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縁の下のバイオリン弾き
32 戦場のゴムぞうり
2011年9月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
日本人は縮小の天才だと思う。箱庭や盆栽を考えだしたのは日本人だ。カップヌードルを作ったのも日本人だ。「根付(ねつけ)」は世界最小の彫刻だ。どういうわけか日本人は何かを小さくする、ということに異常なほど興味をおぼえるらしい。

中国から渡ってきたのは大きなうちわだったのに、それを小さくたためて、ふところにしまえる扇子にしたのは日本人だ。それが中国に逆輸入されてかの地でも愛用され、そしてヨーロッパに伝えられた。

携帯電話を世界ではじめて実用化したのは日本だった。ソニーのウォークマンと日本のケータイがなかったら、今日のスマートフォンが存在しただろうか。オリジナルのカメラは結構かさばるものだったのに、それを小型にしたのは日本人だ。アメリカでは大きいのこそ「高級」と考えられていた自動車を小型化して世界市場を席巻したのは日本の自動車メーカーだった。

という具合になんでもよそのものをとってきてそれを小さくしてもうける、というのが日本のお家芸みたいになってしまった。

それは日本に「ミニマムのパーツだけで間に合わせる」という思想があったためだと思う。

建築を例にとってみよう。伝統的な日本家屋の部屋に通されて感じるのは、「何もない」ということだ。部屋のまんなかに座卓があるぐらいであとはきれいさっぱり何にもない。

洋室ではそうはいかない。ベッドをおいたり、ソファーをおいたりしなければならない。いきおい部屋は家具によってその用途を限定される。だからダイニングルーム、リビングルーム、ベッドルームなどに分化され、それらをすべてあわせ持つ家は大きくならざるを得ない。

昔の日本家屋は一室がいく通りもの用途をもっていた。ちゃぶ台をおけばダイニングになり、ふとんをしけばベッドルームだ。居間にもなり書斎にもなる。

一時日本人の住宅が「うさぎ小屋」などと国際的にこきおろされたことがあった。われわれのすまいが小さいのは事実だけれど、そういう評価は日本人の考え方を理解していないのだという気がする。

龍安寺の石庭などは「ミニマムのパーツのみ」という思想をぬきにしては考えられない。

そういう精神風土の中では人の服装もまたミニマムにならざるを得ない。和服は正装する時は別として、ふだんは上から下までただ一枚の着物だ。これより簡単な服はない。そして足につけるものはぞうり、げた、わらじで、これらはすべて足の裏の形に切った「底」とそれをひっかける「鼻緒」だけでできている。これ以上簡素な履物(はきもの)は考えられない。地面にあたる足の裏さえ保護できればそれでいい、というミニマム思考なのだ。

どこからそういうアイディアがでてきたのだろう。日本の夏は湿度が高く温度が高いから、というのも主な理由だけれど、もう一つの理由は家に入る時にすぐに脱げるから、というものだったろう。

韓国では家の中で靴を脱ぐ。イランでは床にしいたじゅうたんにすわって食事をしている写真を見たことがあるし、インドネシアでも高床式の家で床にすわるから靴を脱ぐのだろう。ほかにもそういうところがあると思う。

けれどもたいていの国では履物を脱がない。椅子・机とベッドを使う生活では床に座らないし寝ないから履物を脱ぐ必要がないのだ。欧米はむろんのこと、文化が近いと思われている中国だって履物を脱がない(千年ぐらい前までは中国でも床に座ったのだけれど、その後生活様式が変わったのだ)。

ひんぱんに脱がなければならないとすると、日本の履物ぐらいよくできているものはない。

世界中にサンダルはあるけれど、たいていはひもで足にしばりつけるようになっている。そうでないものは「底」の上にベルトがかけられていて足をその中に入れるようになっている。つまりツッカケだ。これはコントロールがきかないから長距離を歩く事ができない。

ぞうり、げた、わらじに共通する原理、つまり足の親指と第二指のあいだに鼻緒をはさむ、という方式は世界をみまわしてもあまりないようなのだ。

中国にも韓国にもこの種のものはない。かれらは布製の靴をはいていた。

おもしろいのは日本ではこれがスタンダードでこれ以外の方式の履物はなかったということだ(東北地方のわら靴や公卿の木製の靴はのぞく)。ほかの国ではサンダルは略式の履物で、ちゃんとした靴は別にある、という事が多い。熱帯ではなく、雪がふる日本のような国でサンダル方式が使われていた、というのはかなりめずらしいのではないだろうか。

なぜめずらしいかというと暑い国は別として、多くの国では足はかくされていなければならない、という考えが主流だったからだ。人前で素足を見せるのははずかしいことだった。素足は醜いと考えられていたフシがある。今でもそう思っている西洋人は多い。中国人や韓国人もそう思っているのではないだろうか。

日本人にはこういった考えはない。むしろ、素足というものはイキなものだった。

16世紀の終わりにルイス・フロイスというポルトガル人の在日宣教師が書いた「ヨーロッパ文化と日本文化」という本がある。その中でも日本人は素足を見せる、ということが奇異の念をもって語られている。

