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縁の下のバイオリン弾き
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
2011年11月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ サン・テグジュペリ「ゾウをのみこんだうわばみ」
5年ほど前だったか,アメリカでエドワード・キングという老政治家の死が報じられた。といってもキング氏が政治家として傑出していたとかよく知られていたとかいうわけではない。死亡欄の中に略歴とともに彼の名があっただけだ。私がこの人の死に感慨を持ったのはきわめてささいなあるできごとのためだった。

キング氏は1970年代の後半私がボストンにいた頃、マサチューセッツ州の知事だった。在職中に彼は税金のむだづかいをしているとして地方紙から非難をあびた。知事の職を利用してしょっちゅう自分の友人だとか警護員だとかをロブスター・ランチに連れて行っている、というのが彼の「汚職」だった。

ロブスターは西洋の伊勢エビで当時でも値段が高かった。捕獲量で群を抜くメイン州はボストンのすぐそばだが、それでもおいそれと食べられるものではなかった。だからそれをただでふるまっているとなれば責められる資格は十分にあるのだった。

「ロブスター・ランチというから」とキング知事の報道官はメディアとの対応に追われてやっきとなって弁解した。「私は正式の昼餐(ちゅうさん)だと思ったんです。真っ白いテーブルクロス、銀のナイフやフォーク、ボーン・チャイナ、クリスタルのワイングラス、とかね。ところがよく調べてみると知事がおごったのは屋台のロブスター・サンドイッチだということがわかりました。高いと言ってもサンドイッチじゃないですか。軽い食事じゃないですか。みなさんがそんなにめくじら立てるほどのものじゃないと思いますよ」

この「汚職事件」がその後どうなったのか私は覚えていない。でもこの報道官の弁解だけはよく覚えている。どうしてかというと私の長いアメリカ滞在でサンドイッチが「軽い食事」と表現されたのを聞いたのは後にも先にもこのときだけだったからだ。

私が若いころ日本ではサンドイッチは「軽食」だとされていた。そのサンドイッチはハムが一、二枚、きゅうりの薄切りとともにバターとマヨネーズをぬった白いパンにはさまれていた。パンの耳は切り取ってあった。いかにも急場をしのぐための間に合わせの食べ物、という感じがした。食べてもどうせ満腹しないしそれを期待されてもいない。なるほど「軽い食事」だと思わせるものだった。

日本でサンドイッチにそういうイメージをもっていたものだから、アメリカに来てサンドイッチをはじめて食べた時は驚いた。今でもあると思うけれど、ボストンに隣接するケンブリッジという町に「エルジー」という有名なデリカテッセンがあった。そこで売っているサンドイッチといったら2枚のパンの間に薄切りにしたハムとかソーセージとかローストビーフだとかをつめられるだけつめてあるのでまん中が盛り上がっていた。

私はそのあまりの量の多さにびっくりした。そんなにたくさん入れるんなら紙のように薄く切る必要はないのではないかと思ったほどだ。ステーキのようなかたまりをそのまま入れればいいじゃないか。しかしこれは後で実験してみてまちがいだとわかった。薄切りにしないとかみ切れないのだ。そんなことも知らないほど私はサンドイッチについて無知だった。

「星の王子さま」という本がありますね。その最初の方にゾウを丸呑みにしたうわばみ(大蛇)の絵がのっている。それを描いた子どもはへびのつもりだったのに、 怖がらせようと思って大人に見せて「どう、こわくない?」といってもみんな「なんで帽子がこわいものか」という。描いた子どもは「大人は分かっちゃくれない」という感想を持つ。

そのゾウを呑み込んだうわばみそっくりのものがエルジーのサンドイッチだった。もうそれは、肉を食べたいんだけれどそのまま持ったら手が汚れるからしかたなく有り合わせのパンではさみました、と主張しているようだった。

アメリカのサンドイッチはおおむねこういうものだ。なぜかというとサンドイッチを食べるということはそれで一食をまかなうということでボリュームたっぷりでなければならないからだ。軽食だなんてとんでもない。

工事現場で働く人などは毎日大きなランチ・ボックスをもって仕事に出る。その中にはサンドイッチ、果物、デザートとしてのチョコレートやキャンディ、魔法瓶にはいったコーヒーなどが入っている。大の大人が午前中肉体労働をして腹ぺこになってかぶりつくのがサンドイッチなのだから、中途半端な大きさではとてもその要求を満たす事ができない。本来ならテーブルにすわって皿いっぱいに盛りつけた肉や野菜をパンと一緒に食べたいところだけれど、摩天楼の鉄骨の上にすわって眼下に広がる市街を眺めながら食べるんだからサンドイッチにせざるを得ない。だからといって量や質に妥協することはないのだ。満腹するだけの量をともかく2枚のパンの間にはさみこむしかないわけだ。

