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64 フェルメールの魅力
2007年3月25日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。



フェルメールの魅力


フェルメールと聞くと、血が騒ぐ人がいるそうです。もちろん美術好きな人でしょうが。 実はかく言うこの私もそうなのです。ヨハネス・フェルメール、通称、ヤン・フェルメールは、17世紀オランダの画家です。(Johannes Vermeer 1632 〜 1675) 一度は美術史から完全に消えてしまい、約200年後に劇的に復活したというドラマ性があることが、血が騒ぐ理由のひとつかもしれません。

デルフト (Delft) という街の名をお聞きになったことがありますか? デルフトは、オランダ南部、ハーグやロッテルダム近くにある運河沿いの街です。フェルメールはここで生まれ、終生この地を離れることなく、この街で43年の生涯を送りました。フェルメールは、彼の人生も作品も、このデルフトと極めて密接な関わりを持った人物だったのです。

デルフトはオランダが世界中で活躍した時代に、重要な役割を果たした東インド会社の支店があったところです。東インド会社の 「インド」 とはヨーロッパ内の地域や地中海沿岸地域ではない、その他の地域を意味します。ですから、アメリカ大陸との交易を行った組織として、西インド会社というものもあったわけです。ちなみに、東インド会社は、最も有名なオランダとイギリス以外にも存在し、合計5つの国にありました。イギリス、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フランスがそれです。

オランダ東インド会社は、1602年(関ヶ原の戦いの2年後)に設立され、1799年(寛政11年、伊能忠敬が測量をしていた時代です)に解散するまで、約200年近くの間、単なる民間会社ではなくて、国家の意志を実現するための特権、たとえば条約締結権、交戦権、植民地経営権などを与えられ、強大な力を誇った組織でした。フェルメールが活躍した時期は、ちょうどその興隆期にあたりました。

オランダ国内には東インド会社の拠点が6ヶ所に置かれましたが、デルフトはそのひとつでした。東方貿易でもたらされた珍しい品々が運び込まれ、デルフトの産物もまた船に積み込まれて輸出されていきました。運河には常に船が絶えることなく、街には活気があふれていました。

こうした市民社会の発達の上に育ってきたのが、フェルメールをはじめとする市民画家達です。フェルメールが活躍した17世紀のオランダでは、どの都市にも多くの画家が居て、力をつけてきた市民の絵画需要に応えていたようです。写真が存在していなかった当時のことです。絵は貴重な記録手段であり、場合によってはお見合い写真的な役割も果たしたことでしょう。(日本的なお見合いという習慣は存在しなかったでしょうが。)

上段の絵は彼の作品で、「真珠の耳飾りの少女」(1665年頃)、中央は「牛乳を注ぐ女」(1660年頃) です。光の効果を生かして、品物や人物の存在感や材質感をみごとに表現しています。時代を超えて人の心に訴える何かを持っているように感じます。

「真珠の耳飾りの少女」は、同名の映画もなりましたね。フェルメール家の召使いとして雇われた少女にフェルメールの妻が嫉妬するのですが、当時の社会生活を、いかにもそうだったのだろうなあ、と思えるように見事に表現しておりました。10歳代の彼女が、貴重な真珠の耳飾りをつけさせてもらって、喜びに顔を輝かせたほんの一瞬をとらえたものですが、映画では、よくぞそんなに似ている女性を捜し出したものと感心して見たことを覚えています。

フェルメールの絵の中では、当時急速に発達してきたデルフト陶器が、しばしば重要な役割を果たしています。オランダ東インド会社の取扱品の中で、もっとも重要な品目のひとつは、中国、日本からの染め付け磁器でした。陶器はあったものの、磁器の製造法はまだヨーロッパでは知られていない頃のことです。遠くアジアから運ばれて来た繊細な模様が描かれた白磁は、高価な装飾品として、たいへんな人気を持っていました。いくら輸入しても、すぐに売り切れてしまい、常に品不足の状態が続いていました。

そこでデルフトでは、その莫大な需要に応えるために、陶器でありながら、少しでも磁器に近づけた、いわば「磁器風」の陶器が作り出されたのです。陶器の上に白い釉薬(うわぐすり)をかけ、そこに東洋の絵模様を写し取ったりしたのです。これが東洋磁器の代用品としてのデルフト陶器の由来です。下段の写真がその典型です。

ところで、私がとくにこの画家に興味を持っているのは、彼は一度歴史から完全に消えた画家だったという点です。1675年に亡くなると、その名前は完全に忘れられてしまったのです。生前はデルフトではよく知られた画家だったのは確かなのですが、彼の絵の持ち主のほとんどが、ごく普通のデルフトの市民だったこと、巨匠達のように工房を構えて弟子を養っていたわけではなく、小さな都市の仲間内で楽しまれていたことなどが主な理由として考えられます。(デルフトは今でも人口10万人程度の都市です) 

フェルメールが再び美術史上に浮かび上がったのは、19世紀後半、彼の死後200年も経ってからです。熱心な研究者達によって、200年以上の眠りから掘り起こされると、フェルメールの絵画は、人々の心をしっかりととらえました。ただ、もともと寡作な画家だった上に、埋もれていた時期が長かったので、世界中で確認されている作品は、現在でも40点にも満たない数です。

でもそれだけに、希少性が更に人気に拍車をかけて、現在世界中どこで展示会をやっても、多数の人を集めることができる画家となりました。私も好きなのです、この何とも言えない、つつましやかながら、成長しつつある階層の力を感じさせ、そして存在感のある画風が。

しかし、こういう画家を掘り起こした美術史家達の醍醐味はよく想像ができます。つつましやかな市民画家フェルメールは、200年の忘却から掘り起こされ、今、レンブラントやゴッホと並ぶオランダを代表する巨匠になりました。

1999年4月末に、英国で結婚した娘の結婚式に出席後、妻とオランダへ出かけたことがありました。まだ寒さの残る季節でしたが、アムステルダム郊外の町で、デルフト陶器に盛りつけられた、チーズやソーセージがどっさり入ったクレープを、同じくデルフト陶器のカップに入った冷たい地ビールとともに味わったことを思い出しました。あれはおいしかった! フェルメールの絵に出てくる陶器は、こういうものなのかとの思いもあり、たいへん感動的でした。

ちなみに中央の絵の中で女性が使っている焼き物は、おそらくデルフト産の陶器ではあるのですが、磁器風に作られたものではなくて、もっと質素な、重くて丈夫な日常使い用だと思われます。つつましやかな生活をつつましやかに描き、しかも極めて寡作であったのが、このフェルメールなのです。

彼は父親から小さな居酒屋兼宿屋を譲り受けてその経営をしていました。絵描きとしての収入ではとても暮らしが成り立たなかったのでしょう。子だくさんで(少なくとも11人は居たことが確認されているのだそうです)作品が少なかったのですから、それもありそうなことです。きっと彼自身の生活も至ってつつましやかだったことでしょう。フェルメールの作品の魅力は、そのつつましやかさにもあるのかもしれません。

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