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僕の偏見紀行
124 メコンへの旅(14)ルアンパバンの路上にて
2011年5月14日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 早朝のルアンパバンにて、托鉢の僧侶たち。僧衣の流れはいつまでも続いた。
▲ 炎天下の昼下がり、バイクの通る道路の真ん中で気持ちよさそうに昼寝するイヌ君。バイクが遠慮して脇を通っている。
▲ 寺院の木陰で勉強する若い僧たち。正確な英語をしゃべり、難しい教科書に取り組んでいた。
早朝、未だ明けやらぬ暗闇のどこからか太鼓の音が響いてくる。ホテル裏のお寺だろうか。枕もとの目覚ましを見ると5時過ぎ、そろそろ起きる時間だ。

素早く身支度をしてホテルを出る。ルアンパバンといえば早朝の托鉢があまりにも有名だ。市内いたるところの通りで托鉢の僧の行列が見られるという。

ガイドブックによると5時半くらいから托鉢にまわる僧の姿を見ることができるらしい。世界中から集まる観光客も多く、見学するには早めに出かけるほうがいいようだ。国立博物館前から続く大通りに着いたのは5時半過ぎだった。未だ薄暗い通りに人影は少なく、冬のように寒かった。

それでも道路沿いの歩道には、もち米ご飯の入ったお供物を前にした数組のお年寄りが座って待っている。観光客らしい若い白人カップルもならんで座っている。しかも手にはお供物まで抱えている。それを眺めていたらおばさんが近寄ってきて、僕にもそのお供え物セットを買えとうるさい。観光客用のお供物を売っているらしい。いろんな商売があるものだ。

托鉢の僧の姿が見えはじめたのは、夜が明けあたりが明るくなった6時半頃だった。未だ日が昇りきらない、朝もやの中からふいにそれは現れた。あちこちの街角や路地の奥から湧き出るように赤い僧衣の列が流れて来る。

ここでは読経の声はない。ただ裸足の僧侶たちがスタスタと通り過ぎていくだけ。僧たちが無言のまま前に立つと、路傍のお年寄りたちは一斉に僧の抱える鉢にお供物をささげる。僧は祝福するかのように、人々の頭上に手をかざす。

長い歳月を経て続くこの早朝の清々しい光景は、この先もずっとこのまま日常の光景として続いていくことだろう。この托鉢によってのみ自らの生命を支えるという生き方に、僕は宗教者の原点を見る思いがした。

夜が明けたばかりというのに、かたわらの路地では朝市の人だかりがあった。新鮮な野菜・果物・魚・香辛料などの食材、そして雑貨類などが路上まで溢れている。もうもうと煙を上げながら串焼きが炭火で炙られている。あたり一面旨そうな匂いが漂っている。朝からすごいエネルギーだ。

冷蔵庫が普及していないアジアの人々は、その日食べるだけの食材を市場で求めるという。道端に積み上げられた野菜、バケツではねる魚、むき出しのまな板の上でぶつ切りにされる肉類など、いずれも荒々しいほどの新鮮さに満ちている。

さらに加えて豊富なスパイス類・果物などを駆使した調味料、これは料理のたびに新たに調合される、がアジアの豊かな食文化を産み出している。

それに引き換え、我々は巨大な電気冷蔵庫に1週間分の食材や冷凍食品を詰め込み、添加物いっぱいの食品に頼る食生活だ。いずれが文化的といえるだろうか。

朝食後ホテルそばのツーリストインフォメーションへ寄った。残念ながら資料は乏しく、係りの若者はやる気がなかった。たいてい無料でもらえる市内地図も有料だった。大通りに並ぶ旅行社でも大した情報は得られなかった。

エレファントトレッキング、山岳民族村ツアーなどいずこもかわりばえがしない。ミニバスに押し込まれ連れまわされるツアーはもうやめよう。ルアンパバンでは僕自身の足で歩こう。町中をひたすら歩きまわって4日間を過ごそう。

昼飯にウドンでも食べようとホテルを出る。日差しがまぶしくとても暑い。1月中旬のルアンパバン、早朝は冬並みに寒いが、昼下がりは真夏のように暑い。一日の気温変動が大きく、適応力の衰えた年寄りにはちょっと辛い。

