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縁の下のバイオリン弾き
34 茶飲み話
2011年10月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ サンディエゴの港に繋留されている「スター・オブ・インディア」号。お茶を運ぶ「クリッパー」だったが今は海洋博物館になっている。
以前台湾の友人からティーバッグを一箱もらったことがある。そのティーバッグは中国茶のティーバッグだったけれど、その箱に印刷してある写真をみて私は絶句した。紅茶茶碗がうつっていたからだ。

こういうことは日本ではたぶん絶対にと言っていいほどないと思う。日本人はたいてい日本の物と外国の物の間にはっきりした線を引く。だから食器でも和食器と西洋食器とそろえなければならない。ただでさえせまい台所に系統のちがう食器がふたそろいあるのだから大変だ。

そんなもの、食べられさえすれば、飲めさえすればいいんだから、スープ皿にイワシの焼いたのと大根おろしを乗せたって、抹茶茶碗にコーヒーとホイップクリームをいれたっていいじゃないか、というのはへりくつだ。冗談ならともかく、そういうことをする人は(もしいたとしても)「奇人だ変人だ」と社会からつまはじきされる。

常識をそなえたわれわれは客が来るとまず湯のみに煎茶をいれてようかんを出す。しばらくして紅茶茶碗に紅茶をいれてクッキーをそえて出す。日本人にとっては緑茶と紅茶はまったく別のものだからそれがもてなしになるのだ。

お茶は日本人にとってほとんど聖域である。「茶の湯」は英語で「ティー・セレモニー」と訳されるぐらい厳粛な「儀式」であって、わびだのさびだのという日本の美意識はこれに由来するといわれている。あのにがい味わいの中に日本人の神髄がやどっているのだからそれを飲む茶碗はやはり古唐津といきたい。

たとえ抹茶でなくたって日本のお茶を紅茶茶碗で飲むなんてもうそれだけでボートクだ。お茶はしぶくなくてはならない。砂糖を入れる西洋の紅茶茶碗なんかで飲めるか、という気持ちは私ならずともあるだろう。

だいたい「とって」がついているのからして日本茶にはなじまない。あんなもので飲んでは「お茶を飲む」という行為の意味が根本から変わってしまう。

というぐあいにこと「お茶」に関してはわれわれはナショナリスティックになりがちだ。

中国人が紅茶茶碗に中国茶をいれて飲む、なんて聞けばそれだけで彼らの美意識を疑ってしまう。

でもちょっと待って下さい。お茶には煎茶番茶、ウーロン茶ジャスミン茶、ダージリンアールグレイと無数にあるけれど、そのどれもがただ一種の「お茶の木」の葉っぱから作られる、ということを忘れてはならない。ハーブ・ティーやミント・ティーなどは「ティー」という名前はついているが「茶」ではない。

そうして「お茶の木」は中国が原産だ。こればかりはなんてったって動かしようのない事実で、インドやセイロン(失礼、スリランカ)がいくらがんばってもだめなのだ。

英語に“For all the tea in China”という表現がある。「中国のお茶全部をもらっても(それをするのは)いやだ」ということで、なにものにもかえがたい、という意味で使われる。お茶が中国にしか産しなかったころ、それは大変高価なものだった。だから「中国のお茶全部」の値段は天文学的な数字で、それだけ強い表現だったのだ 。

イギリスやアメリカは茶を西洋に運ぶために快速の帆船(クリッパーという)をしたてて中国との間を往復した。

イギリス人はお茶のとりことなり、お茶を買うために金を湯水のように使った。気がついてみれば貿易収支が大変な赤字になっている。それを是正するために植民地インドで阿片(あへん)を作り、それを中国に密輸し、やっとのことで貿易のバランスをとった。中国は阿片を厳禁し、焼き捨てたから英国は理不尽にも戦争をしかけて中国を屈服させ、香港を植民地にとった。これが阿片戦争(1840-1842)だ。

そして茶をインドに植え付けたのがインドのお茶のはじまりだった。

イギリスの帆船がお茶を積んでインド洋を航海しているあいだにその熱気でうれて緑茶が紅茶になったのだ、という説があるが、あれはうそだ。お茶というものは摘み取った葉を容器にいれてそのままにしておけば自然に発酵を始めて紅茶になる。そうはさせじと蒸したり煎ったり、熱を加えて発酵を促す酵素をこわし、緑の色を保ったのが緑茶だ。ウーロン茶は半発酵茶だ。

中国には世界の茶の製法がそろっている。紅茶もウーロン茶も緑茶もある。日本人のように紅茶を飲むならアッサムでなけりゃ、などと外国産のお茶に頼る必要はない。

だから中国人はお茶に関しては鷹揚(おうよう)だ。自分の所のお茶には絶対の自信を持っている。いろいろ茶の種類があっても「万法一に帰す(ばんぽういつにきす)」とかいって真理は一つ、という態度だ。

そして中国人は概して日本人より現実的だから、そのほうが便利だと思えば旧習にこだわることなく新しいものを取り入れる。

香港をふくむ広東一帯に「飲茶(ヤムチャ)」という習慣がある。ご存知のようにこれはお茶を飲みながら点心を食べる簡単な食事だ。

この「お茶」を飲むうつわには私が香港にいた短い間にも変化があった。一番古い「飲茶」のやり方、私が最初に経験したやり方はふたつきの小ぶりの茶碗(飯茶碗と同じ形でそれよりも小さいもの)にお茶の葉っぱをぱらぱらっといれてそれに熱湯をそそぐ、という方式だった。ふたをしてしばらく待ってからその茶碗を口に近づけ、ふたを少しだけずらして茶葉が出てくるのを防ぎながらお茶をすする、というものだ。中国の武侠片(チャンバラ映画)を見るとこのお茶の飲み方が画面に現れることがあります。

