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58 ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン
2007年1月7日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。















ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン


元来アルコールに弱い私は、ワイン以外のお酒については、さっぱり興味も知識もないのですが、それでもスコッチウイスキーの中に、「ホワイト・ホース」というブランドがあることくらいは知っています。つまり、ウイスキーとしては、名が通っているということなのでしょうね。

英語で言うホワイト・ホースは、もちろん白い馬の意。フランス語で言えば「シュヴァル・ブラン (Cheval Blanc)」ということになります。

今回は、このワイン版、ホワイト・ホースについてのおしゃべりです。今夜は、外は何やら冬の暴風で騒がしい晩なのですが、自然現象には逆らえません。あたたかい部屋の中で強風の音を聞きながら、このエッセイを書いております。

このワイン、シュヴァル・ブランは、ボルドーのサン・テミリオン地区の産で、紛れもなく銘酒なのですが、ボルドーの本流、メドック地区のワインとは、少しばかり異なるのです。その違いが、なかなか面白くて、今回ここで取り上げることにいたしました。

ちなみに、上の画像で、向かって左側がシュヴァル・ブラン。右は言わずと知れた、あのペトリュスです。実はこのペトリュスは、サン・テミリオンに隣接したポムロール地区の産で、いわば隣人であり、またメドックの本家筋から見たら、両方とも川向こうの、たいしたことのないワインということになります。

ちょっとボルドー地域の地図をご覧いただけるとよいのですが、ボルドー地域の中心都市、ボルドー市は、直接大西洋に面しているわけではありません。通常の、北を上にした地図で見てみますと、上に向かって大西洋に注いでいるジロンド川 (Gironde) を、河口から南に(下に)さかのぼっていきますと、まもなく東南の方角に向かって2本の川に別れます。北側がドルドーニュ川 (Dordogne)、そして南側はガロンヌ川 (Garonne) と言います。

ボルドー市は、その分岐点からちょっぴりガロンヌ川沿いにのぼった所にあります。そして、主力のワイン産地は、あくまでも、ジロンド川、ガロンヌ川の左岸(河口に向かって立った時の左側)にありまして、メドックはもちろん、グラーブ、ソーテルヌ、バルザック等はすべて左岸派です。

それに対しまして、例外的にドルドーニュ川の右岸にあるのが、ポムロール地区とサン・テミリオン地区なのです。これは、ボルドーワインを知れば知るほど、まことに例外的な場所だということがわかってまいります。

ついでに申しますと、ドルドーニュ川とガロンヌ川に挟まれた地域を、アントル・ドゥ・メール (Entre-deux-Mers、2つの海の間の意味) と言います。不思議なことにこの地域では、よいワインはまったくできません。ブドウの栽培は行われており、テーブルワインとして出荷はされていますが、香り高いグラン・ヴァンとは無縁の地域なのです。地質のせいなのでしょうが、不思議ですね。

というわけで、ボルドーの中では少数派に属しますサン・テミリオン地区は、これはこれでなかなか面白い地区なのです。ワインに多少とも首を突っ込んだ人なら、サン・テミリオンと聞くと、なんとなく気楽な、人なつっこい赤ワインを連想することと思います。例外的なグラン・シャトーを除くと、価格的にも、いつでも安心して手を出せるワインなのです。

実は、シュヴァル・ブランは、少数派のサン・テミリオンの中の、そのまた例外的なグラン・シャトーのひとつなのです。このワインに関しては、以前、いささかゲストに喜んでいただいた記憶があり、私の好みの本筋ではないのですが、とても親しみがあります。

ところで、これまで20年近いワインとのおつき合いの中で、私がゲストからワイン選びに関して、最大の賛辞をいただいたのは、ボルドー・グラーブ地区のシャトー・オーブリオン (Chateau Haut Brion) でした。むろん安くないワインですが、それが今までに私が飲んだ最も高いワインであったというわけではありません。そうではなくて、顔ぶれやその場との関係、食べた食事の内容との関係等々で、評価を受けるわけでして、なかなか複雑なのです。

もっともその時は、場所はパリ4区のヴォージュ広場に面した、アンブロワジー (L’Ambroisie) という、3つ星のスターレストラン、顔ぶれは、妻と私が、長年の畏友、フランス人のマダム・クローディをご招待したディナーでした。彼女は、ブフ・ブルギニオン(赤ワインソースのビーフ料理)を食べたと記憶していますが、その時彼女は私のワインの選択に対して、「This is surely one of the most appropriate selection of wine I have ever experienced.」 と言っておりました。フランス人からそんなふうに言われたのはとても光栄だったのですが、考えてみれば、アンブロワジーで、オーブリオンを飲まされたら、誰だって、たいていのことを言ってしまうでしょうね。それに、クローディーは、ごく普通のフランス人ですから、ワイン、とりわけ高級ワインに関しては、それほどの知識も経験も持っていません。そんなものです、平均的には。

ところでなぜこんなことを憶えているのかと言いますと、決して私の記憶力がいいわけではないのです。理由は簡単でして、自腹を切ったからなのです。これはワインだけでなく、食全般に関して言えることなのですが、知識を身につけるたいへん有効なコツですね。自腹を切ると本当によく憶えますし、忘れません。私のワインに関する知識のかなりの部分はそうして身につけたものです。(たいしたことはありませんが・・・)

すみません、話が大幅に脇道にそれました。ごめんなさい。

このシュヴァル・ブランの特徴は、なんと言ってもブドウの品種です。主力は、カベルネ・フランで66%、そしてメルローが33%、それにプレサックが1%という、ボルドーワインとしては、かなり異色な組み合わせです。

堂々とした芳香、スパイス香、果物香、樽香などが複雑に混じり合い、芳醇、まろやか、でもしっかりとしたタンニンのバックボーンがあるという絶妙なワインになっています。カベルネ・フランを楽しむのには最もふさわしいワインかもしれません。

このワインは、実は年によって生産量が極端にばらつくのも特徴です。記録を見てみたら、1977年に23トノーの生産に対して、1982年は185トノーの生産でした。なんと8倍もの差があります。これは主として畑が気候の影響を受けやすいことにあるようです。ことに、遅霜(晩霜)に襲われると影響が多いようですね。(トノーとは大樽のことです。1トノーの樽は900リットル入りです。)

上の画像は、前述のように白馬ワインと聖ペテロのワインペトリュスです。ペトリュスにつきましては、このエッセイ番号38番、シャトー・ペトリュス (Chateau Petrus)で書かせていただきました。もしもご関心をお持ちになりましたら、どうぞご覧ください。なかなかの取り合わせです。産地も隣人同士なのです。

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