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ドメイン −2 |
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2003年5月8日 |
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 | 中山 俊明 [なかやま としあき]
1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。 |
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▲ お疲れですねえ、日本のサラリーマン。 |
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「あなたは恩知らずだよ」 あからさまにこんな言葉をぶつけられ、一瞬どう反応してよいか分からずどぎまぎした。
会社を辞めるに当たって社内各部への挨拶まわりをしていたときだったと思う。確かに僕はその会社で相当「いい思い」をさせてもらった。海外取材も数多く体験できたし、1年間のアメリカ留学もさせてもらった。自分でいうのもおかしいが社内では常に陽の当たる場所を歩ませてもらったのは事実だ。会社で体験したことの成果を、これからの仕事で組織に還元していく。そういう意味でなら、たしかに43歳という僕の退職は早すぎた。
さんざんいい思いをしたくせに、その会社の「恩」に応えないまま退社するのは「恩知らず」だと、相手は言おうとしているのだということに気づくまで数秒かかった。僕のことを「ちゃん」づけで呼んでいた呼称が「あなた」に変わっていた。これまでやや卑屈というか、ごますり的な態度で僕に仕事依頼をしていた彼の豹変ぶりをみて、僕はその時初めて「組織」を離れるということのさびしさ、怖さのようなものを感じてぞっとした。実力的にはまちがいなく劣る相手に、会社マーク付きの印籠を振り回されているような気分がした。
「専門分野=ドメイン」を持たないと言われる日本のサラリーマンにも、実は強固なドメインがあるではないか、と前号を書き始めてふと思った。「領地=ドメイン」。会社という領地。このドメインを守り通すことこそが日本のサラリーマンの誇りであり、生きがいである。そう考えてみると、僕のことを「恩知らず」と言った人物の言葉の意味と背景も理解ができる。彼にとっては「領地=ムラ」を途中で去ること、そのこと自体が「裏切り」なのだ。
多くの会社でリストラが進行中だ。自殺者も急増している。かつて不景気だった頃のアメリカでも解雇されたあげく猟銃自殺、といった話は日常よくきいた。しかし日本の失業問題の方が、人々や社会全体の精神に及ぼす影響はずっと大きいのではないかという気がする。なぜなら冒頭書いた「会社=領地=命」と考える人々が諸外国より日本の方がずっと多いだろうというのは経験的に明らかだからである。
その「領地」としての会社が「裏切り」を始めた。ある会社の指名退職勧奨の退職金額をきいて驚いた。定年まで7年を残す社員が勧奨に応じた場合、7000万円だという。うーむ、残りの人生遊んで暮せる。夢のような話だが、それでも頑として辞めない社員もけっこういるらしい。それはそうだ。冒頭の人物を想像して欲しい。彼にとっては自分が会社に存在する、そのこと自体が彼の事業ドメインである。。
「貴殿がこの会社にいてもなんのプラスにもならんのですよ。もしかするとここにいること自体が他への迷惑かもしれない。だったら定年までの給料ずばっと全額お渡ししますから、この村からいま消えてくれませんか? 会社は余計な人間を始末してムラをすっきりさせて再出発したいわけです。なにしろあなたが辞めてくれればイキがよくてインターネットでもなんでも来い、という新卒が3人採用できますから。貴殿が消えること自体が組織からこれまで受けた恩に報いる道ではありませんか」―会社の言いたいことは要約すればこういうことだ。
領地を守ることを生きがいとしてきた人間に「ムラを出て行け」という提案が受け入れられるはずがない。
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