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僕の偏見紀行
125 メコンへの旅(15)タマリンドの夜はふけて
2011年5月28日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 地元の人手造りの竹の橋。乾期に架けられ右下の小屋で料金を払って渡る。小屋の奥では地元のオッチャン達が一杯やっていた。
▲ タマリンドのディナー。メインの前に出たディップ料理。3種のソースにもち米ご飯を漬していただく。右上に見えているのがメコンの川のり。中央の籠に盛られているのがカオ・ニャオ(もち米ご飯)
▲ ナイトバザールの片隅で歌っていたチェコの若者。上手くはなかったが、静かな歌声は心にしみた。
ルアンパバンは当てもなく歩き回るのが楽しかった。それも人の多い大通りよりも、裏通りの何の変哲もない路地が面白い。名所旧跡巡りより、国立博物館で王様の贅沢暮らしに感心するより、よほど面白かった。

路地裏をぶらついていたら、白壁の古い民家がつづく一角に、可愛い娘さんが営む紙細工の店があった。手漉きの紙に素朴な昔の暮らしが描かれている。誰の作品か尋ねると、自分で造ったものらしい。制作・販売を一人でこなしているようだ。

角を曲がると民家の土間を改築した簡素なカフェがひっそりとたたずみ、白人の年老いたカップルが黙然と座っている。歩き回って疲れた僕も一休みした。ペプシを飲みながら目の前を通る人をぼんやりと眺める。いろんな国から来た、肌の色も顔立ちも異なる観光客が通り過ぎる。

ある昼下がり、市内を流れるナムカーン川に沿って歩いた。1月は乾期のため水位が下がり、道路から10数m下を流れている。乾期とはいえ青く澄んだ流れは豊かだ。対岸の岸辺には砂浜が広がり、茶店やビーチパラソルが並んでいる。見ると若者たちが気持ちよさそうに泳いでいる。

対岸へは竹を組み合わせて造った簡単な橋を渡って行くのだが、往復40円の通行料がかかる。毎年シーズンになると地元の人が組み立てるらしい。この橋は季節が終われば撤去されてしまう。そうしないと雨季にははるかに橋の高さを超えて水が流れるのだ。

橋のたもとには番小屋がある。のぞくと地元のおっちゃん達が集まって一杯やっている。すっかり出来上がり、真っ赤な顔して騒いでいる人もいる。橋の通行キップを売るかたわら、みんなで楽しく遊んでいるのだ。

すっかりご機嫌のオッチャンがコップ片手に僕に寄ってきて、しきりに飲め、飲めと誘う。この乾期だけの竹橋造りは地元おっちゃんたちのレクレーションなのだろう。いろんな楽しみがあっていいなあ。

橋は竹を様々に組み合わせて造られている。ちょっと見るといささか頼りないが、歩いてみると案外しっかりしていた。すれ違うのがやっとの幅だが、長さは30mくらいはある。人手はあるかもしれないが、これを手造りするとは大したものだ。

日暮れ時、予約していたレストラン「タマリンド」へ向かった。たいていの食事はホテルそばの大衆食堂で済ませたが、今夜だけはちょっと違って、安くて旨い伝統的なラオス料理を出すという評判の店なのだ。ここはクルーズ船で一緒だったイギリス人アーティストから教わった。

特に毎週金曜日は予約客で貸切となり、伝統的なラオス料理をタマリンド流にアレンジしたお任せコースとなっている。ルアンサイロッジ以来、大衆食堂ばかりだった僕は大いに期待していた。

店は裏通りの民家の一階を改造し、こじんまりしたつくりがになっている。20人も入れば一杯だろう。店内は無駄な飾りのない、簡素な内装にがっしりした木のテーブルとイスが並び、これはホンモノだと期待が高まる。

案内された席は大テーブルだった。予約客はみんな相席なになるようだ。この10人くらいの大テーブルが店内に二つ並んでいる。僕のまわりはどこの国かは分からないが数組のカップルが座った。

料理は前菜から始まった。いくつかあった中で、川海苔を乾したものが珍しかった。メコン川で採れるらしいが、日本の海苔を分厚くしたような感じで味は似ていた。

次は数種類のディップ料理が出た。いくつもの食材を合わせてゆるめのペースト状にしている。素材によって味がそれぞれ異なり、それに丸めたカオ・ニャオ(もち米ご飯)をちょっと浸して食べるのだ。いろいろ説明された素材は食べるのに夢中だったせいで忘れてしまった。

僕の悪い癖で、食べ始めると周りのことをあまり考えないが、相席のお客はそうではなかった。調味料や料理をまわすうちに互いに打ち解け話が弾んだ。やがてみんなの国や仕事が分かると、会話が一段と盛り上がった。

