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僕の偏見紀行
120 メコンへの旅(10)メコン川クルーズ
2011年4月4日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ メコンクルーズ出航前のスローボート船内。左手に見えているのは隣の船。
▲ 時速80kでメコン川を突っ走るスピードボート。
▲ クルーズの途中パクベンで宿泊したルアンサイ・ロッジ遠景。画面右手に見えるのがロビーとレストラン部分、左手にかけて独立したロッジが見えている。スタッフが迎えに来てくれた。
初めて見た托鉢の感動もさめやらぬまま、僕はホテルをチェックアウトすると船着場へ急いだ。予約したメコンクルーズのバウチャーには、8時30分までに船会社の事務所に集合とある。事務所はイミグレーションの隣にあったが、待合所に人影は見えない。

ここフェイサイからメコン川を遡上するとゴールデントライアングルを経て中国へ至る。下流はラオス、タイ、カンボジアを経てベトナム南部の広い河口へと続く。インドシナ半島を貫く大動脈であるメコン川は重要な交通ルートとなっている。

フェイサイから古都ルアンパバーンへは、乗り合いのスローボートが2日かけて下っている。このあたりのメコン川は山間部の谷間を流れているため、川幅の狭い急流や波立つ早瀬も多く、夜間の航行は危険を伴う。そのため日中6時間くらい走り、途中で1泊することになる。

今度の旅に出るきっかけはこのメコンの船旅だった。雄大なメコンの流れのままに、ゆったりと時間をかけて川を下り、ラオスの古都ルアンパバーンに行ってみたい、そう思った。

しかし乗り合い船だとゆっくり座れるだろうか、途中の宿はどうしようか。調べてみると宿泊予定地のパクベンにはゲストハウスが数軒あった。しかし日本から予約できる宿はなかった。見知らぬ国の山奥で、日暮れ時に宿を探して走り回るには、僕は少々年老いた。残念ながら純正バックパッカーとしての気概に欠けるところがあった。

しかし窮すれば通ず、さらに情報を集めると予約制のスローボートがあることが分かった。しかもパクベンの専用ロッジ付きらしい。これなら大丈夫、とすぐに予約を入れ、そしてここまでやって来たのだ。

船会社の待合所で待つこと20分、ようやくスタッフらしい若者が現れた。バウチャーを見せると僕のパスポートを預かり、もう少しここで待てという。そのうちタイからの渡し船が着く度に乗客らしい欧米人が増えてきた。昨夜はタイ側のチェンコーン泊まりだったのだろう。

スタッフは欧米人客にはソファーを勧め、入国手続きなど付きっ切りで世話を焼いている。今時珍しい、白人にはやたらヘイコラするが、同じアジア人には横柄なタイプらしい。

コイツは船着場へ移動する時、預けた僕の荷物を置き忘れそうになった。僕は「しっかりしろ、大事な物を忘れるんじゃねえ!」と下手な英語でいってやった。予期しなかった、さえない東洋人の年寄りから怒鳴られ、彼はかなり驚いていた。

メンバーがそろい船着場に着くと、何艘ものスローボートが桟橋に並んでいる。乗り合いの定期船やチャーター船のようだ。僕らが乗り込んだボートは40人乗りの木造船、長さは30m、幅7mくらいだろうか、ゆったりとした屋形船に似たつくりだ。

船内にはキッチンやトイレを除くと部屋はない。屋根は付いているが全体がオープンスペースになっていて、風が通り抜けるようになっている。そこにはテーブルとイスが並べられ、乗客は好きなところで、ゆっくりくつろいで過ごすことができる。奥には喫茶カウンターも設けられ、飲み物や軽食のサービスも受けられる。

乗り込んだ乗客は20数名、定員40名だから船内はゆとりが充分だ。欧米系の白人が多い。老年および中年の夫婦数組、アラブ系と思われる若いカップル、熟年女性のグループなどが見受けられる。

