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縁の下のバイオリン弾き
39 具眼の士
2012年1月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 湯河原の朝

日本に帰る楽しみのひとつは美術館に行く事だ。サンディエゴは実際の位置からいってもイメージからいってもアメリカの片田舎。めぼしい展覧会が来たためしがない。

それにくらべると東京は世界の大都市だ。日本には美術愛好家が多く、いつ行ってもなにかしらメジャーな展覧会をやっている。日本の美術はもちろんのこと、世界中の美術館から代表的な作品が送られてきて、いながらにして世界の名品を見ることができる。サンディエゴにいたら100年たっても見られないものが目白押しだ。

しかし今回の帰国はどういうものか不漁だった。東京でやっているのは国立西洋美術館の「着衣のマハ」だけ。ゴヤは好きだけれど、これは先年見たので必ずしも見なければならないというものではない。

しかし東京がだめだからといって絶望するのはまだ早い。どうしてかというと私は地方の小さい美術館でこれはというものを見た経験が何度もあるからだ。

その筆頭にあげたいものは10年ぐらい前に平塚美術館であった英国の水彩画展である。これはヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムから名品を選りすぐった展覧会で私はとるものもとりあえずかけつけ、感動にうちふるえながら観た。

西洋の絵画といえば人はだれでもフランスを思うだろう。印象派の影響が強い日本では特にそうだ。

でも、こと水彩画に関してはイギリスが本場なのだ。この素材をこよなく愛し、技法をねりあげ、多様な成果を生み出したのはイギリス人だった。

水彩画はあまり大きなものは描けない。たいてい大きくても大判の画用紙ぐらいだ。キャンバスも使われず、紙に描く。白は下地の紙の色をそのまま使う。黒い絵具は用いず、いろいろな色をまぜあわせて暗い色をつくる。

画面が小さいから絵はいきおいこまかくなる。水彩画の発達が頂点に達した18、19世紀の絵は写真とみまがう写実的なものが多い。またペンとインクを使った線描と組み合わされることも多く、それはそれで独特の効果を生む。

私は自分が水彩画を描くからイギリスの水彩画はもちろん永遠のお手本である。

でもなんで平塚美術館なんだろう、というのは失礼な話かもしれない。私はこの展覧会を企画した平塚美術館の学芸員たちに今でも感謝している。

そのつぎにあげたいのは横浜そごうであったアイルランド国立美術館展だ。場所がデパートの展覧会場で、ものはアイルランドである。私が行ったときはほかに誰もいなかった。ただのひとりも観覧者がいなかった。

アイルランドなんて海のものとも山のものともわからない、という気持ちはよくわかる。私だってどんなものが出品されているのか見当もつかずに入ったのだ。

ところがその展覧会にアイルランドの画家のものは一枚もなかった。私はアイルランドの画家の名前をひとりも知らないが、もし見られるものなら学んでおきたいという気持ちでのぞんだのに、それはまったく裏切られた。

では何があったか、というと17、18世紀のヨーロッパ各国の絵、とくにオランダ風景画だった。それも名品ぞろいだ。その当時オランダで有名な画家の作品はフェルメール以外ほとんどすべてあるといってよかった。

なんでアイルランドにオランダが、という疑問は当然だろう。以下は私のかってな推測である。

これらの絵はアイルランド、あるいはイギリスの貴族の収集にかかるものにちがいない。その頃イギリス(アイルランドはまだ独立していない)の貴族は成年に達するまえに「グランド・ツアー」といってヨーロッパを漫遊するのがならわしだった。まあ大がかりな修学旅行だと思えばよい。ここにある絵はたぶんそういう貴族たちが絵はがき代わりに買ったものだろう。

オランダの画家ははじめて「風景画」というジャンルを確立した。それまで風景は人物の背景としてしか意味がなかったのに、オランダの画家たちは人物がいないか、いても点景にすぎない「景色」が主人公の絵を描き出したのだ。

ヨーロッパを旅行した貴族たちはその地の景色をイギリスにもちかえりたいと思っただろう。カメラがないからその場合は絵を買うほかないが、肖像画や静物画では意味がない。そこにちょうどオランダの風景画が現れた。これさいわいときそってオランダの絵を買ったのではあるまいか。

