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53 世田谷美術館へ出かけませんか?
2006年11月17日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。






















世田谷美術館へ出かけませんか?


世田谷区の砧(きぬた)公園にある、世田谷美術館で、ただ今、アンリ・ルソーの企画展を開催しているのだそうです。タイトルは以下の通りです。

開館20周年記念 ルソーの見た夢、ルソーに見る夢
アンリ・ルソーと素朴派、ルソーに魅せられた日本人美術家たち
2006年10月7日(土) 〜 12月10日(日) 

私自身は例によって、多忙を極めておりまして、はたして期間中に見に行けるかどうか、いささかあやしいのですが、もしもこの記事をご覧になった方は、お出かけになることをお奨めいたします。ともかく、面白い人物なのです、このアンリ・ルソー (Henri Rousseau 1844 〜 1910) という人物は。

上の画は 「私自身、肖像=風景」 (Moi-meme, portrait paysage 1890) というこの画家の肖像画です。「素朴派」と言われ、アカデミズムや批評家からは、稚拙として徹底的にあざけられ、遠近法も知らない、デッサン力は中学生以下、むずかしい構図は描けない、巻尺で対象を計らないと描けない、などと徹底的に嘲笑されていた画家ですが、1世紀後の現在、オルセー、バーゼル、プラハ美術館等に展示され、世界中でその独特な個性と様式をほめたたえられ、絵画史に重要な足跡を残した画家として高く評価されています。わからないものですね、絵画の評価などというものは。その時代の権威者や権威組織が言うことは、あまりあてにせず、自分の心で見た方がよいのでしょうが、それがなかなか難しいのですよね。

ルソーは、1844年、フランス中西部の田舎町、ラヴァルに、ランプ職人の子として生まれ、後にパリに出て、パリ市の税関職員として40歳まで勤めました。19世紀のパリには、まだ城壁というか、柵があり、各所に市内に入る門があり、そこで市内に持ち込まれる食料品などに「入市税」を徴収していたのです。 そう言えば今でもパリのあちこちに、ポルト (Porte = 門)の名のついた地名がありますね。たとえば、ポルト・マイヨー (Porte Maillot) 、ポルト・ド・クリニャンクール (Porte de Clignancourt)、ポルト・ドルレアン (Porte d’Orleans) 等々、いっぱいあります。これらはみんな市内に入る門のあったところなのですね。そう言えば、もうひとつ気がつきましたが、現在のパリの外周を一周している高速道路は、ちょうどこの城壁の跡地のようです。これらポルトがつく地名と、ほぼ一致しますものね。

ちなみに、パリを取り囲んでいた柵には、当時は40ヶ所余りの門 (Porte: ポルト)があって、そこで市外から搬入される食料品に課税されました。この入市関税がパリの財政を支えていたのだそうです。 そしてこれらの名残が現在でも環状道路に残っていて、すべての環状道路の出入口は、Porte… と呼ばれています。(ただし現在は20余しかありません)。

余談ですが、市外では課税されていない分だけ食料品が安いので、門の外側には安い飲食店が建ち並び、ここまで出かけて、たらふく食べるのが、庶民の楽しみだったそうです。

ともかくルソーは、この税関職員を勤めながら、日曜画家として、コツコツと休みを使ってはルーブルに通い、模写をすることで独力で絵の勉強をしたわけです。つまり、美術系の学校に行ったわけでもなければ、高名な先生についたわけでもないのです。この点がまず、当時のアカデミズムから、軽んじられたひとつの理由だと思います。

そう言えば後期印象派の画家、ポール・ゴーギャン (Paul Gauguin 1848 〜 1903) も、航海士として船で世界を回る仕事の後、パリで株式仲買人をやっていた、やはり日曜画家の出身でしたね。

でも考えてみますと、美術とか音楽とかは、いったい大学を構えて、美術学部とか音楽学部とかの権威を作り、教授や助教授という肩書きを以て教え広めなければならない性質のことなのでしょうか? と、私は思っています。