僕の向かい側のやや年老いた上品な白人カップルはカナダ人、斜め前はオーストラリア人の中年カップル。この、教師をしているというダンナは少々鬱陶しい人だった。

メインはバナナの皮包み川魚の蒸し煮が出た。メコンの魚らしいが、淡白で上品な味わいの白身魚だった。この身をほぐし、付け合せの新鮮な野菜サラダと合わせ、レタスにくるみ、それをアジア風ソースにひたして食べる。これはいくらでもいける旨さだった。白身魚の淡白な甘みとソースの辛味・酸味がからまり未体験の美味であった。

どうして一人で旅をするのか、カナダ人の夫から訊かれた。そばの奥さんも優しいまなざしで僕を見つめている。一人だと自由気ままに動き回れるから、と僕は答えた。たとえば、お昼にどこで何を食べるとか、散歩中にどこで一休みするとか、気の向くままだ。

成るほど、とご主人。そして、確かに一人が自由でいいが、それより夫婦二人ならもっといい、とニッコリ笑う。奥さんもわが意を得たりとうなずく。

いかにもそうだが、と僕はおもむろに我が家の状況を説明する。我が家には18歳になる老ネコがいて、カミサンはその面倒を見るため長期間家を空けることができない。

そうか、とうなずいたご主人は、実は我が家もイヌを飼っているが、近所の友人が面倒を見てくれるから安心だという。まだそのイヌは若く元気らしいが、それにしても今回は2ヶ月くらいこちらで過ごすという。寒いカナダからの避寒の旅らしい。

脇から教師というオーストラリア人の中年男が話しに加わってきた。カナダのご主人には経済問題のややこしい議論をふっかけ、僕には片言の日本語で、大阪に行ったことがあるが日本語は難しい、話せるが書くことはできない、特に漢字は難しい、とうるさい。自分がこの場の中心になって盛り上げようという親切心らしいが、僕もまわりの人もこの男にいささか辟易した。

そこで僕は少しもったいぶって、一番簡単な漢字を教えてあげようといった。そして、漢数字の一を書いてみせ、読み方と意味を教えた。すると男これも漢字なのか、といった顔をした。さらに二・三と書き、これが漢字だ、とオーストラリア先生を煙に巻いてやった。彼には、漢字とは見るからに複雑で哲学的な象形文字だ、というイメージがあったようだ。

カナダの奥さんが、今年の日本は雪がよく降る様だがと尋ねた。僕は日本のトーホクやホッカイドウというところでは特に雪が深く、場所によっては数メートルにもなると答えた。すると彼女は、恐ろしいと眉をひそめた。カナダではそんなに積もらないらしい。まして夫妻は都会のマンション暮らしなのだ。

調子にのった僕はさらに、トーホクのアオモリでは地吹雪ツアーなるものまである、と自慢してしまった。経験したこともないのについ知ったかぶりをしてしまった。津軽の皆様失礼しました。

こうしてタマリンドの楽しい夜は更けていった。いろんな国の人たちとしゃべったが、共通言語は英語だった。しかしその英語は僕が学校で教わったものとは少し違った。みんなそれぞれお国なまりやクセがあった。

しかし彼らはそんなことは全く気にすることもなく、堂々と楽しげに会話を続けた。当然のとこながら、ここでは言語はコミュニケーションの単なる道具に過ぎなかった。細かな発音の違いなど誰も気にしない。そしてさえない日本のおっちゃんのひどい英語でも熱心に聞いてくれた。

ホテルへの帰り道ナイトバザールを歩いた。延々と続く露店を冷やかしながら歩いていたら、雑踏の向こうから弦楽器の響きと歌声がかすかに聞こえた。

歌につられ歩いて行くと、露店と露店の隙間で一人の若者が歌っている。チップ入れのカンを前に座り、ウクレレを奏でている。あまり上手いとは思えない。しかし、静かなどこか切ないメロディが心に響く。低い歌声は聴き取りにくく、どこの言葉か分からない。

一息入れた彼に話しかけた。あごヒゲの男は見かけよりずっと若い。茶色のヒゲと白い頬、柔和な顔立ちの白人の若者はチェコから来たという。何を歌っているか尋ねたら、戦争の歌、戦争へのデリケートな想いを歌っている、と英語で答えた。

もっと聞かせてくれと頼んで彼の前に座り込む。歌の内容は理解できないが、素朴なウクレレの響きと低い歌声は愁いに満ち物悲しい。ソ連崩壊の時に起こった様々な混乱と戦いへの痛切な想いだろうか。静かな歌声が僕のこころをつかんで離さない。最後に明日の夜もここに来るか、と尋ねると彼は答えた。

「明日はもうここにはいない、しかしどこに行くかは未だ決めていない」(続く)
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75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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