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ボーダーを越えて
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
2006年12月7日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ビーチハウスで働いていた少年。
▲ ガリフナ地域のビーチは熱帯の楽園という感じがする。
▲ 海辺に面した土地を安く買い上げて建てられた豪邸。敷地があまりに広くて、門から家の建物は見えない。
目的地のトリウンフォ・デ・ラ・クルス(Triunfo de la Cruz)の入り口に着いたころには、辺りはもう真っ暗だった。その日は激しい雨が降ったらしく、幹線道路から町に入る道はどろんこで大きな水溜まりだらけだ。私たちのマイクロバスは泥にはまって動けなくなるんじゃないかと私はハラハラしてしまった。山の中ならともかく、幹線道路からすぐの場所で舗装がされていないというのは、ガリフナ(Garifuna)というアフリカ系少数民族が政府から見放されていることの象徴のように思えた。

ガリフナの歴史は、ヨーロッパ人(主としてスペイン人、イギリス人、フランス人)が占領したカリブ海諸島のサトウキビ園の労働力として奴隷をアフリカからどんどん連れ込んでいたことから始まる。そういう奴隷を運んでいた2隻のスペイン船が1635年にカリブ列島の聖ヴィンセント島の近くで難破したそうな。アフリカ人たちは島に逃げ込み、そこで生活を始めたそうだが、先住民がかなり協力してくれたらしい。先住民の言葉や文化や生活方式を取り入れたアフリカ人たちは、やがて先住民との混血の子孫をたくさん残すようになり、ガリフナと呼ばれるようになった。西半球のアフリカ系エスニック集団がこうして生まれたのだ。

18世紀はカリブ海諸島の領土をめぐって、イギリスとスペインとフランスとの間で抗争が続いた。奴隷にならずに済んだガリフナは、勢力を伸ばしていたイギリスと直接闘うこともあり、フランスと同盟を結んだりしたりしてヨーロッパ人支配を押し退けて生きてきた。1797年、聖ヴィンセント島の支配権を獲得したイギリスは、強い独立心を武器を持ってでも守ろうとするガリフナ人の存在を心配して、島からガリフナ人を追い出すことにした。こうして船に乗せられた2248名のガリフナ人は、スペインの協力でカリブ海岸のホンジュラスに上陸し、土地を切り開いてそこに定着するようになったのだそうだ。

そこから一部のガリフナ人はグアテマラやベリーズ(Belize)にまで移動して定住しているが、圧倒的に数が多いのはホンジュラスで、10万人近くが住んでいる。20世紀前半はバナナの収穫や出荷に雇われていたが、バナナ産業が下火になると、小さな舟を操って漁に出かけ細々と生計を立てていた。が、大きな外国漁船が沖合にまで近づいてどんどん漁をするようになり、ガリフナ人の超小規模な漁業は押しやれてしまった。それで職を求めて町に出たり、他のホンジュラス人と同様にアメリカまで渡ったりしている。ニューヨークにはガリフナ人が5万人ほどいるという。

水溜まりの連続でノロノロ進むマイクロバスは何度も大きく揺れた。水溜まりを見ながら、蚊がいっぱいいるだろうなと少々心配になった。なにしろ私は格別に虫(文字通りの虫です)に好かれるたちで、蚊はまず私を目がけてやって来るのだから。熱帯にはデンギ熱という病気があって、蚊で伝染するので注意しなくては。

外灯のない薄暗い道路をゆっくり進み、小さな道へと曲がったなと思った所で、マクロバスは止まった。目の前にコンクリート建ての平屋が2棟ある。宿舎に着いたのだ。車から下りると波の音が聞こえる。宿舎のすぐ向こうは浜辺なのだ。コンクリートの壁と床の部屋には古びたダブルベッドと椅子と扇風機が置いてある。シャワーはお水しか出ない。熱帯とはいえ夜の冷水シャワーには身体が冷えるので、早々に切り上げた。それから砂浜にテーブルを出して、サンドラさんが買ってきた丸揚げの魚で夕食を取った。その夜は規則的に打ち寄せる穏やかな波の音を聞きながら、古いマットレスで身体が壁の方にずり落ちそうになりながらも、不思議な楽園に来たような気分で眠った。

翌朝、外を箒で掃く音で目が覚めた。身支度をしてドアを開けると、どう見ても小学生としか見えない男の子が2人、建物を外を掃いていた。遠くからその子たちを指図する女の人の声がする。この子たちのお母さんではなさそうだ。こんな小さな子どもが掃除に雇われているらしい。

早起きのトーマスはすでに近所を探索し、コーヒーを飲ませるところが隣にあるのを見つけてきたので、砂浜の端を歩いて隣まで行った。壁のない建物で、観光客向けなのだろう。これまた男の子が店番をしている。子どものうちから働かされていても、それを苦にするような表情はない。素直な感じの子どもで、聡明そうな目が輝いていた。カウンターの向こう側に主人がいるらしく、コーヒーを入れながらなんだか怖い声でガミガミ言っているが聞こえてきたが、男の子は気にも留めていないような感じだった。バッグから風船を2つ取り出してその子にあげたら、ひどくうれしそうに受け取った。本当にまだ子どもなのだ。

宿舎の部屋に戻ると、誰かがノックした。ドアを開けると、さっき掃除をしていた2人の男の子たちだった。「僕たちも風船がほしい」と、ぼそぼそと言った。。もう風船のことを聞きつけて来たのだ。さっきと同じように2つずつあげた。それでもまだその場に立ったままでいる。あと何が欲しいのだろう?と思っていたら、1人が入り口近くの床を指差した。そこには私が昨日履いていたソックスがころがっている。
「これが欲しいの?」
男の子は黙って頷く。新しいので真っ白に見えるけれど、そのソックスは昨日1日中履いていたから洗わなくちゃいけないのだ。「これ、汚いんだけど、それでもいいの?」
男の子はまた黙って頷く。そしてソックスを黙って受け取って立ち去って行った。この地域にも小学校はあるだろう。あの子たちはこれから学校に行くのだろうか。ガリフナの子どもたちで小学校を卒業してからさらに進学するのは1割ぐらいしかいないという。美しい海辺に面したガリフナ地域は楽園のような感じがするけれど、貧困問題は深刻なのだ。でも、いま、ガリフナ地域はもっと緊急な大問題に直面していた。この美しい海辺の土地を狙って、金持ち層や開発会社から圧力がかかっているのだ。それに抵抗しようとすると、でっち上げの犯罪の疑いで投獄されたり、命を狙われたりしている。一方、長いものには巻かれろと考える人もいて、ガリフナ地域住民の間に亀裂が起きている。

ここにもホンジュラスの土地問題が潜んでいるのだ。(続く)
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