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ボーダーを越えて
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
2006年4月28日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 孤立奮闘しているロドルフォさん
▲ グラミス金鉱の近景。背後の山の木はほとんどが枯れているのがわかる。
金鉱の脇を抜けて、小さな集落に入った。住宅はどれも造りが同じで比較的新しい。もともと現在金鉱になっている場所にあった部落を、金鉱会社が移動させたものだ。そこの住人で、グラミス金鉱会社に反対し続けてきたロドルフォさんという人を訪ねることになっていた。

ロドルフォさんの家は集落の一番奥にあった。マイクロバスを降りると、家の中から奥さんが出て来て、「パセ、パセ」(どうぞお入りなさい)と言ってくれたのだが、どうもあまり歓迎している雰囲気ではない。それでも「お入りなさい」と言われたので外に立ったままというわけにもいかず、中に入った。が、奥さんは私たちに何も言わず、気まずい沈黙が流れた。それを破ろうと何かと話しかけても、奥さんは乗ってこない。少々途方に暮れて手持ち無沙汰にしていると、奥から元気のいい男性が出て来た。

「私がロドルフォです」と、その人がニコニコしながら握手を求めてきたので、私たちはほっとした。どうも家の中は居心地が良くないし、外の方が涼しいので、玄関前のベランダに椅子を出してそこで話をすることにした。ロドルフォさんはすぐハキハキとした口調で、金鉱会社がやって来たときからの経過を話し始めた。

この集落の住民はみな農民だ。グラミス金鉱会社は進出に際して、移動先に住宅を建て、代替農地を提供したが、反対者が少なくなかった。集落も農地も他の場所に移動しなくてはならないし、地下水や空気が汚染され、健康に害がある。そういう心配でいっぱいだったのだ。

グラミス金鉱会社はカナダ資本だが、カリフォルニアでも操業を計画しており、ロドルフォさんのお兄さんをその計画を視察に招待した。反対陣営の切り崩しにかかったのだ。視察旅行から帰国したお兄さんは、カリフォルニアでのグラミス金鉱の操業は安全だと報告し、住民たちに金鉱会社との協力を呼びかけたという。
「でも、カリフォルニアの金鉱は砂漠にあるって聞きました。ここみたいにこんな近くに人家はないでしょう。安全のはずですよ」と言って、ロドルフォさんは苦笑いした。

砂漠だって露天掘り金鉱があっても大丈夫ということはない。砂漠には特有の動物や植物が生息して美しい自然を保っているし、先住民の遺跡もある。ホンジュラスから帰って来てから知ったのだが、砂漠の自然環境を守るために、クリントン政権はグラミス金鉱の操業開始の停止を決定した。ところが、その決定はブッシュ政権になってから公聴会も開かずに覆されてしまった。そのためカリフォルニア州は、露天掘り鉱石採掘の操業許可条件に、操業終了後は掘った痕も周囲一体も元通りに直すことを付け加えたのだ。これに対してグラミス金鉱会社は、それでは操業コストが膨大になるとして、北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)を盾に取ってアメリカ政府に5000万ドルの損害賠償を訴えた。その結論はまだ出ていないが、ブッシュ政権下ではその行方は楽観できない。

ロドルフォさんの家のベランダから、何台ものダンプカーが金鉱の上を行ったり来たりし、砕いた鉱石を積み降ろすのがよく見える。そのたびに大変な埃が舞い上がるのも。重金属が混ざっているのであろうその埃は、風に吹かれてこの集落にもやって来る。その中毒症状がロドルフォさん自身にも住民たちの多くにも出ているという。図々しいトーマスが実際に見せてくれないかとたのむと、ロドルフォさんはシャツを脱いで見せてくれた。赤銅色に光る膚の胸や背中のあちこちが黒ずんでいる。「典型的な重金属中毒症だ」と、トーマスがささやいた。

ホンジュラスには政府がグラミス金鉱会社の利益を優先させても、住民の健康や自然環境を守ろうとする公的機関がない。住民たち自身と民間支援団体が立ち上がるしかない。しかし、何しろ相手が強力なので諦めてしまう人も多い。いつの間にか、金鉱操業反対、移転反対と唱え続けているのはロドルフォさんだけになっていた。それでも移転拒否を主張し続けたかったのだが、一人では闘えないからと家族に説得され、しぶしぶ移転を受け入れたのだ。それでもいまでも金鉱の問題に取り組んでいる。同胞から陰口を叩かれ、後ろ指を指されながらも。

そうだったのか、と私は納得がいった。ロドルフォさんの奥さんが私たちを歓迎しないのはそのためだったのだ。奥さんも近所の人たちや親類から嫌みなどを聞かされてきたのだろう。
「金鉱の問題で一番悲しいのは、このおかげで家族や近所の人たちや集落全体の関係がずたずたになってしまったことです」
元気でにこやかなロドルフォさんだが、そう言ったときは本当に辛そうだった。

が、ロドルフォさんはただ悲しんでいられない。健康と生活の糧を脅かす問題はまだまだ終わっていないのだから。金鉱会社から与えられた代替農地は山の中の痩せた土地で、作物(主として主食のトウモロコシ)の収穫は以前の土地のようではないという。また代替地の所有権証書も本物とは思えない。それを前の土地の証書といっしょに見せてくれたが、確かにコンピューターで簡単に作ったようなうさんくさい代物だ。

そしてなによりも、水がシアン化物や重金属に汚染されている心配を放ってはおけない。以前飲めた地下水も川の水も飲めない。金鉱会社がトラックで飲料水を古い石油タンクで運んで来る。
「そんなタンクに水を入れてどんな危険なものが混じるかわかりませんよ。それを子どもたちが飲んでいると思うと、居ても立ってもいられないんです」
ロドルフォさんは、その水の分析をどこかでやってもらいたいと何度も言った。水の分析自体はむずかしいことではないと私は思ったのだが、それを金鉱による汚染、あるいは金鉱会社の運搬の問題だと証明するのが非常にむずかしいのだと、引率者のサンドラさんが指摘した。たしかに、金鉱会社は有能な弁護士たちを抱えていて、どんな訴訟にも備えていることだろう。

グラミス金鉱がもたらした問題は、ロドルフォさんの集落だけでなく、シリア盆地全体にかかわるものだ。さいわいにも、他の集落には団結して闘い続けようという人たちがいる。その夜は、その人たちと夕食をともにしながら、話を聞かせてもらえることになっていた。

日が傾き始めた頃、私たちはまたマイクロバスに乗り込んで、ロドルフォさんの家を離れた。近所の人たちの迷惑そうな眼差しを浴びながら。

−続く−


[ついでに]
偶然にも、会員の齋藤恵さんがご自身のウェブサイトの掲示板「カフェ・ド・エルサイトウ」で、「エリン・ブロコヴィッチ」という映画を紹介されています。

http://www.el-saito.co.jp/cgi-bin/el_cafe/cafe.cgi?mode=res&no=3051

この映画は、カリフォルニアのモハベ砂漠の近くの小さな町で起こった水の汚染をめぐる実話を取り上げたもので、ロドルフォさんの話とよく似ています。私はまだ観ていないのですが、近いうちに是非観てみようと思っています。
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