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僕の偏見紀行
126 メコンへの旅(16)思わぬリスク
2011年6月11日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ルアンパバンの大通りのカフェ、お客の足元でくつろぐネコ。可愛い顔してるがすばしこい、コイツが僕をひっかいた。もっともじゃれ付いてきたものでコイツに悪気はない。
▲ ボウさんに連れて行ってもらった病院内の診察室。救急外科処置室という英語表示が小さく見える。一人では絶対たどり着けなかっただろう。
▲ 僕の窮地を救ってくれたボウさん。彼の車と息子さん達。
控えめで親切な人だった。
あっと思ったときは遅かった。あわてて痛みの走る右手を見る。親指の甲に一筋の傷が見え、血がにじんでいる。これはまずい、そう思っても後の祭りだ。どうしようか、僕はルアンパバンの路上で途方にくれた。僕の手を引っ掻いたネコは悪いことをしたと思ったのか、どこかへ逃げてしまった。

ルアンパバン最終日の昼下がり、大通りをのんびりと散策している時だった。カフェのテーブルの下のネコたちに気づいた。午後のお茶を楽しむ観光客の足元で心地よさそうにくつろいでいる。

これはいい、僕は岩合光昭さんのネコの写真を思い浮かべ、大写真家の向こうを張ってカメラを構えた。ノラだろうか、毛並みは薄汚れているがほっそりとして未だ若いようだ。僕は息を殺し何度もシャッターを切った。

当初知らん振りをしていたネコは、周りをうろつく僕への興味を抑えきれずそばへ寄ってきた。そして僕が地面に置いたバッグにじゃれつき、夢中になって遊びはじめた。僕が何の気なしにそのバッグを持ち上げようとした、その瞬間、目にも留まらぬ速さのネコパンチが僕を襲った。

知らない国ではむやみに動物に近寄らないほうがいい、ということは分かっていた。うかつにじゃれつくネコに手を出すと危ないというのも経験済みだったのだが。もう明日は最終目的地ビエンチャンへ移動する、という安心感があったのだろう。

急いでホテルに戻り、洗面所で傷を洗う。何度も流水に傷口をさらすと血も止まった。これからどうしたらいいのか、世話になった旅行社のビエンチャン支店に電話で相談すると、幸いに日本人スタッフがいた。

彼はすぐに現地の病院で応急処置を受けるようにといった。ネコに引っかかれただけなのに、大げさなと思ったが、大使館の医務官からもうるさくいわれているらしい。

ラオスの衛生状態については何も把握されていないので、用心したほうがいいようだ。先日も日本からきた幼児がネコに噛まれ、現地病院で応急処置を受けたばかりだという。

そこまでいわれれば仕方ない、僕も病院を探すことにして市内地図を広げた。いくつか「clinic」というマークがあった。とりあえずホテルから程近い大通りのクリニックへ行くことにした。ところがことはそんなに簡単な話ではなかった。

トゥクトゥクをつかまえ、地図を頼りに行った場所にあったのは普通の民家だった。門は固く閉ざされ人の気配もない。辺りを見回すがなんの案内板も見当たらない。仕方なくほど近い別のクリニックへ向かう。着いてみるとそこは雑貨屋だった。店頭に申し訳程度に薬品ケースが置いてあるが、これがクリニックなのか。店番の女性に尋ねるけど言葉が通じずお手上げだ。

大きな病院は郊外にあるのかもしれない、ふと思いついた僕が再度地図を調べると、町外れのクリニックのマークが見つかった。通りがかりのトゥクトゥクを捕まえ、地図を見せると頷いた。幸いにこのドライバーは英語が話せた。

ホコリっぽい道路をしばらく走って平屋の診療所らしき建物へ着いた。窓ガラス越しに薬品棚や白衣姿の人も見えている。どうやらまともな診療所らしい。

入り口に近づくと中から白衣の男性が現れ、ニイハオと挨拶する。どうやら中国人のようだ。中国語が全くダメな僕は仕方なく英語で事情を説明した。幸いにも話が通じ、僕の抱える問題は理解してもらったが、望むような治療はできなかった。

白衣の男性によると、ここは漢方薬専門の診療所なので注射や外科的治療はしないのだ。治療を断られ、途方にくれた僕にトゥクトゥクのドライバーが、名前はボウさんといった、話しかけてきた。

もっと大きな病院に行きたいのか、と尋ねるので頷くと、心当たりがあるという。どんな病院だろうか、半信半疑のままトゥクトゥクに乗り込む。これからどうなるのだろう、夕暮れの光の中を走りながら、心細い思いがつのってくる。

町を出てしばらく走ると病院が見えてきた。未だ新しい近代建築の大きな建物だ。5階だてくらいの、いかにも地方の県立病院といった感じだ。

ここからは一人で大丈夫、とボウさんに言ったけど、彼は一緒に行くという。どうしてだろうと思ったが病院の中に入ってその訳が分かった。ロビーや廊下に人影はあるものの、白衣や制服の人はどこにも見当たらず、患者と職員の見分けがつかない。受付や案内所もどこにあるのか、僕にはさっぱり分からない。

ボウさんは慣れた様子で廊下を進み、救急外科処置室と英語で小さく書かれた部屋の前で止まった。ボウさんは閉ざされた頑丈な木の扉をかまわず開け、中へ入った。僕も恐る恐る後へ続いた。