カンカン照りのホコリっぽい道路をウドン屋目指してテクテク歩く。時代物の車が盛大に排気ガスを撒き散らして通り過ぎていく。

ウドン屋に着いて木陰のテーブルに座ると心地よい風が吹いてくる。空気が乾燥しているので日陰はとても涼しい。あまりアイソのよくないオバサンが煮えたぎるお釜に陣取りウドンをゆでている。

5〜6人で一杯になりそうな小さな店だが店内は地元の人で満員だ。チェンマイでも人気店らしい。コメの細い麺にあっさりとした牛肉入りスープが美味しい。ベトナムのホーに似た麺でフーというらしい。

熱々の麺には皿に山盛りの生野菜がついている。これを熱いスープに入れて食べるのだが、慣れた人は生でバリバリかじるのだ。僕は香りのきつい野菜を恐る恐る麺に混ぜた。熱・辛・酸・甘、などの奥行きのある味が口に広がる。オバサンの麺は評判に違わず旨かった。

店を出て昼下がりの太陽を避けながら路地を歩いた。大通りから一歩入ると豊かな緑の中に古い寺や民家が並んでいる。小さなお寺の境内で一匹の犬と出会った。肥満気味の丸い体に短めの脚、強い日差しの下をヨタヨタと歩いていく。

かなりの年と見えるが、なんと毛編みのベストを着込んでいる。老人は身体を冷やしてはいけないというものの、この炎天下ではやり過ぎだ。それともお洒落のつもりだろうか。ご当人はそんなに苦にならないようで、そのまま通りへと出て行った。

そして何を思ったのか、通りの真ん中辺りで突如コトンと地面に倒れこんだ。そしてあろうことか、人が行き交う、時には自転車やバイクが走る、道路の真ん中で昼寝を始めてしまった。どこか具合の悪い様子もなく、スヤスヤと心地よさそうに眠り込んでいる。

バイクがエンジン音を響かせてすぐそばを通っても微動だにしない。大物である。しばらく見ていたが、通る人や自転車は、彼の昼寝を邪魔しないよう、皆そっと避けて通っている。

それにしても、炎天下の路上で毛編みのベストを着込んだ犬が昼寝をし、それが違和感なく周りの風景に溶け込んでいる。これこそアジア、ルアンパバンなのだ、僕はそう思った。

しばらく歩くとまたお寺の門が見えてきた。大きくて立派な寺だ。広い境内に教室や宿舎らしき建物が並び、僧衣の若者たちが歩いている。これが寺院付属の学校だろうか。木陰で額を寄せ合って勉強中の若い僧もいる。少しためらったが勉強中の若い二人に声をかけた。

最初は驚いていたがすぐに笑顔で話し相手になってくれた。放課後の自習時間らしく、難しそうな教科書を開いている。よく見るとラオス語らしい文字の中に懐かしい亀の子記号が並んでいる。

その昔高校の教室で苦しんだ化学の教科書だ。僕がこの亀の子は苦手だったというと、彼は笑った。そしてこれも難しい、と見せてくれたのは経済学の教科書だった。

もう一人が開いているのは英語だ。見せてもらうとこれまた難しい。表紙にはユネスコ編纂のカレッジ用とある。彼らは高校生くらいの年恰好だが、英語を学び始めて3年目だという。たった3年でこの教科書を使うのか、僕はひそかに舌を巻いた。さらに彼らは少しなまりはあるものの、正確な英語で話してくれた。

ラオスでは昔からく仏教文化が国の根幹であり、教育も寺院がそれを担ってきた。イスラムにおけるモスク付属の神学校のように、ラオスにおいても寺院付属の学校が国の教育の中心だった。裸足で托鉢に歩く若い僧が自在に英語をあやつり、化学・経済学を修めているのだ。ラオス僧侶の高い知性がしのばれる。

歩き回った一日の締めくくりはホテルそばの食堂のヤキメシ130円とラオビア70円。渇いたのどにビールがしみる。  (続く)
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
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62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
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52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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32 ハワイ島滞在記(1)
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30 嗚呼!還暦大同窓会
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
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2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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