やってみるとわかるがこれは非常にむずかしい。熟練を要する。なれないから飲茶にいくたびに私がどぼどぼとお茶をこぼしている間に習慣は変化して新しい茶の飲み方がはじまった。

それは急須のお茶をちいさな湯のみ茶碗(とってのないもの)にそそいで飲む、というやり方で以後私が香港にいた間はこれが主流となった。

それから何年かたって香港に行くと飲茶の茶器は西洋風のとってのある茶碗に取って代わられていた。多分今では香港にかぎらず、飲茶というとどこでもこの紅茶茶碗方式になっているのだろう。

茶を飲むのにてのひらに熱い思いをして飲む事はない、とってがあればその不便は避けられる、それならとってのある茶碗を採用しよう、というので紅茶茶碗を使うことになったのだろう。

進取の気象に富んでいると言おうか節操がないと言おうか、これだから中国では物事がどんどん変わって古いものが残らないのだ。変わるとなるとおしなべて変わってしまう。日本では古いものを残しながら新しいものもとりいれるのでその結果和洋2種類の食器が必要になる。

一事が万事である。唐の時代(7−9世紀)には床にすわっていた中国人はその後北方の「蛮族」の机と椅子とベッドの生活に接してそちらに鞍替(くらが)えしてしまった。着るものだって和服の元祖のようなものを着ていたのに、やはり「野蛮人」の服装をとりいれてボタンをかける上着にズボンというふうにしてしまった。西洋では女がズボンをはくようになったのはつい最近のことだが、中国ではこの何百年女もズボンをはいていた。

中国の女性の服装というと「旗袍(チーパオ)」という、えりの立った、裾の両側にスリットが入ったいわゆるチャイナ・ドレスが思い浮かぶけれど、あれは西洋のドレスに似せて中国服を作り変えたもので本来の中国服ではない。

現在では洋服を着る人が圧倒的に多いのだが、中国人は基本的に自分たちの服と同じような服だと感じているのではないだろうか。

和服と洋服という全然違う系統の服をTPOに応じて使い分ける日本人とは大変な違いだ。

昔香港の中文大学という学校につとめていた時、あるアメリカ帰りの中国人教授が中国茶に砂糖とミルクをいれて飲む、という事を聞いて何となげかわしい、と思った。そんなのは浅薄な西洋かぶれではないか。それでも中国人といえるのか。

しかし今の私はそういう風には考えない。中国人にしてみれば紅茶だろうが緑茶だろうが、また何を入れて飲もうがどんな茶碗で飲もうがそれは「茶」つまり「中国の茶」なのだ。

同じようなことを私は「すし」に感じる。すしのアメリカにおける普及ぶりといったらあきれるばかりだ。ロッキー山脈のてっぺんにあるコロラド州デンバーですら十指にあまるすし屋がある。そしてもちろん、アメリカで流行しているということは世界で流行している、ということだ。くやしいけれどアメリカの影響は圧倒的なのである。アメリカ人がものずきにも「スシ・バー」などに興味を持たなかったらすしはいまでも日本人だけのものだったろう。

中国でもすしは人気のようだが、あれもアメリカ経由だと思う。中国人はもともとなまものを食べない。私が香港にいたころすしなんかゲテモノあつかいだった。

スティーグ・ラーソンの「ドラゴン・タトゥーの女」以下の「ミレニアム」三部作は映画になったのでご覧になった方も多いだろう。映画にはあらわれなかったが小説のほうにストックホルムの警視庁に巣食う悪人どもが昼食を外から買ってきて食べる場面がある。若手の官僚が「すしにしよう」というのでみなそれに同意する。このグループのOB格の悪党は「おれが昔ここで働いていたころにはなまの魚なんぞを食うこたぁなかったのに」とぼやき、すしに手をつけない。

私は読んでいて笑ってしまった。作者はもちろんここで笑わせようと思って書いたのではないのだが、日本人の読者にはたくまざるユーモアになっている。

確かにスエーデンなら海も近く、魚を食べる伝統があるのだからすしを食べるのはアメリカよりも自然なことかもしれない。でもヨーロッパでそこまですしが普及している事を知らなかった私にはおどろきだった。

こうなると世界中にすしのバリエーションができるのは時間の問題だといわなければなるまい。アメリカにはもうすでにアボカドとかにを巻いた「カリフォルニア・ロール」がある。クリームチーズが入った「フィラデルフィア・ロール」がある。ハワイには「スパムむすび」といって、薄く切ったスパム(ランチ・ミート)をフライパンで焼き、それをにぎった飯の上にのせる、というものがある。「むすび」とはいうものの、あれはにぎりずしのバリエーションだ。韓国には牛肉の巻きずしがある。

飲み物だって「あがり」とはかぎらない。安いすし屋ではコーラやコーヒーを飲んでいる人もけっこう見かける。

どうだろう。そのうちカリカリにいためたベーコンをのせたちらしずし、キャビアやトリュフの軍艦巻き、ナンプラーとチリソースでやっつけるにぎりなんてものがあらわれるかもしれない。

日本人は何というだろうか。「いや、そんなのはすしじゃない、日本人が食べるもの以外はすしとはみとめない」というだろうか。それともいささかの優越感をふくんで、「ま、そういうのもありだよね」と許すだろうか。

その時に中国人のお茶に対する態度を考えてみるのもおもしろいと思う。
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