薄暗い部屋の中では、中央の診察台に中年男性が横たわり、青年医師の治療を受けている。男性は腕を怪我しているようだ。しかしこの治療をしている青年は白衣をまとっておらず、ただのシャツとズボン姿だ。この人が医者なのか、不安がよぎる。

彼はいきなり入り込んだ我々を咎めることもなく、どうした、という感じでこちらを見た。どこかおっとりした人のよさそうな青年医師だ。ボウさんが事情を説明するのを聞いた彼は我々に外で待つようにといった。

順番が来て部屋へ呼ばれた。どうした?と尋ねられたようだが、彼の話す言葉が分からない。代わってボウさんが説明するがピンと来ないようだ。僕はデジカメのネコの写真を医師に示し、これに引っかかれた、と手の傷を見せ、応急処置の注射をして欲しい、と頼りない英語と身振り手振りで訴えた。

破傷風や狂犬病などの難しい単語を知らないから、簡単な単語で言い換えるしかなかった。この際なんでもいいから通じればいいのだ。危険な動物との接触による深刻な症状を抑える治療を望む、という意味のことを僕は必死にしゃべった、・・と思う。

医師は暫く僕の話を聞いた後、やっと分かった、という風に頷いた。最初、彼はネコに引っかかれたぐらいで何を大げさに騒ぐのか、理解できなかったようだ。

それから医師は、やおら赤チンらしきもの傷へ塗り、さあこれで良し、という顔で僕を見た。しかしせめて抗生物質の注射ぐらいしてもらわないと困る僕は、再びワアワアとわめくしかなかった。

ひとしきり僕がわめくと、奥から貫禄のある白衣の女医が現れた。どうも青年医師の上司のようだ。いったいこのオヤジは何を騒いでいるのか、というふうに彼に尋ねる。彼の説明を聞いた女医は僕のほうをちらちら見ながら、青年医師と何やら相談を始めた。

その結果、しょうがないなあ、という表情の青年医師は、これを薬局へ持って行け、と処方箋を書いてくれた。またもやボウさんに連れられ、広い病院を歩き回り薬局へ行った。

薬剤をもらう前に会計で金を払う仕組みだ。子連れで仕事中の会計のオバチャンが金額を一桁間違えたおかげで、僕は薬剤師のおっかないオバチャンと会計の間を行ったり来たりさせられたてしまった。

ようやく会計が終わり、注射器入りのパックをもらった。万一使いまわしの注射器だったらどうしよう、と心配したが杞憂だった。無菌パック入りのディスポーザルタイプでホッと一安心。

また長い廊下を歩いて治療室へ戻り、やっと青年医師に注射してもらった。僕がほっとして礼をいうと、医師も嬉しそうにニッコリした。念のため旅行社の日本人スタッフにこの件を報告すると、彼は帰国後もう一度日本の専門病院でチェックを受けるよう勧めてくれた。

以下は後日談になるが、帰国後成田の検疫官に相談すると、丁寧に海外での注意事項を説明し詳しい資料をくれた。それによれば、見知らぬ国では特に狂犬病が要注意であり、多くの国で流行している恐れがあるという。

しかもイヌ以外にネコやキツネ・アライグマなど、感染源が多岐に渡るため、様子の分からぬ土地で安易に哺乳類に接触するのは避けたほうがいい。

事故の対策としては事後でもいいから、接触後5日以内にワクチンによる治療を開始すること。そうすれば確実に発症を予防できる。万一5日を過ぎても、発症前なら予防可能なのでワクチン接種を受けることが望ましい。

ただ狂犬病予防ワクチンを常備している病院は、全国でも20ヶ所くらいとそう多くない。成田空港内の日本医大のクリニックがその一つだったので、僕はそこで受けることにした。

ここはこじんまりしたクリニックだが、医大からドクターが派遣され、スタッフ・設備ともに充実している。さらに場所柄年中無休、あらゆる事態に対応できるようになっている。僕はここで若いドクターと看護師に、丁寧な説明と迅速で行き届いた治療を受けることができ、抱いていた不安が一気に解消した。

このワクチンは治療開始後3ケ月間に渡り、全部で6回接種しなければならず、僕は1月末に帰国してから4月末まで6回も成田空港へ通うことになった。このワクチンは高価なもので1回数万円かかるらしいが、僕はかけておいた旅行保険で、通院費まで含めた全額をまかなうことができて助かった。

動物との積極的な触れ合いを目的に渡航する場合は、事前に予防接種を受けるのが望ましいが、これもそう簡単ではない。6ヶ月にわたり3回の接種が必要なのだ。

今回は事なきを得たものの、海外に出るということは、特に見知らぬ国へ一人で行くということは、予期せぬ、思わぬリスクに遭遇することもあるのだ、と僕はあらためて痛感した。

それにしても、親切なドライバー・ボウさんに出会わなかったら僕はどうしていただろう。きっと帰国まで一人で不安な日々を過ごしたことだろう。

もしかしたらこの出会いも、チェンマイ山上の寺で高僧が僕の手首に結んでくれたお守りのおかげかもしれない。ボウさんは、1時間以上市内を走りまわったうえに病院の中まで付き合ったというのに、最後に彼が請求したのは通常相場の料金だった。そこで僕は遠慮する彼に、半ば強引ににお礼のチップを押し付けた。

ボウさんには翌朝の空港行きもお願いした。すると彼は可愛い二人の息子さんも一緒に迎えに来てくれた。恥ずかしそうに笑う子供達を見ながら、僕はいい人にめぐり会えてよかった、つくづくそう思った。(続く)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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