私はあらためてなぜ日本のサンドイッチがああいうものなのかを考えさせられた。

まず考えられることは日本人にとって主食は米だからパンを使うものはどうせメインではない、ということだ。腹がへっていればサンドイッチなんか食べなければいいのだ。じっさいサンドイッチではいくら食べても満腹した気になれないと思う日本人は多い。

またひとつ考えられることは日本料理では味のバラエティーが大切で、サンドイッチはその点で料理として失格だ、ということだ。松定食と竹定食の違いは料理の質にあるのではない。品数が多いかどうかだ。サンドイッチははじめから終わりまで同じ味である。どんなにうまいものでも同じ味だけでは満足できない、ということがあるのではないだろうか。それだから大ぶりのサンドイッチを食べない、というのもうなずける。カナッペみたいなチマチマしたものならいいのだろうけれど。

しかし私はもう一つ、これぞ決定版という理由を見出した。それは日本人の食べ物に関するセンス・オブ・プロポーションである。要するにたべものの割合のことだ。

日本人はどんなに好きなものでもおかずだけを食べるという事をしない。もしそういう事をする人がいれば人格をうたがわれる。そういうふうに育っているから、どんな時でもたとえばごはん5におかず3、みそ汁やつけものが2、とかいうふうに頭の中で割合を考えながら食べる。いや、もう本能的にそういう割合にしてしまうのだ。第一食事そのものがそういうふうにできている。

手軽な食事といえばどんぶりものなんかがそうだけれど、天ぷらが食べたいからといって天丼の飯の量を半分にへらしてその上に天ぷらを山と盛り上げる、なんてことはできない。好きなんだからそうしたっていいじゃないか、ということがどういうわけかできない。

うめぼしを3つ入れたおにぎりもないし、まぐろだけをのりで巻いた鉄火巻きもない。

ここが中国料理とちがうところだ。中国料理はご存知のとおり、料理の大皿が幾皿かでて何人かでとりわけて食べる。その食べる量というのが決まっているわけではない。だからそうしたいと思えば飯にはほとんど手をつけずにおかずばかり食べることが可能だ。センス・オブ・プロポーションなんかない。

私は日本のサンドイッチもそういうプロポーションにしたがって作られているんじゃないかと思った。サンドイッチのパンはご飯のかわりだ。中にはいっているものはおかずだから主食の量を超えてはならない。それであんなに少ない肉とレタスが一枚でも日本人の感覚にあうのだ。パンの耳が切ってあるのだって白米に玄米をまぜない、ということと同じなんじゃないだろうか。

とこういうふうに解釈してようやく私は納得した。でもそれは文字通り「私見」だった。根拠といって別にあるわけじゃない。まったくの思い込みにすぎなかった。

ところが何年かたって私は日本に帰り、たまたま東京の築地の魚市場を歩く事があった。屋台に毛のはえたような洋食屋があり、そこで何か食べた。壁に「大盛りサンドイッチ」と書いてある。はて、サンドイッチの大盛りとはなんだろう。運良くそこに客が来てその「大盛りサンドイッチ」をテークアウトで注文したので私はそのサンドイッチの作り方をつぶさに見る事ができた。なんと、「大盛りサンドイッチ」というのはふつうのサンドイッチよりパンが厚いのだった。その店ではサンドイッチを作るときにそのつどパンを切るのだが、「大盛り」の場合そのパンがふつうのものの2倍は分厚いのだ。

そんなバカな、と私は思った。サンドイッチはパンを食べるものじゃない。中にはいっているものがおめあてじゃないか。パンのほうが中身より大事なんだったらパンだけ食べればいいのだ。

でもそれは私の「センス・オブ・プロポーション論」にはうってつけの証拠だった。「大盛り」はご飯が増量されているものをいうことばだ。この店の主人にとって、パンはご飯のかわりだから「大盛り」は当然パンの増量ということでなければならなかった。ふだんは5のご飯を7に増量する、という感覚だ。

「大盛りサンドイッチ」なんて、パンが増量されているぶん中身は「小盛り」になる勘定だ。それで誰も文句を言わず、商売が成り立っている所をみると客はみんなパンをご飯のかわりだと思っているのだろう。そして大食いの人間はパンをたくさん食べるものと信じているのだろう。

「ゾウを丸呑みにしたうわばみ」とはなんという違いだろう。私が昔エルジーのサンドイッチで驚いたのは単にその巨大さのためだったのだろうか。いや、そうとは言いきれない。むしろ、「パンが主食のあつかいを受けていない」という一点があまりにもわれわれの感覚になじまないものだったからじゃないだろうか。

私は日本ではサンドイッチを食べない。なつかしい故郷に帰ったのに西洋のものを食べたいとは思わないからだ。だから現在の日本のサンドイッチがどんなものになっているのか知るよしもない。アメリカのサンドイッチ屋も進出しているようだし、日本人の感覚も変化しているのだろうと思う。アメリカに負けないボリュームのサンドイッチも簡単に手に入るのかもしれない。

でも私が昔感じた「センス・オブ・プロポーション」は今でも日本人の中に生きていると信じている。
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