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2003年5月23日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
▲ 雨宮さん撮影のチャルマーズ・ジョンソン博士。バックの書棚が少しうるさかったので、フォトショップで修正したが、よく撮れている。
▲ この景色、見覚えがありませんか。1990年ごろ新橋駅近くにあった研究会インフォネット事務局(最上階窓のところ)のビルです。まだ生き残っていたのですねえ。取り壊し寸前といった感じで、中には入れませんでしたが。しばし感慨にふけりました。ここで活動していた頃、共同通信を辞めるなど夢にも考えていなかったなあ。
思わず「あっ」と口走ってしまった。そうか、そうだったのか。目からウロコとはまさにこのことだろう。イラク開戦間近のできごとだ。

共同通信の編集委員から、アメリカの日本学者、チャルマーズ・ジョンソン博士の顔写真をお持ちでないだろうか、というメールが来た。博士に「イラク戦争と米帝国主義」に関する寄稿を頼んだという。ところがご当人がメール添付で送ってくれた彼の顔写真が使いものにならない。締め切りが近いので困っている。当の博士が「それではトシ・ナカヤマに連絡をとってほしい」と編集委員に僕のアドレスを教えたのだという。編集委員と僕の面識はない。

博士と僕は、研究会の雨宮さんを通じた友人だ。カリフォルニア州カーディフ、太平洋を見下ろす高台の自宅の居間には、いまでも僕が撮影した写真が飾られているはずだ。数年前、東京のホテルで博士を撮影したことがある。このときの写真はたしか某週刊誌が使ったことがある。博士はそのことを覚えていたのだ。

ところがそのネガが見つからない。さあ困った。僕がむかし勤務した通信社からの依頼、対象は親しいジョンソン博士。双方とも困っている。このままありません、というわけにはいかない。そこでふとアイデアが浮かんだ。雨宮さんの自宅は、博士の家から車で20分のデルマー。そうだ、彼女に撮ってもらえばいい。写真に関してはアマチュアだが、センスはいい。

実は通信社を辞めて自分の会社をつくったとき始めたのが、この仕事だった。海外の写真家をあらかじめネットワークしておき、日本の出版社などから依頼があればただちに取材依頼、撮影したフィルムを空輸でとり寄せ、発注主に届ける。

しかしこの仕事は1年も経たたないうちに挫折し、方向転換を余儀なくされた。なぜか。12年前の話だ。インターネットはもちろんない。パソコン通信がようやく姿を現したころだがまだ一般化はしていない。連絡は国際電話かファックス。まず取材依頼したい写真家がなかなかつかまらない。やっとつかまえて原稿料の交渉。特にアメリカ人はカネの交渉ではタフだ。そこで撮影日決定。撮影済みフィルムを航空便に乗せたという連絡を今か今かと待つ。

やっとFEDXに託したというファックス。さあそれから3日かかるか4日かかるか。いまのようにインターネットで貨物の現在位置がわかる、などという時代ではない。出版社からは毎日矢のような催促。フィルムがやっと到着。それ現像だ。できた。う、へただ。使えない。あれほど待たせた出版社が怒らないわけがない。結果、国際電話代、航空便、現像代、すべて当方持ち。当然ながら出版社の信用を失い、原稿料はいただけない。

写真家に電話でクレイム。しかし写真家は自信過剰の塊のような人種だ(自分がそうだからよくわかる)。「自分の写真はいいのだが出版社に見る目がないのだろう。または君の売り方がまずいのだ」−これで終わり。ただちに請求書がファックスで送られてくる。今後のことを考え支払う。残るのは疲れと支払いと赤字だけ。僕と社員はつくづく思った。「こんな仕事をやっていたら命と会社がもたない」。それがこの仕事から撤退した理由だ。

さて、ジョンソン博士の写真の話に戻ろう。雨宮さんに撮影依頼。もちろんメ−ルだ。すぐ返事がきた。「私のデジカメ、ビデオ兼用だけど大丈夫かなあ。お昼からちょっと行ってみます」。僕の脳裏に10年以上前のすっかり忘れていた体験がよみがえった。

写真はその夜、メール添付で届いた。「あっ」という言葉が思わず口をついたのはその時だ。博士の写真がいともあっさりと届いた。クオリティに問題はない、使える。依頼から半日もかからず、そしてこれほどあっさりと、なんの疲れもなく届いた。しかも費用はいっさいかかっていない。数枚の写真が、あっという間に太平洋を飛び越えてきたのだ。

僕は気がついた。10年のあいだに通信革命がおきていたのだ。あのときビジネスにならなかったことがいまなら出来る。(続く)
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