「われわれの間では小姓や貴人が主人の伴をするのに、足の親指一本もあらわしてはいけない。日本人は随行して街路を行くとき、ズボン(はかまのこと)をもものつけねまでまくり上げる」

「ヨーロッパで、われわれの間では、貴人が君主の前に履物を脱いで行くならば、それは狂気のさたであろう。日本では、どんな主人の前にでも、履物をはいたまま出ることは教育のないこととされている」

「われわれの間では雨の時には長靴か普通の履物をはく。日本では裸足で歩くか、木製の靴(足駄のこと)をはき、手に棒をもつ」

「われわれの間では女性が素足で歩いたならば、狂人か恥知らずと考えられるであろう。日本の女性は貴賤を問わず、一年の大半、いつも素足で歩く」

などなど…。(岡田章夫訳・岩波文庫)


こんな話がある。

日本人の青年がアマゾンの森の中をバックパック旅行していたところ、ある町で犯罪者と間違われて警察に逮捕されてしまう。日本人だといってもだれも信用しない。押し問答のすえ、警察はとうとうアマゾンの森の奥深くたった一人で住んでいる日系二世の老人を連れてきた。かれに判断させようとしたのだ。老人は日本語もあやしかったけれど、日本人かどうかを見極める試験としてこういった。「日本人なら足の指で卵をつまめるはずだ。やってみろ」。差し出されたのは生卵だった。

どうですか。あなたできますか。私はうちで実験してみてもののみごとに成功した。でもアマゾンの警察署ではどうなることか、ちょっと冷や汗ものだと思う。青年はこの試練をなんなくパスしたそうだけれど。

げたやぞうりをはいたことがない人は足の親指が独立して動かない。卵をつまむなどという神わざはむろんできっこない。

もっとも神わざだなんて自慢したってこれは「日本人だ」ということを証明する以外何の役にも立たない技術で、しかもそれだって今は昔の話ですよね。ゴムぞうりが世界的に流行している現在、日本人でなくとも足の指で卵をつまめる人間はどんどん増えているのかもしれない。

まったくゴムぞうりの普及にはおどろくべきものがある。英語でもそのまま「ゾーリ」と呼ばれている。安くて長持ち、日本がほこっていい大発明だと思う。

このあいだ車を運転していたら、目の前を走っているバンの後部ウィンドウに四つのゴムぞうりの絵が貼ってあった。大きいおとうさんぞうり、花柄のおかあさんぞうり、それに小さいこどもぞうりが二足で、一家をあらわしている。日本にもあるのかもしれないが、これは私の住んでいるカリフォルニアはサンディエゴでの話だ。

そのぐらいだれでもはくようになったし、メーカーも日本とはかぎらなくなったから、いまや世界的な文化といっていいだろう。

ブラジルのメーカーがアカデミー賞にあつまる俳優たちにこれをくばるようになって、2003年には女優のサンドラ・ブロックが黒いドレスに黒いゾーリをはいて式典に出席した。ついにゾーリがファッションとして認知されたと話題になったものだ。


ここにあげた絵は「戦場から生きのびて」(原題:A Long Way Gone)という本のカバーの写真をうつしたものだ。この本は副題を「ぼくは少年兵だった」というとおり、西アフリカの国シエラ・レオーネの内戦に巻き込まれた著者のイシュメール・ベアが13歳から15歳まで少年兵として苛酷な経験をし、奇跡的に生き延びて戦場をはなれ、回復していく道程を語った本だ。

レオナルド・ディカプリオが主演した映画「ブラッド・ダイアモンド」の舞台がシエラ・レオーネだ。1991年から2002年まではげしい内戦がつづいた。映画で見る通り、シエラ・レオーネは不幸にしてダイアモンドの産地だった。ダイアモンドの密輸で軍資金が豊富になった反乱軍は国土を二分して政府軍と戦った。どちらの側も少年(少女をふくむ)を兵士に仕立てて戦場にかりたてた。狂気のさたとしかいいようのない地獄だった。

絵を見てください。ローティーンの少年(著者ではない)が肩から銃剣つきの自動小銃をかけ、ロケット弾をかついでいる。しかし彼が着ているのは赤い Tシャツと青い短パンのふだん着なのだ。内戦の残酷と矛盾をこれほどよく現したイメージはない。

そしてこの少年がはいているのが鼻緒の切れた、底に穴のあいたゴムぞうりだ。日本うまれのゴムぞうりはついにアフリカの少年兵の履物となった。

ゴムぞうりはもともとビーチサンダルとして人気を博し、世界にひろがったものだ。そういう平和のシンボルのような履物が戦場ではかれるなんて悲惨というほかない。

ダイアモンドさえなかったなら、この少年も平和な生活を送ったことだろう。ゴムぞうりに穴があくほど行進させられることも、人を殺すはめになることもなかっただろう。

悲しく恐ろしい内容が淡々とした口調で語られる。その一方でどんなに非人間的な状況におちいっても人間の精神は負けないで回復できるのだという希望をあたえてくれる感動的な本だ。

現在世界のいろいろな場所で25万人からのこどもたちが少年兵として戦争を「戦わせられて」いるそうだ。
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