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かくてありけり
55 刷り込み
2014年1月1日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
▲ 叔父からのクリスマスプレゼント「スターリッチカメラ」
▲ カメラ底面には浮彫で「MADE IN OCCUPIED JAPAN」が
 1年ほど前、中学の同級生4人(男女2人ずつ)が新潟市内で集まることになった。実はその半年前、40数年ぶりに多人数で会ったのだが、あちらこちらにばらけてしまい、話が散漫に終わって悔いが残った。
方向性が一致する人で人数を絞り、もっとじっくり話すことになったのだ。50年近い空白を少しずつ埋めていきたい。事前に幹事役の女性の提案で、初めに一人15分程度、自分自身のことを語ることになった。何を話そうかと思案していたら、その女性が、「あなたがなんでカメラマンになったのか知りたいです」と言われ、それについて語ることにした。

 5年ほど前に定年を迎えてから、我が家のルーツや、祖父から自分までの三代にわたる一族の歩み、ひいては自分史を調べていた。来し方を振り返ると、いくつかの進路決定の場面では自分一人で決断したと思っていたが、年齢を重ねるにつれ、どうもそれだけではないという気がしてきた。自分の意志とは別に、写真の道に進むお膳立てが何となく整えられたと思うようになった。それらを記憶の中から拾い上げ、紡いでみた。

1、まず、私は小さいころからアルバムの古い写真を見るのが好きだった。しかもその人物は誰か、自分とどういうつながりの人なのか詳しく知りたがった。場所や建物であれば、どこの何であるかを知りたがり、そこへ行って見たいと願った。見知らぬものへの空想は果てしなく飛ぶ。その性分は変わらず、現在のリサーチャー業務に反映されていると思う。

2、小学校5年生の時のクリスマス、東京の叔父が「スターリッチ」というカメラをプレゼントに贈ってくれた。このことはすでにエッセイの第4回に書いたとおりだが、底面に「MADE IN OCCUPIED JAPAN」の刻印のあるトイカメラである。
 貧しかった我が家にはこれが唯一の「カメラ」となった。玩具のレベルとはいえ、身の回りの事物や光景が写真に撮れることは大きな喜びであり、失敗も多かったが記録することの素晴らしさが身に染みた。

3、1959(昭和34)年9月26日、紀伊半島から東海地方を伊勢湾台風が襲い五千人以上が犠牲になった。私は小学校6年生であった。叔父は東京で朝日新聞系列の広告会社に勤めていた。自分の家で見終わった週刊朝日や女性週刊誌を時々まとめて送ってくれたが、この時はアサヒグラフの伊勢湾台風特集号を新刊で届けてくれた。
 それを74歳で老眼鏡が離せない祖父が隅から隅までじっくりと見てしみじみと言った。「年を取ると字を読むのが難儀だがこういう写真帖はいいのう。読まんでも分かるて」と讃嘆した。私はそれを聞いて「なるほど見れば分かるか。写真は便利だな」と教えられた気がした。まだ表現力が伴わない少年がうすうす感じていたことに言葉が与えられたといってよい。
 
 後年、通信社の写真部に入り、日大芸術学部出身の先輩が「ノンバーバル(non-verbal)」という言葉を口にしたとき、テキストとイメージの表現形式や機能の違いをそのように呼ぶのだと初めて知った。工学部出身の私にはなじみのない言葉であった。同時に祖父の述懐が思い起こされた。祖父が発した感想は、文字表現と非文字表現の違いをズバリ指していたのだ。

4、中学校に進み、科学クラブに入る。クラブの担当は理科の先生で、教材用スライド作りの手伝いを頼まれた。接写台にカメラを据えて標本を撮影する。カメラは旭光学の「アサヒフレックス」であった。ペンタプリズム式以前の、上から覗き込む形の一眼レフである。でも初めて持つ本格的なカメラはずしりと持ち重りして、シャッターを押したときの感触も音もトイカメラの比ではない。すっかり魅せられた。

5、1963(昭和38)年、新潟高校1年生。県下有数の進学校の先生方は多士済々で、教師としての専門以外のことにも取り組んでいる方が少なからずいた。とりわけ生物のM先生は菌類(キノコ)をライフワークとして研究していた。調査の道具として必須な写真の知識も豊富で、カメラはライカM2を2台と、接写用のベローズも持っていた。
 一度、授業の合間に愛用のライカを披露して、それで撮った珍しいキノコの写真を見せながら、標本採集の裏話をしてくれた。ライカはアサヒフレックスよりもっと重厚で、文字通り精密機械に見えた。
 本来の授業の中身より、教科書に書いてない、いわば脱線した話の方が今でも印象深く記憶されている。M先生のことは他にも書きたいことがあるので、項を改めて次回に紹介したい。

6、高校2年生の時、科学雑誌(子供の科学か科学朝日だったと思う)に全国の大学の珍しい学科探訪記があり、そこで千葉大学工学部写真工学科を紹介していた。当時日本では唯一の学科であった。何となく興味をひかれた。

 結果的には1年半後私はこの学科に入学した。その4年後、通信社写真部に入ることができ、今に至った次第だが、以上の6件が、大なり小なり私を写真の世界に導く布石になったと思われる。
 中でも叔父とM先生は、いわば私に“刷りこみ”を与えてくれたと理解している。でも二人にその認識は全くなかっただろう。ましてや「カメラマンになりなさい」と言われたわけではない。二人とも既に故人である。亡くなる2年ほど前に、叔父にトイカメラを見せて、その話をした。自らが贈ったカメラを私がいまだに記念に持っていることや、それが私の進路に影響を与えたことを感慨深げに聞いていたが、よもや私が写真の道に入るとは思ってもいなかったようだ。

 私は運命論者ではないと思ってきたが、還暦を越えて振り返ると、節目節目の人の出会いや、私を取り巻く環境の変化は、偶然ではなく必然であり、運命だったのかと思うようになってきた。そこには見えざる何者かの意志が働いているようで、私の話を聞いた件の女性幹事は「そうなる運命だったんだね!」とうなずいてくれた。何はともあれ、今もライフワークとして写真資料の編集に携わっていられる。刷り込みをしてくれた叔父とM先生には本当に感謝している。
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