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僕の偏見紀行
130 ベトナムの風の中で(2)いざホイアンへ
2012年3月2日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホイアン旧市街の日本橋。ホイアンに日本人町があった時代に日本人が建造した。観光の目玉の一つ。
▲ ホイアン旧市街の通り。古い建物を改造した洒落たレストランやカフェが立ち並ぶ。
▲ 岸辺に着いた葬列のタイコとドラ。別れを惜しむかのように川面に響いた。
ダナン空港は明るい日差しが溢れ、爽やかな風が吹いていた。ホーチミンの蒸し暑さと喧騒から離れホッとする。今朝は朝食のビュッフェで半年振りのスイカを皿一杯に盛り上げ、心行くまで食ってきた。お陰でとても幸せな気分だ。

さてどうやってホイアンまで行こうか。空港からダナンの街に出ればそこからローカルバスがあるらしい。思案しつつロビーに出ると有難いことに案内所が見えた。早速係りの若者に相談する。

僕の話を聞いた若者はてきぱきと説明をしてくれた。最も早いのはタクシーをチャーターして直接行くこと、費用は約15ドル、1時間弱で到着する。あるいはタクシーでダナンの町に出てそこからローカルバスに乗る方法もあり、所要時間は約1時間半くらい、ということだった。

どうしてもローカルバスに乗りたかった僕は、タクシードライバーに見せるための、ホイアン行きのバス乗り場まで、というベトナム語のメモを彼に頼み込んで書いてもらった。

空港を出ると客引きが、ホイアンまで20ドルでどうだ、といいながら寄ってきた。それをかわしておとなしそうな運転手のタクシーに乗り込む。メモを見た運転手はうなずいて車を走らせた。

南シナ海に面したダナンは古くから国際貿易港として栄え、現在もベトナム中部最大の商業都市として賑わっている。僕らの世代にとってダナンはベトナム戦争のイメージが強い。米軍最大の基地があったため当時のニュースによくその地名が報じられた。今の街にその当時の面影は感じられない。きらびやかなショーウインドウが続く通りを人や車が忙しく行き交っている。

ホイアン行きのバス停は何の変哲も無い道路端だった。小さなバス停の表示板のかたわらで数人の客がバスを待っている。かなり頻繁にいろんなバスが来るものの、どれに乗ればいいのかよく分からない。整備されたバスターミナルを想像していた僕は途方にくれた。

仕方が無いから周りのバス待ちの客に、ホイアン、ホイアンといって尋ねてみた。すると一人の若い男が何か言い出したが言葉が分からない。じっと聞いていたら、イエローバス、というのを辛うじて聞き取ることができた。イエローバス、ホイアンOK、そういうと若者はうなずいてくれた。

待っていると30分ほどで黄色いバスが到着した。スーツケースを引きずって駆け寄る。中年男がバスから飛び降り、素早く僕のスーツケースを受け取って車体下の荷物入れに押し込んでくれた。僕が彼に、ホイアン、ホイアンと連呼すると彼はうなずき、早く早くと身振りで僕をせかせた。

市内を走行中、ステップに立つ彼はドアから身を乗り出し大声で客に呼びかけ、さらには乗り降りする客の世話、大きな荷物の受け渡しなど、ローカルバス営業担当として実によく働いていた。

年代モノのバスは8割がたの座席が埋まっていた。車掌らしき若者が客から運賃を集めているが、なぜか僕のところを避けているようだ。最後に僕のそばに来た彼はよく聞き取れない声で3万ドン(120円)という。いわれたとおり払ったけどキップはくれない、どうもキップなど無いらしい。

離れたところからその様子を見ていたたオバサンが、車掌に何か文句らしいことを言い出した。あとでホイアンの旅行社のオヤジと話したときに、3万ドンとはずい分ぼられたな、といわれてしまった。きっとオバサンは、高いじゃないか、とでもいったのだろう。

市内のあちこちで客を拾いながらやがてバスは郊外に出た。田舎町のバス停ごとに数人が乗り降りする。ある町では、商品展示棚の部品らしい金属パイプや金具類を一山抱えた夫婦が乗り込んできた。後部の空きスペースがたちまち建材店の店頭みたいになってしまった。

そんな光景に驚くのは僕一人、周りはみんな何事も無かったかのように静かに座っている。車掌に文句をいったオバサンもある町のバス停で大きな荷物と一緒に降りていった。

窓からその後姿を眺めていたら、バス停前の家から小さな女の子が飛び出してオバサンに飛びついた。親子なんだろう、オバサンはまとわりつくその子と一緒に家に入っていく。きっと大荷物の中にはあの子のお土産も入っているんだろうな。そう思うと僕まで嬉しい気持ちになってくる。

