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ボーダーを越えて
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
2006年6月26日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ラエスペランサの中心。左の建物が牢獄。右側は教会。
▲ 牢獄の裏側。道路を隔てて店舗が並んでいる。
▲ 自分たちの手作り製品を売る囚人たち。
ホンジュラスの地形は簡単に言うと西高東低である。グアテマラと接する高原の西部から東に進むにつれて、標高が低くなってカリブ海にぶつかる。同時に南高北低でもあり、エルサルバドルと接する南西部はニカラグアと接する南東部より標高が高く、北東部の低地ではカリブ海に近づけば近づくほど、気温は上がり、空気は湿気を帯びた熱帯性気候だが、高原地帯は乾燥していて夜はかなり冷え込む。ホンジュラスは面積が日本の3分の1ほどという小さい国だが、気候も地形も風景も多様なのである。

メキシコ以南のアメリカ大陸はスペインに(ブラジルはポルトガルに)征服され、先住民とヨーロッパ人の混血のメスティーソ(mestizo)が生まれた[グアテマラではラディノ(ladino)と呼ばれる]。その人口は増え続けて人口の大半を占めるようになり、ラテンアメリカでインディヘナ(indigena)つまり先住民が全人口の過半数を超すのはボリビアだけ(55%)になってしまった。ホンジュラスではメスティーソが人口の90%を占め、先住民は7%しかいない。(先住民人口の減少過程については「ホンジュラス(2)レンピーラ」で述べましたので、興味のある方はもう1度ごらんください。)

人口比率に関係なく、どこの国でも、先住民はメスティーソや白人に豊沃で平らな土地から痩せた土地や作物の育てにくい山間部へと追いやられてきた。それは北アメリカも同じだ。メスティーソの中でも先住民に近ければ近いほど僅かな土地を耕したり、土地のない農業労働者としての生き方を余儀なくされている。先住民たちは農業生産率が低い土地でも共同体全体で守って細々と主食のトウモロコシや豆などを育ててきたのだが、そういう土地も放牧で儲けようという有力者たちが狙っている。中米各国で続いた内戦の根底には、この土地問題が横たわっているのだ。

ホンジュラスの先住民は南西部の高原山間地帯に多い。私たちは東部のオランチョを出て、西に向かいながら国道を上っていった。首都テグシガルパをバイパスして、平らな高原地帯に達したと思ったら、再びもっと上って行った。途中、国道はホンジュラス最大という米軍基地沿いに何キロも伸びていて、沖縄の嘉手納基地を思い出した。ここでは基地を取り巻くように民家が密集していないだけ、人々の生活は安心かな、と思ったりしたが、基地の近くの町では犯罪や売買春に溢れ、エイズも増えているというから、基地に隣接した問題に根本的な違いはなさそうだ。

幹線道路から外れてまっすぐ西に向かってもっと上り道を進むと、目的地のラエスペランサ(La Esperanza)とインティブカー(Intibuca)に到着した。2つの小都市の名前を一気に言うのは、2つはシャム双生児のようにぴったりくっついて、目に見える境界線など全くなく、1つの町に見えるからだ。それでもたった徒歩5分も離れていない所にそれぞれ別々の市役所があるから、行政的には確かに分かれている。どうしてこんな奇妙なことになったのか。

ふと、ホンジュラスに着いた翌日に立ち寄ったサンペドロスーラの人類学博物館で見た古い地図を思い出した。何世紀ごろの地図だったかは覚えていないが、そこにはインティブカーは載っていても、ラエスペランサの名前はなかった。そうだ、インティブカーは先住民の町だったのだ。名前からしてインティブカーはいかにも先住民の町らしく、ラエスペランサ(「希望」という意味)というスペイン語の名前は統治者のものだろう。