本来、人間の感性にもとづく活動である芸術活動の技術的鍛錬がしやすいようにできたのが、美大や音大であるはずです。と言うことは、美大や音大と関係なく、自力で這い上がってくるアーティストも、当然いてよいと思うのです。そして、何の肩書きもない、いわば在野のアーティストこそが、権威も強制力も持っていないだけに、アーティストとしての本来の芸術的努力を要求され、厳しい環境の中で、自身の芸術を高めることができるのでは? と思います。

ルソーは、どんなに嘲笑されようと、いっこうにめげずに、アンデパンダン展やサロン・ドートンヌという非アカデミズム系の展覧会に出品し続けました。おもしろいのは、素朴派の画家だから、素朴な性格の人間であった、とはとうてい言えないような、なかなか味わいのある、語るに足る人柄らしいのです、このルソーという画家は。

まあ、フランス人ですから、そんなに単純な人柄の人間はあまりいないとは思いますが。(これは人種差別発言になるのでしょうか? 私のフランス人の畏友、マダム・クローディによりますと、フランス人は自分自身以外のフランス人を皆嫌いだ、性格が複雑だから、とのことですが、その気持も分かる気がします。)

ところで上の絵ですが、描かれている対象の一点一点は、極めてリアリスティックなのですが、全体としては、なんとも幻想的な、夢の中のような不思議な雰囲気を作り出していますね。ダリのシュール・レアリズムとも違う、しいて言えば、キリコ (Giorgio de Chirico 1888 〜 1978) の形而上絵画と、アメリカのモーゼスおばあさん (Anna Mary Robertson Moses 1860 〜 1961) を足したような、なんとも独自の世界です。

自画像に比べると、背後に点在する人物は豆粒大にしか見えない。そしてその豆粒に比べると、帆船の大きさは常識離れしている。なんといびつな遠近法であることでしょうか!

黒ずくめの服に、白ワイシャツ姿という盛装とベレー帽にパレットというアトリエの画家のスタイルのなんと不釣り合いなことか!

自画像の左襟をかざっているバッジは、教育功労賞のバッジで、1903年にルソーがフランスの技術振興協会の先生に任命された時、描き加えられたのだ、と言われていますが、それはこの画家の、素朴とは言えない、したたかな側面をあらわしているのではないでしょうか?

若き日のピカソ、マリー・ローランサン、ギョーム・アポリネール等、当時の前衛的なアーティスト達と親交があったといいますが、年の違うこれらの人々と、いったいどんなつきあいをしていたのでしょうか?

当時のフランス大統領にあてて、美術学校教授の職を要求する手紙を出したという記録がありますが、いったい何を考えていたのでしょうか?

19歳で窃盗罪に問われ、最晩年の65歳の時、詐欺事件に連座し、執行猶予の判決を受けたりしているのですが、いったいどんな性格だったのでしょうか? もっともこの詐欺事件は、主犯ではなく、人がよい(だらしない、とも言える)ために巻き込まれた銀行詐欺事件だったようですが。

ここでは取り上げませんが、ルソーが最晩年に到達した独自の世界、熱帯の密林を舞台にした幻想的な独自の絵画を、終生フランスを出たことがなかったルソーは、いったいどうやって描くことができたのでしょうか?

いかがですか? これだけの疑問や慨嘆を挙げただけでも、この画家の一筋縄ではいかない、なかなかの性格をあらわしているとは思いませんか? どんなに嘲笑されても、ピカソと自分が当代最高の画家だと言っていた画家ルソー。比較的単純な人間である私には、とても複雑すぎて彼の心の中までは、わかりません。でもこの絵、なんとなく引き込まれます。あなたはいかがですか?

対象を様々な視点に分解し、それを画面上で組み合わせることで、新しい絵画を作り出したキュビズムの手法を、この画家は、いちはやく、しかもそれと意識せずに、本能的に取り入れているのかもしれないなあ、という気もします。してみると、この素朴派の複雑人、やっぱり天才だったのかもしれませんね。


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