見知らぬ町をローカルバスでただ通り過ぎる、こんな時間がとても好きだ。窓の外を過ぎ去る川の流れや畑、通りを行き交う人の群れ、市場の雑踏、ぼんやり眺めるだけでどんな名所より楽しい。

やがてバスは終点らしい小さな広場に到着した。どうやらホイアンに着いたようだ。バスを降りると町外れの埃っぽい広場の片隅に数台のバスが停まり、辺りには数人の男達がたむろしている。観光地だからタクシーぐらいどこにもいるはず、との楽観は当てがはずれた。

スーツケースをひきずり背中には小型リュック、肩から斜めに小さめのショルダーをかけ、仕方なく広場をうろついていると、がっしりしたちょっと強面のオヤジが近寄り何か声をかけてきた。よく分からないがバイクタクシーのようだ。一旦は断ったものの、広場の外の通りにもタクシーは見当たらない。

またオヤジが寄って来る。しょうがない、このバイクで行くか。料金は5万ドンという、高いと思ったが他に手段が無く乗るしかない。覚悟を決め、貸してくれたた小さなヘルメットをかぶりバイクの荷台に跨った。バイクタクシーは危険なので今まで避けてきたのだが、他に方法が無く僕は腹をくくった。

ドライバーは僕のスーツケースをバイクのハンドルと自分のひざの間にひょいと載せ、いきなり走り出した。つかまるところの無い僕は、あわててドライバーの身体に手を回しにスーツケースを辛うじて掴んだ。

50ccに毛の生えたぐらいの小さなバイクに大の大人が2人、スーツケースまで乗せている。ホイアンは有名な観光地なので、行き交う車やバイクも少なくない。観念した僕は、カーブや交差点でバイクが傾くたびに、むさくるしいオヤジの背中にしがみつき目を閉じるしかなかった。

走ること10数分、古い街並みを走りぬけ、橋を渡り、ようやく川沿いのホテルにたどり着いた。

ホイアンはトゥボン川が南シナ海にそそぐ河口の、流れが入り組んだ三角州に出来た沿岸都市で、古くから東西交易の拠点として繁栄した。16〜17世紀にはタイのアユタヤと並んで日本人街も造られていたという。世界遺産に登録された旧市街には日本人が建造したという日本橋が残されている。

大きな中州の一角に建つホテルは裏手が川の流れに面し、広い敷地にコテージ風の客室が点在している。ホイアンの旧市街は車が進入禁止となっているため、大型ホテルは町から離れた川沿いや海岸に多い。この古い町も最近では新たなリゾート地としても人気があるようだ。

チェックイン後、日暮れ前にホテル周辺へ散歩に出た。あたりは普通の民家が続く下町のようだ。雑貨屋の店先にクリーニングの看板発見、1キロ1ドルとある。さらに歩くと路地奥の道路に幔幕が張られ、正装した人々が出入りしている。ドラやタイコが打ち鳴らされ賑やかだ。結婚式かと思ったが服装から中国風のお葬式のように思えた。

暫くすると参列者を従えた葬列が川岸へ向かった。葬列はタイコとドラを岸辺に残し、遺族らしき人数名が小船に乗り込んだ。別れを悲しむかのようにタイコやドラの音が川面に響き、流れの真ん中に出た小船は紙ふぶきを散らしながら静かに水面を旋回している。やがて太陽が中州の向こうへ沈み、あたりを夕闇がつつみ始めた。

ホテルに戻り浴室へ入ると巨大なジャグジーバスが鎮座している。余計なことだ、普通のバスタブで充分なのに、と思いつつもお湯張りを始めた。暫くして様子を見に行くと案の定、蛇口から出ているのは水だった。お湯が出るのは最初だけ、こんなことはよくあること、ボイラーの能力が元々足りないのだ。こうなれば仕方ない、アジアの旅に慣れたぼくはお湯に浸かるのをあっさり諦め、シャワーを浴びるだけにした。

ところがこのシャワーも一筋縄ではいかないシロモノだった。お湯と水と思われる頼りなげなバイプが2本、それに蛇口やレバーはあるものの、湯・水の表示や温度の目盛りなどは全く無い。どうやったら適温のお湯がシャワーから出るのかさっぱり分からない。

分からなければ適当にやってみるしかない。レバーやハンドルを手当たり次第にいじくり回していたら、いきなり頭から大量の水をかぶってしまった。

仰天して見上げると、バスタブの真上に巨大なヒマワリのような丸い金属製のシャワーヘッド取付けられ、そこから水が容赦なく降り注いでいる。侮るべからずアジア旅、こんなところに予想外の伏兵がいた。旅慣れたなどと慢心してはいけない、アジアのおフロは手強い。(続く)
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75 小笠原の旅(5)母島列島
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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