもともと中国ではじまった風景画だ。風景画といっても実は画家は自分の見たとおりに風景を写しているのではない。その風景は彼自身の心の中の反映だ。例外もあるがたいていは現実には存在しない山々なのだ。

画面をたんねんに見てみれば、山のふもとのあたりにきっと粗末な家が一軒小さく描かれ、中にはその家の主人がすわっているのが見つかる。山の中には家が描かれるのが山水画の約束なのである。

それに気がついた後でもう一度山全体を見てみるとその絵の風景がいっそう大きく見えることうけあいだ。そのためにこの民家は描かれるのだ。

だからその家はどんな家でもかまわない。ひどい時は四方に竹を立てて、上に屋根を乗せただけといった、ものぐさ太郎の家のようなあばらやになっている。家でさえあればいいのだ。

中国の山水画にはときどきおどろくほど精密にえがかれた寺とか宮殿とかが現れる事がある。それでもそれは写生ではない。画家が頭の中でつくりだしたものだ。

中国の絵にしろ、日本画にしろ、初心者は徹底的にお手本をまねすることが大事だとされた。自分の目で見たとおりに描くなどという訓練はだれも受けなかった。

私は以前サンフランシスコのカルチャーセンターで中国人の先生について絵を学んだ事がある。やった事がある人はご存知だと思うが、中国画で最初に勉強するのは蘭だ。でも実物を見て写生するわけではない。先生のお手本を忠実に写す。

まず蘭のすっと伸びた茎と葉を描き、花を描く。それはいいのだが、先生のお手本を見ると根が描いてある。今花壇から引っこ抜いてきました、という感じなのだ。私はまったく納得がいかなかった。この蘭は地にしっかり根をはった蘭ではないのか。しかし先生は何の説明もしない。私はなんでも言われた通りに描かなければならないと思っていたから疑問を口にしなかった。

ずっと後になって、中国の蘭は種類によって根が半分ぐらい地上にあらわれるものがあるのだ、ということを現物を見てやっと理解した。でも私の先生にしてからが、そういう現実の蘭を観察してお手本を描いたのではなかっただろうと思われる。自分の先生から受けついだ描き方を生徒に教えていたにすぎなかったのではなかろうか。

そんなふうだから危機にさらされた日本の民家を描くものとして日本画、あるいはひろく東洋の絵はまったく不適当なのである。(現在の日本画はちゃんと写生を重んじる。ここで私が言っているのは伝統的な日本画のことだ。現在の日本画なら民家を記録する事ができただろうが、そのように描き方が変わった時には民家の方が消え失せていた)。

誤解のないようにことわっておきたいのだが写生をしないからといって東洋の絵が西洋の絵に劣るということはない。東洋の絵と西洋の絵はめざすところが全然違うから単純な比較はできない。

しかし洋画界でも日本の民家を描くなんていう画家は向井さん以外にはいなかった。というのは洋画家のほうでも私と同じように考えて「そんなものは日本画にまかせればいい」と思っていたからだ。

この矛盾はカメラによって解決されたはずだろう。向井さんのように時間をかけてじっくり写し取らなくてもカメラさえあれば一瞬にして記録できる。

かやぶきの民家をとった写真家がいなかったわけではない。しかし、全国を歩いたというその規模と40年以上描いたという年月の長さにおいて、向井さんほど徹底的に民家にこだわった人はいなかった。

向井さんはしかし自分がカメラになったなどとはさらさら思っていなかっただろう。かれは芸術としての絵を描いていたはずだからだ。かれには自分の使命に対する信念があり、技術に自信があり、そして何より大切なことに、対象であるかやぶきの民家が美しいという賛美の気持ちがあった。

それまでかやぶきの民家が美しいと思った人はほとんどなかったにちがいない。そんなものはいなかに行けばどこにでもみられるありふれた風景で、築何十年ではきかない古ぼけた家であり、色だってすすけた褐色に全体が染められている。

ふつう人間は見なれたものに価値をおかないものだ。今でこそ各都道府県でかやぶきの民家の保存に努力が払われているけれど、それはそういう民家が珍しくなったからにほかならない。

向井さんは民家が美しいと思った。その気持ちがなければ、「絵になる」と思わなければ、向井さんだってこれらの絵を描かなかっただろう。言葉を換えて言えば、かれはそれまでにない新しい美を発見したのだ。

絵画というものは画家の個性をあらわすものだと一般に思われている。でもそういう意識はわりと最近になってできたものだ。それとはくらべものにならない長い間、画家は記録者であり、装飾家であり、物語の説明者であった。

西洋の美術館に行くとうんざりするほどたくさんの肖像画を見なければならない。あれはみんな記録だ。中には画家の感性に訴えるような個性をもったモデルもいたのかもしれない。でもたいていの場合、画家は雇い主の国王だとか貴族だとかの顔を、いやがおうでも仕事として描かなければならなかったのだ。

装飾という点では私は日本画が大したものだと思っている。日本では障子や屏風に絵を描くことが発達した。ああいうものを描いていた画家は「自分は装飾をしているのだ」という感覚から一歩も抜け出せなかっただろう。かれは画家であると同時にデザイナーだったのだ。

そして洋の東西を問わず神話や文学を題材とした絵の多い事。これはそれらの話を知らないと全然興味がわかない。つまりこの種の絵は観客が知っている話に具体的なイメージを与えるために描かれた絵解きなのだ。もとの話を知らない人々にはたとえばお寺でお坊さんが絵を指さしながら説明するというようなことになっていた。

真の芸術家の個性はそういう制約を突き破って観客に訴えかける。だから芸術は偉大だ。でもそういう歴史的な絵の役割を無視することはできないと思う。

今春山本作兵衛 (1892-1984) の絵がユネスコの世界記憶遺産に登録された。この人はもともと筑豊の炭坑夫だった。60歳をすぎてから自分の子孫のために炭坑の様子を大量の絵にし、それに詳しい説明書きをつけた。私は彼の絵を複製でしか見ていないのだが、炭坑の過酷な労働のさまは強烈な印象を見る人に与える。彼は職業的な画家ではなかったけれど、そういう画家ができない事をやってのけた。

「私の絵にはひとつだけうそがあります。炭坑の中はまっくらで絵なんか描けるものじゃない。でもそれでは様子がわかりませんから、私の絵では光があるように描かれているのです」といっている。夫婦が一組になって、せまい炭坑の中でほとんどはだかで腹這いになったり横座りになったりしながらつるはしをふるっている絵がある。なるほどカンテラのようなものがかべにかかっているけれど、そのよわよわしい光では目の前の物もろくに見えなかったというのが現実だろう。

これが世界でも類を見ない炭坑の記録として高く評価された。なにしろ自分自身が炭坑夫だった人が描いた絵だ。迫力が違う。

そのニュースを聞いて私は向井さんの絵を思い出した。向井さんの仕事は記憶遺産になっていないけれど、日本人にとっては山本さんの作品とおなじような価値があるのではないだろうか。

向井さんは自宅を東京都に提供したので今それは美術館になっている。私はまだ行ったことがない。今度日本に帰ったらぜひ行ってみたいと思っている。
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