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僕の偏見紀行
121 メコンへの旅(11)メコンクルーズ
2011年4月15日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ルアンサイ・ロッジにて。ロビーから各部屋へ延びる通路。
▲ ロッジのディナー。中央右上に、もち米ご飯、カオ・ニャオが入った竹製のおひつ、ティップ・カオが置かれている。
▲ ルアンサイ・ロッジで歓迎のダンスを披露してくれたパクベンの子供たち。民族衣装が美しかった。
「食事を楽しんでますか?」ルアンサイ・ロッジのディナーの席でいきなり声をかけられ僕はうろたえた。

見るとイギリスから来た隣席のオバチャンだった。食べるのに夢中になっていた僕は反省した。食事は周りの人と和やかに会話をかわしつつ楽しむもの、というのが世界の常識だ。このクルーズの参加者は欧米人が多い。日本人がマナー知らずと思われるても困る。

「勿論です。大いに楽しんでます。」僕はあわててこう言った。

テーブルには伝統的なラオス料理の大皿やもち米のご飯「カオ・ニャオ」が入った竹かごのおひつが並んでいる。この「ティップ・カオ」と呼ばれる竹で編んだおひつは、人数分がそれぞれの席に置かれ、おかわりができる。伝統的なラオス料理の主食はもち米なのだ。

見るとオバチャンは器用に指先でカオ・ニャオを丸め、おかずを乗せて食べている。コツは丸めたご飯の真ん中を親指で軽く押して凹みを造り、そこへおかずをおしあてて食べるのだ。

おかずは焼いた牛肉や魚、鳥のカレー風など、いずれも深みのある味わいだ。やや濃い目の味付けのおかずともち米の甘みが一緒になるといくらでも食べられる旨さだ。昔、家で餅つきをしたときにつまんだ蒸したもち米の味を思い出した。

旅慣れた様子のオバチャンは僕に料理を手で食べるコツを伝授してくれ、自らの旅について語った。彼女は年周りは僕と同じくらい、もう旅に出て3ヶ月になるという。

夫婦連れかと思ったらこのクルーズは一人旅だった。現在彼女の夫はネパールのカトマンズに滞在中なのだ。なぜ旅をするのか、という問いに彼女は心の平和を得るための「meditation」と答えた。「瞑想」、なにやら話が難しくなってきた。そのためカトマンズの夫は10日間、何もしゃべらない修行の最中らしい。

オバチャン自身はアジア各地を巡る旅の途上にある。ルアンパバンに着いたらそこで暫く滞在、2月には最終目的地プーケット島へ向かう。そして島のどこかにあるという「meditation」の聖地で夫と合流する予定だと語った。

それにしても世の中には様々な生き方をする人々がいるものだ。このように住む世界も人生観も異なる人との出会いは実に楽しい。年に数ヶ月も旅に暮らす欧米人の生き方や、それを支える経済的基盤には感嘆させられる。

「たまには瞑想することがあるのか?」とオバチャン。
「勿論、毎晩寝床の中で眠る前に」と僕が答える。オバチャンは大笑いだ。

そこで、我々日本人にも「座禅」や「茶道」などという「meditation」に通じる文化があるのだ、と知ったかぶりをしてしまった。その上僕は「一期一会」についても一席ぶった。僕自身よく分かっていないのに、つたない英語でどれだけ伝わったか甚だ心許ない。しかしオバチャンは熱心に聞いてくれた。

日本人がこの手の話題を語ると、神秘的あるいは哲学的に見えるのかもしれない。しかしよくもこんなことを恥ずかしげもなく言えたものだ。ラオスのビールが言わせたのかもしれない。

さらに舞い上がった僕は学生時代に写真部だったことをひけらかし、彼女のデジカメの写真について、面白い構図と新鮮な色づかいがなかなかよろしい、などとほざいてしまった。

神妙な面持ちで僕の批評を聞いていた彼女はおもむろに、自分の仕事はいくつかあるが、アーティストでもある、と言い出した。さらに作品を展示しているので機会があったら見て欲しいとサイト名を教えてくれた。

僕はオバチャンも酔ったかな、とあまりこの話は真に受けなかった。ところが帰国後教えられたサイトをチェックして驚いた。やはり言葉通り、彼女はプロの画家だった。門外漢の僕にはよく理解できないが、鮮やかな色調の抽象画がいくつも展示され、そこそこの価格がついている。

そういえば彼女は人間の精神世界について強い関心があり、それ故の「meditation」だとも言っていた。複雑な人間心理の織り成す層の、色彩による表現が彼女の抽象画だろうか。今考えるとなんとなく理解できる気がする。どうやら僕はプロのアーティストに色や構図について講釈を垂れてしまったようだ。

サイトの作者経歴によると、彼女はケンブリッジで物理学のドクターを取得、物理学者としてすごした後にアーティストとなった。出身はウエールズ、今もそこでアイリッシュの夫と共にヒツジの牧場を営んでいる。ともにケルト系のご夫婦だ。どうりで理屈っぽい。

そのせいか、僕のアイルランドの旅の話を嬉しそうに聞いてくれた。デジカメで夫の写真を見せてもらったので、同じアイリッシュのスティーヴ・マックィーンが少し年老いたようだと言ってあげた。それを聞いて彼女は大いに喜んだ。

レストランでは地元の子供たちの歓迎ダンスが始まった。民族衣装の可愛い子達が楽しげに踊るのにあわせて手拍子を打つ。森の闇の中、そこだけが明るいホテルのレストランに素朴な民族楽器の音が流れる。

ダンスはタイやインドネシアでも見かけるバンブ−・ダンスに似ている。ビールに火照る顔に冷たい夜風が心地よい。

すっかりいい気持ちになってロッジに戻る。広い部屋には夜気が忍び込み思わず身震いする。天蓋に下がった蚊帳をかき分けベッドにもぐりこんだが、隙間から進入した蚊がうるさい。この蚊帳は日本と異なり、一枚の広い薄布をかけ回しただけで、その合わせ目は縫っていない。

乾期だから少ないとはいえ、そこから蚊が入り込んでくるのには閉口した。仕方ないので起きて日本から持ってきた蚊取り線香を点けた。するとさすが日本製、よく効いた。これで安心してよく眠れた。

日暮れ時からやかましかったギギーという、鳥か獣か分からないが、森からの声は明け方に最高潮となった。翌朝夜明け前に目覚めた僕は、真冬なみの寒さに震えながら窓を開けた。白み始めた明け方の空の下を黒々とメコンは流れている。                 (続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
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25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
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14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
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6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
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1 東北紅葉雪見風呂
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