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すりかえの論理 |
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2003年8月18日 |
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 | 中山 俊明 [なかやま としあき]
1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。 |
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前回の「囚人のジレンマ」。この命題に挑戦した科学者たちはしばし、「不愉快な結果」に頭を悩ましたらしい。初めのうちは、先に「離脱」した方、つまり仲間を裏切って密告した側が必ず勝つ、という答えしか出て来なかったのだ。実人生にあてはめると「人間は基本的に信じられない動物だから、先手を打つべし。やらる前にやれ」ということになる。一面の真実をついてはいるかもしれないが、これが結論ではあまりにさみしい。もしそうなら、人は太宰治の『走れメロス』になぜ感動するのだろうか。
ところが数多くの実験を繰り返すうち、きわめて単純なプログラムが常に勝利するようになった、という。このプログラムの特徴は「まず1回目には相手に協力する」。それ以降は「相手が前回とった行動をそっくりそのままなぞる」。つまり「自分からは相手をけして裏切らない」、「裏切ったらその分だけお返しする」「しかしそれ以上は裏切らない」という動きをするプログラムが働いた側が「囚人のジレンマ」ゲームにたいてい勝つようになったのだという。
これはミッチェル・ワールドロップという人の「複雑系」(新潮文庫)という本の、米国・サンタフェ研究所の科学者たちの研究成果を書いた部分だが、夏休みの木陰で読むにはうってつけなのでお勧めしたい。本によれば、この実験の結論は以下のようにまとめられている。
――このプログラムは相手より先に離脱しないという意味では「いい」やつで、相手のよい行いに対しては次回に協力をもって報いるという意味では「やさしい」やつで、しかも、相手の非協力的な行動を次回の離脱によってこらしめるという意味では「タフな」やつだった。さらに、このプログラムは、戦略が実に単純で相手にとって事態の把握が容易であるという意味では「わかりやすい」やつだった。――
コンピュータが出した結論は、われわれ人間が理想としてはこうありたい、と漠然と考えていることを反映しているようにおもえないだろうか。基本的には「いい人間」であれ。しかし世の中そういう人間ばかりではないから、悪い行為に対しては厳しく毅然とタフに対処せよ。しかし、相手が反省したらいつまでも根にもたず、やさしく対処せよ。以上の行為はすべてわかりやすく、シンプルであれ。
ま、しかし、実際の人生や国と国の交渉ごとでこのやり方を通そうとするのはむつかしい。世の中にはめちゃくちゃな論理を堂々と展開する国や人間にあふれていて、そういうのに限って自分が「悪い側」に立っているという意識がない。
フセインは確かに悪者ではあったが、では米国は「善人の側」にあると言えるのか。「囚人のジレンマ」がたどりついた結論は「こちらから先に手を出すな」というものだった。しかし、米国は「貿易センタービル事件」を起こしたテロに対し、「相手が前回とった行動をそっくりそのままなぞる」のが今回のイラク戦争だった、と主張するだろう。つまり相手がまず戦いをしかけたので、「止むをえず」「タフな」復讐に出たのだ、と。
だが問題は、事件の首謀者がほんとうにフセインなのか、生物化学兵器が実在するのか、きちんと証明されないうちに米国が行動を起こしてしまったことにある。現に化学兵器はいつまでたっても発見されないし、ビンラディンとテロ組織との関連も証明されていない。壮大な論理のすりかえがなされたのだ。国際世論は、フセインやイラクが正しかったか否かより、戦争前も戦後も、戦争開始の論理的正当性を疑っていることにブッシュは気がつかない。または気がつかないふりをしている。
「ソウルの反北朝鮮集会でわが国の国旗を焼いた行為は許せない。よって韓国で開催されるユニバシアード大会には代表団を送らない」―こういうすりかえの論理を振りかざす小国にはまだ対処のしようがある。飴が欲しいとダダをこねる子供を、大人があやし、さとし、ときには厳しくどうやって教育、誘導していくかだ。求められるのは大人としての忍耐だけだ。
だが問題は世界一の大国が、すりかえの論理を堂々とふりかざす今日の世界情勢だ。ブッシュはイラク戦争開始に当たって高々と宣言した。「この戦争には神のご加護がある」と。ではあの貿易センタービルの事件は、神のどんな意思でもって引き起こされたということになるのだろう。もし神がいるとしたら、あれは神がアメリカというおごれる国に与えたもうた罰と考えるべき話ではないのだろうか。
僕は20年前に書いた本のなかで「アメリカ=ジャイアントベイビー」という1章を書いたことがある。欲しいもののためならなんでもする、というのは「囚人のジレンマ」ゲームがたどりついた結論とはあまりにも遠すぎないか。
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