インティブカーを囲む山の奥深くには、主としてレンカ族という先住民が住んでいる。インティブカーは昔から彼らが作物売買などの市場に集まってくる所だったそうだ。レンカ族はスペイン征服に武器で抵抗した歴史を持ち、独立後もメスティーソの支配者にとっては油断のできない場所だったに違いない。(レンカ族についても「ホンジュラス(2)レンピーラ」でちょっと触れました。)それで支配者たちはこの地域を治めるためにインティブカーのすぐ隣に行政施設を建て始め、それが次第に町として発展していったのではないかと思う。

1885年にこの辺り一帯がインティブカー県となったとき、県庁をインティブカーではなくラエスペランサに置いたのには、そういう政治的背景があったのだろう。現在では社会的には完全に1つの地方都市として機能していて、メスティーソも先住民も同じように生活しているように見えるラエスペランサとインティブカーだが、いまだに一方が他方に吸収されて名実ともに1つとなるのをどちらも拒んでいるのは、メスティーソと先住民の関係を反映しているようだ。

リアリティーツアー引率者のサンドラさんは、インティブカーを活動の根拠地にしてホンジュラスの人権擁護活動をしているいる。
「ここはホンジュラスで一番安全な町だから、夜も外を歩いて大丈夫よ」
夕食時間に私たちをレストランに案内すると、サンドラさんはそう言い残して、自分の住処に帰っていった。

「一番安全」と言われて、私たちは苦笑した。それはそうでしょ。だって、町の真ん真ん中に大きな牢獄がでんと陣取っているもの。

4つの角に大きな丸い灰色の塔があり正面と側面の壁が明るい黄色の城跡とも要塞ともいえない奇妙な大きな建物は、避けようにも避けられない。ここに到着したとき、いったい何だろうと思ったら、それが牢獄だった。その周囲にお店やレストランや私たちの泊まるホテルもあり、牢獄は住民の生活の一部になっているような感じがする。私たちのような外来者にはいい目印となって、迷子になる心配がないのは便利だ。

翌朝、トーマスと私はこの牢獄を一周してみた。マーケットに向いている裏門では、鉤針編みの買い物バッグや乗馬用の革製品が錠がかかっている鉄格子の門にかかっていて、囚人たちが門の向こう側で「店番」をしていた。自分たちが獄中で作った物だという。どんな犯罪を犯したのかとトーマスが聞くと、50に手の届きそうな男は、酔った上での喧嘩で相手を傷つけ、禁固2年の服役を始めたばかりだと答えた。30代半ばの男は、やはり酒場で酔っぱらって喧嘩となり、相手を刺し殺してしまったのだと言う。禁固6年の判決を受け、あと5年は服役しなければならないのだそうだ。
「それじゃあ、セニョーラ(奥さん)に見捨てられちゃうんじゃないかい?」と、トーマスが茶化すと、
「いや、俺のセニョーラは毎日会いに来てくれるよ。あんないいセニョーラに恵まれて、神様に毎日感謝しているんだ」と、彼はまじめな顔で答えた。

彼らは皆こざっぱりした普通の服を身に着け、表情も温和で、なんだか囚人と話している気がしない。彼らの背後で、銃を持った警備官もニコニコしながら私たちのやり取りを聞いている。その間、上品そうな中年の婦人がやって来て、バッグを買っていった。話を聞かせてくれたお礼の意味も含めて、私も1つ買った。

サンドラさんは、ここはホンジュラスで一番安全な町だなんて言ってたけれど、囚人たちとの会話から察すると、殺人や傷害事件は珍しくないのだろう。でも、そういう事件を引き起こして投獄された男たちは、悪人でも常習犯罪人でもなさそうだ。彼らの罪は、先住民や貧困層に多いアルコール依存症の結果として起こったいわば事故のようなものだと思う。

他方、次回にお話しする予定の先住民人権擁護委員会には脅迫や暴行が絶えず、暗殺も起こっている。これはもちろん事故などではない深刻な政治的問題だ。サンドラさんが言ったのは、夜でも道路でひったくりや強盗や銃の撃ち合いなどがないということなのだろう。一口に「安全」と言っても、その社会の事情によって幅が違うものだ。
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