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55 オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア
2006年12月12日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア


カリカチュア (Caricature) とは、風刺画とか戯画といわれるものですが、これ自体は、いつの時代も極めて健全な批判精神に基づいて描かれたものが多いわけで、私は大好きなのです。これまで見たたくさんのカリカチュアの中で、私が最も感動した作品の作者は、フランスのオノレ・ドーミエ (1808 〜 1879) です。

ドーミエは、彫刻、絵画、クロッキー等で、時の権力や権威の腐敗、偽善、傲慢等を痛烈に批判したのですが、それだけでなく、このジャーナリスト的な批判精神を、芸術の高みにまで押し上げた点に彼の功績があると私は思います。

ドーミエが活躍したのは、19世紀半ばのフランスでした。この時代は、いつの時代もとかく胡散臭いと言える政治が、とくにひどい腐臭を放っていた時代でした。ちょっとお節介かもしれませんが、時代背景を知るために、少しばかりこの時代のフランスの歴史をおさらいしてみます。

1789年に、あのフランス革命によって、王制を倒したフランスは、そのまますんなりと現代の制度に移行したわけではありません。たいへんな犠牲と失敗を伴いながら、紆余曲折して今に至っているわけで、まず簡単に年表にしてみます。

1789年 フランス革命。共和制スタート。

1804年 ナポレオンが皇帝に即位。第1帝政スタート。

1814年 ナポレンがエルバ島へ流される。ルイ18世がフランス王位につく。つまり王政復活。
  
1824年 ルイ18世没。シャルル10世即位。つまり王政継続。

1830年 7月革命。ルイ・フィリップ即位。7月王政スタート。

1848年 2月革命。第2共和政スタート。

1852年 ナポレオン3世が皇帝に即位。第2帝政スタート。

1870年 普仏戦争の敗北により、ナポレオン3世失脚。第2帝政崩壊。
  
1871年 パリ・コンミューン成立と崩壊。

1875年 三権分立、二院制の第3共和制成立。

つまり、1789年の市民革命から、現代的な政治体制に変わるまでの約100年の間に、なんと共和制、王政、帝政がそれぞれ2つずつ、合計6つの権力体制がめまぐるしく成立したわけです。これじゃあ、犠牲も多かったはずですよね。日本の明治維新(1867年)においては、結果的にイギリスが最も強い影響力を持ちましたが、そりゃあそうでしょう、南北戦争でごたついていたアメリカと、この有様のフランスでは、はじめから勝負は決まっていたようなものです。

ところで、話をドーミエに戻しますが、とにかく1830年に成立した7月王政のオルレアン公、ルイ・フィリップと、第2帝政の中心人物で、ナポレオンの血をひいていると称するナポレオン3世、およびそれぞれの取り巻き達は、なんとも胡散臭く、いかがわしい人達でした。一言でいえば、金権腐敗政治の原型みたいなものなのですが、それを旧時代的な腕力と道徳感で覆い隠し、強圧的に君臨したわけです。

ドーミエの風刺画に、ルイ・フィリップが王座に座って廷臣達が贈る賄賂を食べ、勲章や貨幣をどんどん排泄し続けている画があります。ドーミエは、これで禁固6ヶ月をくらったのですが、こういう画を書いて発表したのですからたいしたものです。上段の画がそうです。

また下段の彫刻は、7月王政とその傀儡の国会議員達に対する強烈な風刺として、ドーミエが制作したもので、現在こういう彫刻が36点、パリのオルセー美術館に収蔵されています。タイトルは、「ド・ケラトリー伯、代議士、あるいは媚びへつらう奴」となっています。

その他、皮肉屋でえらそうにする奴、だとか、老獪な奴、見栄っ張り、歯の抜けた口で笑う奴、煮え切らない奴、偽善者で悪賢い奴、偏狭な頑固者、不快感の権化、脂ぎって満足したでぶ、等々、まあ、ありとあらゆる悪口が書いてある彫刻が36点、オルセー美術館1階の入り口から一番手前の左側の部屋にあります。

私はオルセーに行くと、まず必ずこの部屋に行きます。ドーミエの書いた、それぞれの人物の悪口が面白いからだけではないのです。(もっとも顔の表情は本当に笑えます!) 終生めげずに批判精神を貫いた、この偉大なるアーティストに敬意を表するためです。

しかし、フランス政府もやりますよね。この彫刻をパリの花形の美術館の、それも入り口のすぐそばに陳列するのですから。それとも、現在の政府は決してこうではありません! と言いたいのでしょうか? あなたもオルセーに行かれたら、ぜひこの部屋をご覧ください。入って左側の一番手前の部屋です。

しかし、時の権力に表立って、公然と反抗する人達にも、日々の生活があり、場合によっては支えるべき家族がいたりするわけで、その資金はどうしているのか? という疑問が出てくるのは、歳のせいかもしれませんが、忘れてはいけない大切な視点ですよね。

ドーミエの場合につきましては、やはりたいへんな苦労をしたようです。当時の画家達が生活の糧を得る方法として、もっとも一般的だったのは、お金持の肖像画を描くことでした。でもお金持は、その時代の権力に反抗するどころか、自ら権力の中心にいることもあり、ドーミエからすれば、批判の対象となるべき人達が多かったわけです。

もちろん上の画像のような肖像画を買ってくれるスポンサーなど、まずありえませんから、たいへんだったわけです。

ドーミエは1808年に南仏のマルセイユで、ガラス細工師の家に生まれ、12歳の時に家族の転居とともにパリへ出ました。その後書店で働きながら、美術学校アカデミー・シュイスで絵を学びました。

ドーミエが最初に彼の才能を開花させたのは、当時の風刺新聞 「ラ・カリカチュール」 においてでした。当時は文字が読めない人々が多く、雑誌や新聞においても絵、とりわけ石版画が人々に訴える大きな力を持っていました。そんな状況の中で彼は当初は版画家、彫刻家として、そして晩年には画家として徹底して自分の信念を貫き通たわけです。

ルイ・フィリップの7月王政を1848年の2月革命で倒した第2共和制新政府は、しだいに変質し、革命の原動力となった労働者達を挑発して弾圧を始めました。そしてその混乱に乗じてナポレオンの血を引いていると称するナポレオン3世がクーデターによって、第2帝政を作ってしまった、という19世紀半ばのフランスの混乱期が、ドーミエがもっとも活躍した時期でした。

熱烈な共和派であった彼は、権力者の本質をするどく見抜き、それを批判するという製作態度を一貫して持ち続けたわけです。 しかし、その生活は苦しく、家賃が払えずに家を転々とする時期もありました。ドーミエが晩年を過ごした家は、バルビゾン派の画家コローが見かねて買い与えたものと言われています。

彼は1879年に71歳でこの家で没しておりますので、当時としては、まずまずの年齢まで生きたわけです。ドーミエ自身は、没するに際して自分の生涯をどう評価したのでしょうか。

今にして見れば、当時羽振りのよさを誇っていた7月王政や、第2帝政の俗物権力者達の名前など、もう誰も覚えてはいませんが、ドーミエの作品はパリの花形美術館オルセーの入り口近くに展示されているわけで、はるかに高く評価されているわけです。

でもその時代を生きたご本人達にとっては、そんなに簡単に結論が出せることではありませんね。自らの生き方と照らし合わせて、やはり考えさせられます。


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