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縁の下のバイオリン弾き
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
2012年2月14日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
ホイットニー・ヒューストンがなくなった。それも出席を予定されていたグラミー賞授賞式の前日に。

ホイットニー・ヒューストンは言うまでもなく偉大な歌手だが、彼女のアメリカ社会に果たした貢献は単なる歌い手としてのそれにとどまるものではなかった。黒人である彼女がその圧倒的な声と美貌でだれからも愛されるアイドルになった。人種の壁を超えるスーパースターになった。その意味するところははかりしれない。

やはり若くしてなくなったマイケル・ジャクソンに通じるところがあるが、私はむしろ一時代前のレイ・チャールズを思い出す。

レイ・チャールズといえば誰でも「愛さずにはいられない」を思い浮かべるだろう。そしてホイットニー・ヒューストンといえばその代表作はなんといっても「オールウェイズ・ラブ・ユー」だろう。

この二つの曲は完全に彼らの曲になりきっていてあまりの変貌のために信じられない気持ちになるが、どちらももとはカントリー・ミュージックだ。

レイ・チャールズとホイットニー・ヒューストンがふたりともカントリーを歌ってクロスオーバーの大ヒットを飛ばしたというのはとても興味深いできごとだと思う。グラミーでジェニファー・ハドソンの歌う「オールウェイズ・ラブ・ユー」を聞いてだれがそれをカントリーだと思うだろうか。レイ・チャールズの「愛さずにはいられない」は彼の歌が今やスタンダードで本歌を誰が歌ったかなど知っている人はいないし、知る必要もない。

カントリーというのはアメリカのものならなんでもはやる日本でただひとつ人気のない音楽のジャンルだ。カントリーは白人の音楽で、日本人には純粋の白人の音楽は受けないのだろうと思われる。

これに対して黒人の音楽がある。それがブルースやゴスペルだ。そしてこの人種的な音楽上の差別は長い間アメリカの音楽を二分していた。

白人の音楽に黒人のブルースを取り入れたのがロックだ。そしてロックは真にアメリカを代表する音楽ジャンルになった。

いまや黒人の音楽でなければ夜も日も明けないアメリカだが、公民権運動以前は白人と黒人の音楽家では扱いに大変な違いがあった。人種偏見が強かったからラスベガスのショーをいっぱいにするアーティストがそのホテルに泊まれない、なんてことがざらだった。

ロック以前にアメリカを代表する音楽ジャンルはジャズだった。これももとは黒人の音楽だ。ディキシーランド・ジャズはニューオルリーンズで生まれた。けれど白人がそれを自分たちの趣味にあう音楽に変えた。ナット・キング・コール、サミー・デイヴィス・ジュニア、レナ・ホーンなどはそういう都会的なジャズ歌手として白人にも受入れられた。

そんな音楽風土だったから黒人のレイ・チャールズがカントリーを歌ってヒットさせたのは画期的なことだった。彼よりも後に世に出たティナ・ターナーでさえクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「プラウド・メアリー」をヒットさせたときはリズム・アンド・ブルース歌手がロックを歌った、といって驚かれたものだ。

ホイットニー・ヒューストンはそういう時代に生まれた歌手ではない。もう自分自身のまるきり黒人の音楽で白人にも熱烈に愛され、大スターになった。

でも一体誰が彼女に「オールウェイズ・ラブ・ユー」を歌わせようと考えたのだろうか。はからずもこの曲は彼女の最大のヒットとなった。もともとカントリーの大スター、ドリー・パートンの作詞作曲になる歌で、ドリー自身のレコードもヒットした。

ヒューストンのバージョンは1992年の映画「ボディガード」の主題歌としてレコーディングされたものだ。「ボディガード」はケビン・コスナーとヒューストンの主演で筋書きだけ追うとつまらない映画だが、映画初出演のヒューストンがじつに美しくしかも初々しかったからそれだけで見る価値のある魅力ある映画だった。

自分自身にそっくりな歌姫を彼女が演じ、ストーカーから彼女を守るために雇われたボディガードをコスナーが演じる。華やかな芸能界とは無縁のストイックなこのボディガードがどこかもろいところのある危うげな雇い主を懸命に警護するうちに二人は恋におちる。

私はヒューストンを見るために公開されてすぐに見に行った。それがもう20年前のことだとは信じられない気持ちだ。

この映画はそのプロットとは別にいろいろなことを考えさせる。まず第一に、彼女を愛する男たちが、ストーカーもふくめてみな白人の男だ、ということがある。そしてそれが少しも不自然ではない。主題歌がクロスオーバーしただけではなく、映画の中の話がすでに人種の壁をクロスオーバーしているのだ。

それまでに黒人と白人の間の恋愛映画はないわけではなかったけれど、異人種だということが緊張をもたらすのが常だった。この映画の前年に封切られたスパイク・リーの「ジャングル・フィーバー」は「ボディガード」とは比較にならないシリアスな映画だったが、そこでは黒人と白人の間の恋愛は成り立たない、ということが結論になっている。

