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縁の下のバイオリン弾き
31 やきもの
2011年8月31日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
「八幡の薮知らず(やわたのやぶしらず)」という言葉がある。一度入ったら出る事ができない竹やぶのことだと辞書にある。骨董(こっとう)の世界はまさにそれだ。なかでもやきもの、つまり陶磁器関係はそら恐ろしくなるような値段で売り買いされる。「あの茶碗を何千万円で買おうか買うまいかと悩みに悩んで物も食べられず夜も眠れず、あげくは血尿が出るまでになった。そういう経験のない者に何がわかる」とか書かれた文章を読んだことがある。わからなくて幸せ、ということもありますよね。

でもやきものの美しさにはうたれる。そうして戦国時代に城をかこまれて絶体絶命になった城主が敵に対するつらあてのために家重代の茶器をわざわざこわして切腹した、なんて話もさもあろうという気になる。


異国で美しい日本や中国の陶磁器をみるとはっとする。美術館にあるものはそれこそよりすぐりの物だから美しいのはあたりまえだ。そうではなく、そこにそんな物があるとは予想もしていなかった所で東洋のやきものを見ると、愛されていたのだなあ、大事にされていたのだなあ、とジンと来るものがある。

以前メキシコの北部をちょっとだけ車で回ったことがある。私が住んでいるアメリカのカリフォルニア州は昔メキシコ領だったころ(19世紀の前半まで)はアルタ・カリフォルニアすなわち「上カリフォルニア」と呼ばれていた。その南にある長い半島は現在もメキシコ領でバハ・カリフォルニア、つまり「下カリフォルニア」と呼ばれる。その通称バハと呼ばれる半島を半分ぐらいまで車で下り、フェリーに乗ってメキシコ本土に行き、そこから北上してアメリカのアリゾナ州に出る、という旅だった。

ほとんどが砂漠だ。といっても「アラビアのロレンス」に出てくるような風紋の美しい砂丘ではない。サボテンの巨木がびっしりはえているごろた石の荒野だ。

本土側のソノラ州の州庁所在地エルモシヨという町にとまって教会を見た。祭壇が全部ピンクの大理石でできている簡素な教会だ。メキシコの教会というとバロック趣味のごてごてしたものが多いのだが、この教会はほんとうにすがすがしかった。

その祭壇の両側に日本の伊万里の大花瓶が置いてあった。高さ1メートル近い巨大なもので、一つは源氏物語、もう一つは江戸の町娘の絵が描いてある。こんな大きい物をどんな窯(かま)で焼いたのだろうとあきれるばかりだ。その花瓶に色とりどりの花が活けてある。

思いもかけずメキシコの荒野で日本のやきものにめぐり会い、私はびっくりした。

そんなに古いものではあるまい。たぶん明治以後、ひょっとすると昭和の輸出用の製品なのだろう。骨董的価値はないにちがいないが、そんなことは私にはどうでもいい。

考えても見てください。ここエルモシヨに来るまでにはこの花瓶はどんな旅路をたどったであろうか。横浜から船ではるばる太平洋を渡り、たぶんずっと南の港アカプルコについただろう。それからメキシコ・シティの業者のところに移され、さらに馬車かトラックで1600キロ離れたエルモシヨまで山を越え川を越え、最後は砂漠の中を運ばれたのだ。ただでさえこわれやすいのに、やたらに大きいやきものだ。その包装にも移動にも細心の注意が払われたことは想像に難くない。

メキシコ人は信仰心のあつい人々だ。かれらは貧しいのに教会だけは大伽藍(だいがらん)の偉容を誇っている。神のためならどんな犠牲もいとわない。

だから日本の花瓶がここにあるのだ。この大きな、金ぴかに絵付けがされた壷がかれらには形容のできないほど貴重なものだから、神の栄光をあらわすのにふさわしいものだから、それで教会に奉納されている。日本の陶磁器がそんなにも尊ばれているのを目の当りにして私は目がしらが熱くなった。

日本のやきものをメキシコの教会におく必然性はぜんぜんない。いったい誰が日本の花瓶を教会のために買おうなんて思ったのだろう。それとも日本のものだとは知らずにただきれいだから、というので買ったのだろうか。メキシコでは東洋人はおしなべて「チノ」(中国人)と呼ばれる。この花瓶も中国のものだと思われているのかもしれない。

これが日本のみやげ物屋に置いてあるのだったら外国人観光客向けの花瓶だと一顧(いっこ)も与えなかっただろう。骨董好きな人はやきもの自体の価値を追究する。私はしかし、そのやきものが置かれた環境も価値の中に入ると思う。


メキシコではまた次のような経験をした。大学の冬休みを利用してある年首都のメキシコ・シティをおとずれた。ちょうどクリスマスで、近郊のテポソトランにある修道院で宗教劇をやるというのでバスに長いこと乗って見に行った。ところがその劇は修道院内で行われる、しかも予約をとってないと見られない、ということがわかった。せっかく来たのに、とがっかりしたけれど、気を取り直して修道院付属の記念館を見た。記念館も修道院のたてもので薄暗い石造りだった。

