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縁の下のバイオリン弾き
40 無用の人
2012年1月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ カリフォルニア大学サンディエゴ校の図書館。前にはえている木は彫刻で本物ではありません。






むかしアメリカに「トワイライト・ゾーン」(「たそがれの領域」という意味)というテレビ番組があった。日本では「ミステリー・ゾーン」という名前で放映されたそうだが、私は日本では見たおぼえがない。60年代の番組だ。

サイエンス・フィクションの30分番組で当時のことだからもちろん白黒のフィルムだった。たいてい登場人物が2、3人、多くても10人を超えず,セットも簡単なものばかり。安上がりに作ってあるなあ、という印象の番組だったけれど、その内容はSFの本道を行くすぐれたもので、アイディアで勝負する、という意味では傑出していた。

これをアメリカのSF専門のテレビ局が毎年、年末年始の二日間24時間ぶっ通しで放映する。「トワイライト・ゾーン・マラソン」という。この番組の人気が今でも高いからで、そんな無謀とも思えることをしても採算がとれるほど見る人がいるのだ。半世紀前のテレビ番組ですよ。日本でそんなことをしたためしはないと思う。

24時間つきあうことはとてもできないけれど、おもしろいからちょっとだけ見る。毎年同じものをやっているのだからほとんどのエピソードは前に見たことがあるもので、話の筋はもうわかっているのだが、それでもおもしろい。

今年のマラソンで見たものの中に「無用の人」というのがあった。全体主義の未来社会の話だ。審問官が高い所に威丈高(いたけだか)につったっている裁判所に初老の男がつれてこられる。かれの社会に対する貢献度を審判する場なのだ。

この初老の男は名前を「ワーズワース」という。詩人と同じ名前だが、その意味は「ことばの価値」だ。

「ワーズワースさん」と審問官はいう。「あなたの職業はなんですか」

「私は図書館の司書です」とワーズワースは答える。「図書館員?そんなものはもう用のない仕事だ。そういう無用の人間は処分することになっている」と審問官はいう。

「そんなことはありません。私は過去の文明をうけつぐ仕事をしているのです。未来の人々のために、社会のために一生懸命働いているのです」と司書は抗弁するが、部屋に充満している観衆は「時代遅れだ!無用の者だ!」とさけび始める。

「残念ながら、あなたに存在価値は認められません。詩だの文学だのといまや過去のものになったがらくたにかかずりあっている人間に用はない。まして神を信じているなどとはもってのほか。今から48時間以内に『消去』します」と審問官は宣言する。

場面はかわって処刑直前の司書の部屋だ。この社会の法律では処刑されるものは処刑方法とその時間を選ぶことができる。またし残した事があればそれをやりとげることも許される。ワーズワースはかれの最後の様子をテレビ・カメラを通じて全国民に見てもらいたいとリクエストした。それは許可され、カメラが設置されている。

審問官が部屋に入ってくる。

「ワーズワースさん、なんで私を呼んだのですか」
「私の処刑をカメラを通じて国民の皆さんに見てもらいたいのです。実はあなたが入ってきたあと、この部屋の扉に鍵をかけました。そして私は十分後に爆弾を破裂させて死ぬのです」
「なんですって…?」

審問官はあわてて扉を開けようとするが、もちろん鍵がかかっているドアはびくともしない。ワーズワースは落ち着いた様子で非合法となっている聖書をとりあげ、「詩編」の一編を読みだす。審問官は時間がたつにつれてパニックに陥り、とうとう最後には「神様、助けて!」とさけぶ。それを待っていたようにワーズワースは扉を開いて彼を押し出し、その瞬間に爆発した爆弾によって死ぬ。

生き延びた審問官はしかし今度は自分が新たな審問官の前に立たせられ、「無用の人」と宣告され、消去される。

これが筋だ。「その成員を無用の人と宣告する社会はそれ自身が無用の社会なのです」と最後にホストのロッド・サーリングがいう。ロッド・サーリングはこの番組の生みの親で全156話のうち99話の脚本を書いた。「無用の人」も彼の手になる。

全体主義にたいする痛烈な批判で、いまでもどこかの国にあてはまるのではないかと思うが、それより強く感じられるのはこのエピソードの思わぬ予言性だ。

私のつとめている大学で去年大学院の図書館が閉鎖された。予算がたりなくなったためだ。学部生のための図書館はまだ使われているので、大学院図書館の司書はみなそのメインの図書館に移された。だから実害はないとはいえるものの、そのおよぼす影響を考えるとひとごととは思えない。

