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56 ネゴーシアン (negociant)
2006年12月19日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
ネゴーシアン (negociant)


ネゴーシアン (negociant) とは、普通フランス語でワイン商人のことを指します。でもネゴーシアンを辞書で見ると、卸売商人とか仲買人とか出てきますので、本来は必ずしもワイン商人に限った意味ではないようです。

卸売商人とか仲買人と言えば、様々な業界に存在する、いわばありふれたものですが、ワインの世界でのネゴーシアンの場合は、複雑極まりない機能を持っており、単なる卸商とか仲買人というイメージには納まりきれません。実際、彼等の存在なしには複雑なワインの流通はあり得ない、というほどのものなのです。

ネゴーシアンは基本的にはワインを買い集めて出荷する業者のことですから、卸売業者と言うのが正しいのかと思うと、それがそうでもないのです。自分でシャトーや畑を持って、自前のワインを作っているネゴーシアンもおりますが、買い酒をしてブレンド(混ぜ合わせ)をすることがむしろ彼等の本分なのです。この意味では、日本的に言えば「メーカー」ということになるのでしょうか? 栽培や醸造はしなくても、ブレンドしてあらたなワインを造ってしまうわけですから。

もっとも、ネゴーシアンの機能には、もうひとつ、シャトー・ワインの取引もあります。有名シャトーも大半はネゴーシアンを通して、ワインを販売しているのです。これはまあ単純な卸業務と言えますね。

もともとワインを作る零細・中小の醸造元のほとんどは、作ることはできても、それを消費者に販売するノウハウなどは持っておりません。それはまあ当然のことですよね。ことに産地ではぶどう畑など、いたる所にあるわけで、ご近所の需要は絶対に期待できません。必然的に、輸出を含む遠隔地に販売するしか方法がないわけです。そして、毎年多量の新酒ができてしまうわけですから、醸造元が自力で売りさばくことは、まったくもって不可能です。

さらにそれに加えて瓶詰めをするのは、けっこうな大仕事なのです。設備もコストも生半可ではありません。だからこそ、自力で瓶詰めをしているシャトーは、Mis en Boutteiles au Chateau (ミザン・ブティーユ・オー・シャトー = シャトー元詰め) と誇らしく、ラベルに書くわけです。

ですからこの膨大な量のワインを、樽で買い集め、瓶詰めし、さらに売りさばいてくれる流通システムが是非とも必要でした。それがネゴーシアンの役割なのです。

このシリーズにこれまでに登場したような、グラン・ヴァン(偉大なるワイン)を、ほとんど日常的に飲んでいる人も世界にはわずかながらいるかもしれませんが、そんな人々は例外中の例外で、たとえば締まり屋のフランス人のほとんどがそんなことをしているはずはありません。イギリス人だって、ワインにうるさいとはいうものの、値段についてはたいへんシビアです。

そこでその膨大なワイン市場に、なんとか飲める水準のワインを、安価に大量に供給するということが、ネゴーシアンの役割なのです。

ワインには、ジェネリック・ワインと呼ばれるタイプのワインがあります。それは、たとえば、ボルドー、ブルゴーニュなど、同一地域(AOC)のワインを適宜にブレンドして、産地名を総称的に冠したワインです。ですから、第一級のワインではありません。まあ、普及版といったところです。

ラベルの産地名に「ボルドー」と書いてあるのはジェネリック・ワインでして、「メドック」とか「サンテミリオン」といったボルドーの中の大ざっぱな地域名まで書いてあるのは、そのちょっと上のランクの「セミ・ジェネリック・ワイン」です。そしてこれらのほとんどは、ネゴーシアンがブレンドしたものです。ちなみにグラン・ヴァンは広くても村の名前までしか書いてありません。つまり、生産地が狭い範囲に絞り込まれているほど、質の高いワインということになるわけです。

このランクの下には、さらに多量の「ヴァン・ド・マルク」、つまり地名なしで、ネゴーシアンが付けた商標名のものがあります。フランス人やイギリス人が日常的に飲んでいるのは、大半がこうしたワインなのです。

様々な産地のワインをブレンドすることは、純粋性をそこなうという点では弱点になりますが、長所もあり、一概に否定すべきものではないと私は思います。ことに中級以下のぶどうに関しては。ブドウとワインの多様性と出来不出来がその理由です。

ワイン産地に無数にあるブドウ栽培農家が作るワインは、品質も味もたいへん多様です。本当に様々なものがあります。そしてこれも大切なことなのですが、数の上では圧倒的多数を占める零細農家のワインづくりは、毎年必ず成功するとは限らないのです。手作りワインは、当たりはずれも多いのです。

そういう意味では、ネゴーシアンが行うブレンドは、山の高いところを削って、谷の低いところを埋めるような面があると思うのです。考えてみれば、シャンパン、コニャック、スコッチ・ウィスキー等のブレンドも、みなそうですね。

こうした、ネゴーシアンが作る普及版ワインは、胸がときめくようなことがない代わりに、品質が安定しているからひどく失望することもありません。気楽に安価でという日常用ワインは、これで十分です。

ボルドーのネゴーシアンの中で、私でも知っている著名なものをいくつか列記してみますね。これらは、覚えておいてもよいと思います。

Alexis Lichine et Cie.  格づけワインを専門に扱う。2級の Ch.Lascombes を管理している。

La Baronne  ロスチャイルド系のワインを専門に扱う。

Calvet  かなり広い範囲のワインを扱う。ボルドーのネゴーシアンにしては珍しくブルゴーニュに支社を持つ。現在はイギリスのビール会社が所有。

Cordier  いくつかの格付けワインを扱う。2級の Ch.Gruaud-Larose、4級の Ch.Talbot などがそれ。

De Luze  上モノだけを扱う古い歴史を持つ会社。現在はコニャックの Remy Martin 社が所有。

Dubos Freres et Cie.  上流階級向けトップワイン専門の会社

Maison Ginest et Cie.  かつてあの Ch. Margaux(シャトー・マルゴー)を所有していたボルドーの名門中の名門、ジネステ家が経営する会社。

Maison Sichel  英米諸国中心に手広く展開している。

J.P.Moueix  あの偉大な Ch.Petrus を始め、サンテミリオン、ポムロール地区の一級シャトーをいくつか所有。リブールヌ市トップの会社

S.D.V.F. (Societe de Distribution des Vins Fins)  1973年のボルドー大不況時に、投げ売り防止のために設立された会社。輸出が中心。 

この中で、日本でもっともよく見るのは、Calvet と Cordier でしょうか。一度ワインのラベルをご覧ください。けっこうこんな名前があったりしますので。


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