私にとってはこの展覧会は天から降ってきたような幸運だった。何年かのちに私はアイルランドに旅行して国立美術館そのものをたずねたのだけれど、そこはオランダ絵画の宝庫だった。

それにしてもなぜそごうがそんな人気のない展覧会を企画したのか、そのへんはいまもって不明である。

ほかにもそういう経験はたくさんある。それでわかることは日本の美術館のレベルの高さだ。「具眼の士(ぐがんのし)」ということばがある。ものを見る目がそなわった人の事をいうのだが、そういう具眼の士が日本の美術館にはたくさんいるのだろう。

今回の帰国でも私の期待は裏切られなかった。葉山の近代美術館が「ベン・シャーン展」をやっていたのだ。サンディエゴといわず、アメリカ全国をさがしてもベン・シャーンの回顧展なんか見られるものじゃない。

ベン・シャーン(1898−1969)は20世紀アメリカの画家だ。彼の名前
をはじめて聞いたのは名古屋の中学の図画のクラスだった。歳とった美術の先生が、教科書にはちゃんと「ベン・シャーン」と書いてあるにもかかわらず、「あ、これはペンシャンですね。ペンシャンらしい絵ですね」といっていたのを思い出す。

それでベン・シャーンの名前を覚えたのだけれど、実物を見るのは本当にまれだった。アメリカ各地の近代美術館であそこに一枚、ここに一枚、という感じでポツンポツンと作品が収蔵されている。それを見るたびに名古屋の美術の先生を思い出した。

有名だとはとてもいえないだろう。まして日本人にどれだけ知られているだろうか。しかしこの展覧会は大がかりなもので、ベン・シャーンの活動のすべて、絵、写真、グラフィック・アートが網羅(もうら)されている。ほとんど名前だけしか知らなかったこの画家の全画業にはじめて触れて圧倒された。

その絵の特徴は「わかりやすい」ということだ。彼が生きた時代は前衛的な抽象画でなければ美術ではない、といった風潮がアメリカの美術界をおおっていた。たとえば同時代の画家としてジャクソン・ポロック、ウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコなどがいる。

ベン・シャーンは社会派のリアリズムを最後までつらぬいた。彼は写真家でもあったから、自分がとった写真からイメージをキャンバスに移したものも多い。そこにあらわれる人物は自分の手でその日の糧をかせぐまっとうな人々だ。画家はその人たちが直面する社会の不正義を告発した。

ビキニ環礁で水爆実験のさい被曝した日本の漁船第五福竜丸を主題にしたシリーズは彼の正義感をよく表している。もともとリトアニアから移民したユダヤ人だったから、差別される側、圧迫される側、弱いものの側に立って絵を武器としてたたかった。

その骨太のデッサンと有無をいわせぬ主張の激しさは見るものに深い感銘を与える。その反面、叙情的な石版画も多数製作しているし、ポスターやレコードのジャケットなどにも手を染めている。おもしろいのは風景画を描かなかったことだ。一枚もない。彼は人間とその営みにしか興味を持たなかったのだ。

こういう主義主張を持った絵画はいまやほとんどかえりみられない。美術はその時々の流行に左右されるコマーシャルなものになってしまった。

そんな風潮にさからって、地方の小都市といっていい葉山の美術館でベン・シャーンの回顧展を開く。アメリカですら見られない大規模な展覧会だ。日本の美術館が私にとって実にありがたい、という事情が理解されることと思う。

あまりに不思議だったから受付の女性に「どうしてこの展覧会が実現できたのですか」と聞いた。「もう10年も前からこの展覧会を企画していた学芸員がいるのです」というのが答えだった。やっぱり。


(追記1)ベン・シャーンの展覧会は1月29日まで葉山で開催され、そのあと名古屋、岡山、福島に行きます。

(追記2)これを書いたあとで、詩人のアーサー・ビナードさんがベン・シャーンの第五福竜丸の絵に詩をつけ、「ここが家だ」という絵本にしたという事を知りました。だから「まして日本人にどれだけ知られているだろうか」というのは取り消します。
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