要するに図書館員を「無用の人」と宣告しているのだ。そしてそれはある意味では正しい。だれもがスマートフォンを使い、インターネットで情報を検索し、電子書籍を読んでいる。図書館などに行く必要はない。

私の住むサンディエゴでは町の中央図書館が古くなったので新しい図書館を建てようと言う話になっている。ところがそれに反対する人々がいっぱいいる。新聞を開けば投書欄に「このインターネット時代に図書館なんて時代遅れではないか。そんなのは税金のむだづかいだ。コンピューターで探し出せない情報はない」という手紙がのっている。

じつはその投書をのせる新聞そのものが読み手がいなくなってしまったので終刊の危機にある。町の小さな本屋はいうまでもなく、全国規模の大きな本屋チェーンがどんどんつぶれて行く。古本は単なる紙くずでなんの価値もない。

これはアメリカでの話だけれど、遅かれ早かれ日本でも同じことになっていくだろう。

図書館なんぞいらないと主張する人々はもちろん詩や小説の価値を認めないのだろう。なぜなら文学は情報ではないからだ。

かれらはまた学問というものが「情報」だけで成り立っていると思っているのだろう。

「情報」というものは自分が何を求めているか分からなければ探し出せないものなのに、それには目をつぶってコンピューターさえあれば何でも分かると思っている。 

これがこのまま突き進めば半世紀以上も前に「トワイライト・ゾーン」が警告した事態が実現してしまうではないか。あの審問官がいっていたことは放映時でこそとほうもない世迷い言(よまいごと)みたいに思われたかもしれぬが、今となっては脚本家が想像していた以上の重みをもってわれわれにせまってくる。

図書館員が職を失う社会は、自身が手をくださずとも彼らを処刑する社会だ。

私は昔読んだレイ・ブラッドベリの「華氏451度」という小説を思い出した。映画にもなったけれど、これは消防士が火を消すために存在するのではなく、人々の家を強制捜査して禁制の本をみつけると火をつけて焼いてしまうのが仕事だ、という未来社会の話だ。消防士は英語では「ファイアマン」というのでそれだけでは「消防」の意味がない。だから「火をつける人」という意味でも使えるのだ。そして華氏451度というのは紙が燃え上がる温度をいう。

全体主義の社会というものは情報を操作したがるものだ。その際に一番じゃまになるのは本だから、それを焼き尽くす、というのはすじが通っている。

当の消防士の一人が自分の職務に疑問を感じて、焼かれる本の山から一冊を引き抜いて隠れて読み出す、というところから話がはじまる。その本は何かというとディッケンズの「デビッド・コパーフィールド」だ。小説、というところが泣かせる。「情報」なんぞはおよびでないのだ。

本の存在を禁じるこの社会に反抗する人々がいて、追究の手がおよばない森の中にかくれて集団で暮らしている。メンバーのそれぞれが一冊の本を丸暗記して人々に語る語り部(かたりべ)になっている。映画では同じ顔をした双子の兄弟が「高慢と偏見」上と下をわけもって記憶していて「私は高慢です」「私は偏見です」というのがご愛嬌だった。

主人公の消防士が自身の命をねらう政府の犬どもの追跡をからくもかわしてここにたどりつく、というところで小説は終わっている。

いまやそういう本のない社会が実現しつつある。ブラッドベリも考えつかなかったことに、焼くなんてまどろっこしいことをしなくても本はほろびる運命にあるように見える。iPadではページをめくる感覚まで再現できる、なんてくだらないことに感心している間にインターネット依存の体制は社会のすみずみまでを支配して行く。

私は本のない社会に生きたくない。エネルギーの枯渇(こかつ)のために電力が不足し、コンピューターが使えなくなる、という実際上の危険はいうまでもない。だがそれより、知識、ひいては文化というものがすべて「情報」に還元されてしまう社会はひずんだ、やせ細った社会だと思うからだ。

レシピをいくら読んだっておふくろが作ってくれたあの味が再現できるわけではない。図書館にだってその秘密は保存されていないかもしれないが、その図書館で働いている司書のおばさんはうちでこどもたちにその味を作っているだろう。図書館員を尊重する社会はその味をあじわいつづける社会だ。
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