それにくらべると「ボディガード」では主役のレイチェル(ヒューストン)がアイドルだ、というだけでだれもが彼女にほれこむのが当然だとされている。

フランク(コスナー)が深夜に彼女のミュージックビデオをえんえんと見続ける。白人が異人種の相手のことを理解しようという態度をとること自体、アメリカ映画では珍しい事なのだ。

レイチェルのほうもフランクの文化が分からない。最初のデートでフランクはレイチェルを映画にさそい、黒澤明の「用心棒」を見せる。「すごい、みんなやっつけちゃうのねー」と感心してみせるが、その目はいたずらっぽく光っていて彼女が三船敏郎を額面通り受け取っていない事は明らかだ。

そのあと二人はカントリー酒場に行く。「こういう所で飲んでるんだ」とレイチェルは興味深げにあたりをみまわす。カントリーなんて彼女にはまるで無縁の音楽なのだ。

ふたりは男声の「オールウェイズ・ラブ・ユー」をバックに踊る。私は映画を見る前にヒューストンの絶唱をさんざん聞かされてこの歌をソウルの名曲だと信じ込んでいたから、これを見ながら「なんでこんなふうにカントリー仕立てにするんだ。まるでミにもサマにもなってないじゃないか」と文句たらたらだった。話はまったく逆だったのに。

カントリーミュージックを流すこういう酒場がフランクの日常であり、「みんなやっつけちゃう」のがボディガードとしての彼の本領なのだ。

そのあと二人はフランクの部屋に行く。日本刀が飾られている。レイチェルがそれをふりまわすとフランクは「あぶない。けがするよ」といってレイチェルのスカーフをふわりと刀の刃に落とす。流れるようにスカーフはまっぷたつになる。

それで分かるようにこの映画は黒人と白人の融和を描いているだけではない。日本刀はフランクの日本に対する傾倒をあらわしている。日本文化の影響のもとにこの映画はつくられているのだ。

日本語の用心棒はいわゆるボディガードとは似ても似つかない存在だが、黒澤の映画「用心棒」の英訳は「ザ・ボディガード」だ。そのためにこの映画「ボディガード」が作られたといっても過言ではない。三船の用心棒こそがフランクの理想だ。あの映画の桑畑三十郎よろしく、金はとっても心は売らない用心棒を気取っていたのに、あろうことか雇い主のレイチェルを愛してしまったことから彼の葛藤ははじまる。そういうこと、つまり公私混同があってはならないと考える彼をレイチェルは理解できず、二人の仲はいったんさめてしまう。

レイチェルには8、9歳の子どもがいる。フランクは最初この子と仲良しになった。ストーカーが逮捕されたあとも謎の人物がレイチェルをねらい、避難させた別荘地で子どもが殺されかけるにおよんでフランクは絶体絶命の窮地に立つ。

彼は体を張ってレイチェルをねらった暗殺者の弾丸をうけとめる。

事件が解決したあと空港に見送りに来たフランクと儀礼的な別れの挨拶を交わしたレイチェルは乗り込んだ自家用飛行機の窓から彼を眺めてこみ上げる激情にたえきれず、飛行機をとめさせて彼の腕の中に身を投げる。ここで「オールウェイズ・ラブ・ユー」がヒューストンの歌声で流れる。

それから1年ばかりして私は日本の新聞記事で「オールウェイズ・ラブ・ユー」が結婚式の定番の歌になっているという事を読んで絶句した。

「一緒にいたらあなたのじゃまになるだけ…。だからさよなら」ではじまるあの歌は言うまでもなく失恋と別離の歌だ。英語がわかる人がこの曲を結婚式で聞いたなら、新婚夫婦の破局を予言するものだとびっくり仰天するだろう。そんなことにはおかまいなし、ひたすら「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」のリフレインに頼って結婚式で流しちゃうのだ。もっとも映画の中での扱いもそれに似たようなものだけれど。

「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」といえば実はそれだけで失恋の歌だと分かってしまう。なぜかといえば本当に愛している場合は「オールウェイズ=いつも」なんていう必要はないからだ。

「アイ・ラブ・ユー」といえばもうそれだけで永遠の愛を誓っていることになる。「この愛は期間限定で来年の二月までですよ」なんてことはありっこない。だから「オールウェイズ」という必要はないのだ。

失恋した時に限って切なく「いつも…いつまでも…陰ながら…あなたを愛している」というのが「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」ということなのだ。

この映画が封切られた1992年は警察の人種偏見に黒人が抗議してロサンジェルスで6日にわたる大暴動が起こった年だ。それから20年、進歩はあったものの、人種的な問題はいまだにアメリカの伏流としてある。そういうことは日本ではあまり理解されていないと思われる。ホイットニー・ヒューストンはただただアメリカのスーパースターなのだ。しかしもちろんそれが、それこそが唯一の正しい解釈なのだ。










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