ボートのスタッフは船頭の他、英語のエスコートガイド、中年女のコックがそれぞれ1名、数名のサービス係が乗り組んでいる。みんなラオスの人のようだ。エスコートガイドの若者は優秀だった。分かりやすい言葉と客全員への行き届いた気配りが2日間とおして変らなかった。

出港準備が終わりボートがフエイサイの岸辺をゆっくりと離れたのは結局10時をまわっていた。ボートが川の中央にでると、黄土色の川面から吹いてくる風はまだ冷たかった。

これから6時間、のんびり過ごそう、そう考えながらメコンの流れを眺める。左右に聳える山々の谷間を縫うように川は流れ、広い川幅は時々狭まった。遠い山の斜面に数軒の民家が並ぶのが小さく見え、川辺の砂地では牛の群れが列をなして移動している。

小船で漁をする男たち、岸辺でザルを振るう人々が見えてきた。ガイドによればザルを振るうのは砂金を採っているのだという

粗い岩肌の崖の下をすり抜け、岩礁を避けながらボートは進んだ。時々船首のベンチまで行って過ぎ行く風景を眺め、飽きると喫茶コーナーで熱いラオス茶を飲んだ。

時折観光客を乗せたスローボートや荷物を満載した船と行き交った。その合間には猛スピードでぶっ飛ばすスピードボートにも出くわした。細身の小さなボートに8人前後の乗客が、救命胴衣とヘルメットに身を固めて乗っている。

ボートは、船体と不釣合いに巨大な船外機から騒音をまきちらし、時速80kであっという間に走り去る。乗客はひたすら身を縮めて風圧に耐えるているようだ。この文字通りのスピードボートは、スローボートで6時間かかるパクベンに3時間で到着し、そこからさらにスピードボートに乗り継ぐと、その日の内にルアンパパンに到着できるという。急ぐ旅にはもってこいのだが、船旅を楽しむということからは程遠いようだ。


ビュッフェ形式のランチは期待以上だった。チャーハン風のいためご飯、牛肉の煮込みとサラダ、魚をバナナの葉に包んだ蒸し物、パパイヤなどのフルーツと盛りだくさんでとても美味しかった。この女コックはよほど腕がいいのだろう。

こうやって過ごしているとあっという間の6時間だった。退屈に備えて用意した文庫本を開くこともなかった。ボートはロッジのあるパクベンに近づいたようだ。左岸の遠い森の中に丸太つくりのロッジが点々と見えている。

午後5時過ぎ森に近い岸辺にボートは着岸した。緩やかな草の斜面を登ると今宵の宿「ルアンサイ・ロッジ」だ。民族衣装のスタッフが数名迎えに来ていた。

ホテルは全体が高床式のログハウス風の造りで、中央に位置するオープンエアのロビーにはメコンに沈む夕陽が斜めに差し込んでいた。そのロビーからは各ロッジへと続く長い木製の橋が延びている。

キーを受け取り木の橋をゴトゴト荷物を引いて部屋まで歩いた。すでに夕闇の迫る広い部屋の中央に天蓋付きの特大ベッドが置かれ、周りには控えめの照明が灯るのみ。部屋の奥にはホットシャワー付きの清潔なバスルームがある。薄暗い部屋に一人、外は黒々とした深い森が広がっている。木製のよろい戸を開け放ち、窓から遠くを見下ろすと、深まる夕闇の中でメコン川面がかすかに光っている。

山奥のこんな辺鄙なところによくもこんな贅沢な施設を作ったものだ。しかしいかに豪華な部屋も周りに広がる大自然の圧倒的な力の前では、はなはだ心許ない。時折、ギャー、ギギー、などと鳥か獣か定かではないが、遠吠えらしき叫び声が聞こえてくる。キキッ・キキッというのはヤモリだろうか。

こんなところで寝るのは初めてだ。夕闇が深まり、空気が一段と冷たくなってきた。徐々に一人旅の心細さがつのる。しかしこれもまた一興、旅の面白さと思うことにしよう。気を取り直した僕は、夕食のレストランへ向かう前にシャワーを浴びることにした。造りは立派だが、細く頼りないシャワーの下で僕は冷たい夜気に震えた。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
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52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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