メキシコでは教会は大変な権力をもった特権階級だった。展示してある品々は金糸で織ったミサ用のガウンだったり、大きな象牙で作った十字架上のキリストだったり、ともかく金のかかったものばかりだった。その中に明・清(みん、1368年-1644年・しん、1644年-1911年)の磁器を展示した一室がある。私の注意をひいたのは何枚かある美しい明の皿だった。普通に食器として使う洋皿の大きさで、草花の模様は今でもあざやかなのだが、中央の部分が白っぽくぼけている。

私は今までにそんなふうに模様が消えている皿なんてものは見た事も聞いた事もなかった。

よくよくながめてやっとわかった。これはナイフとフォークが何十万回とあたったために絵がこすり取られてしまったあとなのだ。

磁器の絵付けというものはなかなか複雑で、最初の焼成ができた白いやきものに絵を描いてそれにうわぐすりをぬってもう一度焼く。場合によっては何度も焼く。

従って模様はその器(うつわ)と一体となっている。模様がはがれるなんて事はない。ことに中国や日本でははしをつかって食事をするから何百年たとうが模様はびくともしない。だから私は模様が消えた皿など見た事もなかったのだ。

しかしここメキシコではナイフとフォークで食事をする。歴代の修道院長と僧侶たちはこれらの皿を毎日大事に使っていたのだろう。肉を切り、野菜をつつくたびにうわぐすりはごくわずかなダメージを受け、少しずつ、少しずつ絵そのものを露出させてしまったのだろう。そして今度はその焼かれた顔料が金属との接触にだんだんとはがれていったのだろう。

それにしてもそうなるまでにはどれぐらいの時間がたったのだろうか。百年や二百年ではきかないのではあるまいか。今ここにこうして残っている明の皿は骨董品として戸棚の中にしまわれるのではなく、毎日毎日実際に使われていたのだ。しかもたとえようもない貴重なものとして。

中にはこわれてしまった皿もあったことだろう。「番町皿屋敷」もどきに「いちま〜い、にま〜い」とため息をつきながら数えられた事もあったのではないだろうか。

私は模様が消えてしまうまでの年月の長さを思った。その皿が象徴する中国磁器の美しさと希少価値を思った。そしてそんな食事をしていた坊主どもの権勢と豪奢(ごうしゃ)を思った。カトリックでは仏教とちがって殺生戒もなければ飲酒戒もない。肉だろうが魚だろうがワインと一緒に思うさまエンジョイできる。

その何枚かの皿をあがなうためにどれだけの金が積まれたことだろう。かれらはアカプルコに中国からの船が入るたびに使いをやってとびきり上等の物を物色させただろう。金に糸目をつけずに買いあさっただろう。メキシコなんて当時のヨーロッパ中心の世界観から見れば片田舎だ。それでもこんなぜいたくをしている。


日本や中国の陶磁器がそれほどまでに尊ばれた、ということに私は誇りを感じる。それはわれわれの高い美意識の証明だ。だからヨーロッパではその模造品が必死で作られ、それがかれらの陶磁器の水準をそれまでにないほど高めた。

陶磁器とひとまとめにいうけれど、これは陶器と磁器にわかれる。陶器は低い温度で焼くもので、ぼってりとしていて温かい感じがする。土鍋なんかが代表的な陶器だ。

磁器は特別の粘土でつくり、高い温度で焼いたものだ。固く薄く造型でき、ガラス質のうわぐすりにおおわれている。たたくと金属的な音がする。紅茶茶碗を思い浮かべて下さい。これは大昔には中国でしかできないものだった。

ヨーロッパで中国の磁器がはじめて記録に現れるのは1442年のことだ。エジプトの太守がイギリスだかフランスだかの高官に明の磁器を贈ったのだそうだ。それ以前にも渡来していたかもしれないが、もちろんきわめてまれなことだったろう。大量に磁器がもたらされるのはポルトガルが東洋に進出した16世紀を待たなければならなかった。

磁器がヨーロッパで熱狂的に歓迎されたのは理由のないことではない。それまでは陶器が使われていたけれど、焼成温度が低いためにもろくてすぐ欠けたり壊れたりするし、皿などの表面も傷がつきがちだった。磁器はそのたぐいまれな美しさもふるいつきたいほどの魅力だったにはちがいないが、よろこばれた第一番の理由は「磁器は清潔だ」ということだった。

陶器ではナイフで表面に傷がつけばすぐにそこが雑菌の温床になる。ばい菌のことなんか知らない人たちにも傷のついた陶器が清潔なものだとは思えなかったに違いない。西洋に、日本や中国ではあまり見られない金属製の皿というものがあるのはそのせいだったろう。

磁器は見るからに不潔とは無縁だ。油の多い肉食をする人たちにとって、傷がつかず、汚れが簡単にきれいに洗い落とせる磁器は衛生的という点で革命的な新製品だったのだ。


私はこどものころから時々とっぴょうしもない事を考えるくせがあった。中学生のころだったか、ラーメンを食べながら、このラーメンのどんぶりも、あと千年ぐらいたって地中から掘り出されたなら貴重な美術品として博物館に陳列されるのだろうかと思ったのを覚えている。

そのころのラーメンのどんぶりは現在のプリントの大量生産品とちがって龍や鳳凰の模様も手描きだった。だから私の考えもまったく根拠のないことではなかった。その疑問に答えてくれる人がないまま今にいたっている。

しかしそんなことを考える人間が骨董のやぶの中に入りこむことなんかできるはずがない。

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