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155 山崎と大山崎 その4 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 後編)
2015年4月21日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
寿屋を退社した竹鶴政孝が、自分の思う通りのウイスキー作りを北海道で始めたのが、1934年(昭和9年)で、その成果であるニッカ(日果)ウヰスキーが発売されたのが、1940年(昭和15年)です。ということは、ニッカ発売時は、日本は既に戦争色濃い、国家総動員法体制下にありました。

通常なら、武器製造や軍事用食料確保が最優先され、その他の物資は厳しい統制下に入り、ウィスキーなど、とんでもないと思われるかもしれませんが、そこが大日本帝国軍隊の勝手なところでして、なんと大日本果汁株式会社は、海軍監督工場となり、必要な原料が優先的に割り当てられることになったのです。

実は当時、スコッチウイスキーの国内最大の消費者は帝国海軍だったのです。米英との緊張関係の高まりにより、イギリスからのウイスキー輸入が途絶えたため、国産ウイスキーへの需要が大きく高まったのです。つまり、海軍幹部将校用のウイスキーを製造するために、ウイスキー製造メーカーの寿屋と大日本果汁は優遇されることになり、事業の継続が可能となったのです。国民全体に極めて過酷な負担を強いながら、こういう勝手をするのが軍隊だと、ここでもあらためて思います。

こうして戦中を生き抜いた寿屋と大日本果汁は、戦後の発展期に入っていきました。大日本果汁株式会社は、1952年(昭和27年)ニッカウヰスキー株式会社に社名を改めました。寿屋がサントリーに社名を変えたのが、1963年(昭和38年)ですから、その11年前ということになります。

1954年(昭和29年)、喉頭ガンで自らの死期が近いことを意識した大日本果汁株式会社の最大株主だった加賀正太郎は、死後の株券の散逸を防ぐために他の主要株主と共に朝日麦酒(現:アサヒグループ・ホールディングス)に保有全株式を売却しました。

当時の朝日麦酒社長の山本為三郎が、ニッカの竹鶴政孝と旧知の間柄であり、また、かつて袂を別った寿屋と竹鶴との微妙な関係を知っていた加賀は、朝日麦酒の山本に託すことがベストだと判断したのだと思われます。この時点で朝日麦酒は大日本果汁の過半数の株を持つことになりましたが、朝日麦酒は役員1名を派遣したのみで製造にはまったく口を出しませんでした。(その後、2001年、アサヒビールはニッカの全株式を取得して、完全子会社化し、現在に至っています。)

ところで、大山崎山荘は、1954年(昭和29年)に加賀が亡くなり、その後しばらくは夫人が管理していたのですが、子供にめぐまれなかった夫妻でしたから、山荘はやがて加賀家の手を離れ、いくつかの所有者の手に渡ることになりました。

一時は会員制レストランになったり、その後バブル期には、建設業者が買収して一帯にマンションの建築計画まで持ち上がったのだそうです。1990年頃のことでした。一方、山荘は老朽化が進み、廃屋寸前までいったようです。

そこで山荘の価値や、生前の加賀夫妻が山荘にかけた、ひたむきな情熱を知っていた地元住民達が、山荘と周囲の森林の保全を社会に強力に訴えました。そしてこれが大山崎町や京都府を動かしたのです。

ここで登場したのが、アサヒビールでした。当時の京都府知事・荒巻禎一の友人だったアサヒビール社長・樋口廣太郎が荒巻知事の申し出に応じて企業メセナ活動として保存に協力することになったのです。1987年のスーパードライ発売以降、急速にシェアを伸ばしていたアサヒビールの会社としての勢いもその加勢要因となったことでしょう。

アサヒビールは、加賀が出資してできたニッカウヰスキーを子会社にしており、そもそも、ニッカの株をアサヒビールが持つことになったのも、アサヒビール初代社長の山本為三郎と加賀正太郎の深いつながりが原因でしたから、まあ自然な成り行きと言ってよいと思います。

こうして土地は京都府や大山崎町などが当時の所有者から買い取り、大山崎山荘はアサヒビールが出資した、財団法人アサヒビール芸術文化財団が運営を担当することになりました。荒れ果てていた山荘の建物や内装は、建設当時のクラシックな姿に修復されました。それに加えて、安藤忠雄が建築設計・監修を担当して追加の展示室も作られ、1996年に現在の「アサヒビール大山崎山荘美術館」として開館しました。

ちょっと意地悪な見方ですが、すぐ近くに山崎蒸溜所を持っているサントリーも、企業メセナ活動には熱心な会社ですから、本来ならアサヒビールではなくて、サントリーが運営を担うことだってあり得たと思いますが、そこは、竹鶴政孝、加賀正太郎、鳥井信治郎の3人の歴史的関係と、またアサヒとサントリーはビール業界のライバルであることもあり、現在のようになったものと思われます。そう言えば、アサヒビールとサントリーは、現在も特許をめぐって大きな訴訟を抱えています。いろいろあったのでしょうね、きっと。

ちなみに、「アサヒビール大山崎山荘美術館」と、「サントリー山崎蒸溜所」、双方のウェブサイトには、周辺の観光案内や、周辺にある主だった施設紹介のページがあるのですが、すぐ近くにありながら、お互いに相手の存在には一言も触れていません。周辺の小さな寺院、神社、史跡などは細かく掲載されており、しかも双方ともいろいろな意味で大きな存在であるにもかかわらずです。まあ、歴史的な経過を見ますと、それも仕方がないかと思えますね。「山崎」と「大山崎」の違いを調べていましたら、こんなことが判ってきました。人間が紡ぎ出す歴史は面白いですね。
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