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縁の下のバイオリン弾き
43 かゆのいろいろ
2012年3月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 正岡子規
16歳のときから数年間小田原に住んでいた。小田原は戦国大名の北条氏が本拠としたところだ。その北条氏の開祖、北条早雲を描いたテレビドラマがそのころ放映されたので興味を持って見た。浪人時代の伊勢新九郎(のちの早雲)が空腹にたえかねて強盗をしようと思い、通りかかりの坊さんをおどして銭を出せ、という。坊さんは「銭はないが寺に行けばかゆがある」と答える。それで新九郎は寺までいっしょに行き、かゆをごちそうになる、という場面があった。その場面で新九郎がかきこんでいるのはどう見てもわれわれがふつうにいう「飯」であって、かゆではなかった。

それをずっと不思議に思っていた。何年も後に、当時の飯は今のおこわのようにもち米を蒸したもので固かったのだということを学んだ。あごの骨が頭の骨につながるところを「こめかみ」という。これは「米噛み」ということで昔の飯が固かったことの名残だ。

そして現在の飯にあたるものがかゆと呼ばれたのだという。もちろん今われわれが「かゆ」といっているものもあって、区別するときは前者を「固がゆ」、後者を「汁がゆ」といったのだそうだ。

これは私には驚きだった。しかしこの知識は後年西洋のある種の「かゆ」を理解するのに役立った。

===

西洋のかゆといえば誰でも考えるのがオートミールだろう。これはいわば麦のかゆだ。

麦は米にくらべると大変不便な穀物で脱穀したものをそのまま飯に炊(た)く事ができない。まず石臼で挽(ひ)いて粉にする。それを練ってさらにオーブンで焼いてパンにしてはじめて食べる事ができる。それをしないのならば大量の水の中に穀粒をいれて長い時間火にかけ、かゆにするほかはない。麦の粒は大きいからこれをかゆにするときはローラーでおしつぶしたり臼で挽いて荒い粉末にすると調理もしやすく、食べやすくなる。

日本で麦飯といっているのはこの押し麦を白米にまぜて炊いたものだ。

アメリカに「デリカテッセン」という種類の店がある。食料品をその場で量り売りしてくれる。「ニューヨーク・スタイル」のデリカテッセンというとユダヤ人の食べ物を売る店ということになっている。ニューヨークにはユダヤ人が多いからだろう。

ユダヤ人は19世紀末から20世紀の始めにかけて特にロシア、東欧から大量にアメリカに移住した。それらの国での差別、弾圧が激しかったからだ。その故郷の料理をそのまま持ち込んだから、アメリカではそれが「ユダヤ人の料理」と思われたのだけれど、実は必ずしもそうではなく、ロシアや東欧ではふつうの食べ物だったという事も多い。

その中に「カーシャ」という食べ物がある。これを私はアメリカに来るまえから耳にしていた。旧ソ連のグーラッグ(強制収容所)について書かれたものを読むと必ずと言っていいほどこのカーシャが出てくる。カーシャとスープ、それにパン、というのが毎日のメニューだ。

訳注がついていて、カーシャとはそば(麺ではなく、そのもとになる穀物)のかゆだ、と書いてある。これが私にはわからなかった。かゆとスープを同時に出す、というのが合点がいかない。

それはほかでもない、日本のかゆが水っぽいものだからだ。強制収容所の囚人が食べさせられるかゆとなればそれこそ曹洞宗大本山永平寺の食事のように、人数がふえてもただ水の量をふやすだけ、といったイメージがあった。1984年の映画「キリング・フィールド」はポル・ポト政権下のカンボジアでの大量虐殺を描いたものだが、政治犯の囚人たちはほんとに顔が映るような水っぽいかゆをたべている。ロシアの囚人たちも同じだろうと思っていた。

ところがここに不思議な事は、囚人を抑圧する側の看守たちも同じカーシャを食べている、ということだ。それはもちろん「カーシャを腹一杯食べている」などと書いてあるから食うや食わずの囚人とはえらい違いなんだろう。でも看守がなんで囚人と同じものを食べなければならないのだ。そんな水っぽいものでなく、もっと身になるものを食べればいいじゃないか。

アメリカのデリカテッセンではじめてその「カーシャ」を食べることができた。なんのことはない、臼で挽き割ったそばを炊いたものだ。ほとんど水分なんかない。これならスープと一緒に食べるというのも自然だ。

それで納得できた。カーシャは「固がゆ」つまり飯なのだ。そしてロシア、東欧ではだれもが喜んで食べる人気食品なのだ。だから看守が食べるのだ。

考えてみるとヨーロッパではイタリア、スペインなどの米食民族をのぞき、米のご飯はあまり食べない。食べないから穀物の食べ方はパンか「かゆ」しかないのだ。だからほとんど水分のないカーシャでも、もう自動的に「かゆ」に分類されるのだろう。

これを「飯」と「かゆ」がはっきりと区別される現在の日本語に訳して「かゆ」とするのは一種の誤訳ではないだろうか。

===

かゆといえば日本では病人の食べ物と相場がきまっている。

それで思い出すのは正岡子規(1867−1902)だ。彼は晩年の数年間病苦にさいなまれた。病人だからかゆを食べるのは当然だと思っていたが、彼の随筆をよく読んでみるとべつに病人だからかゆを食べているのではないらしい。というのはその食べる量がはなはだ病人らしくないからだ。

彼は病気になってからもまことによく食べている。食欲も旺盛だったらしい。だからかゆも三杯、四杯と食べている。これなら別にかゆにしなくても、ふつうの飯でよかったのではないだろうか。

彼のうちは母親と妹の三人家族だ。おんな二人が献身的に子規の看護をし、料理をつくり、彼の退屈をなぐさめている。子規本人はそんなこともあたり前だと思っているらしく、まるで暴君のようにわがままいっぱいだ。

この小さな家族で一人の病人のためだけにわざわざかゆを毎日つくるのは大変だろう。実はそうではなくて、母も妹もかゆを食べていたのではないだろうか。

今の日本人には想像できないことかもしれないが、昔の人にとっては食事のあと残った飯をどうするか、というのは大変な問題だった。せっかく炊いた飯は時間がたてば冷や飯(ひやめし)になってしまう。中国人はこのために炒飯という料理をあみだした。しかし日本にはいためるという料理法がなかった。蒸し器でふかすか、湯漬け(あるいは茶漬け)にするか、かゆにするかしかなかったのだ。

かゆは米から煮てつくるものだと思われているけれど、いったん炊いた飯に水を加えてかゆにする、ということはそれほど珍しい事ではない。明治になって職場や学校に弁当を持って行くようになるまでは、前夜炊いた飯をかゆにして朝食べるということが関西地方では普通に行われていた。朝がゆである。

「三方一両損」という落語がある。江戸の職人が金に執着しないことを誇張して描いたものだ。ひろった財布の中の三両の金を返そうとした職人が持ち主と受け取れ受け取らないでけんかになる。大岡越前守の裁きをうけることになったが彼らは頑として金を受け取らない。そこで越前が一両加えて二両ずつを二人にほうびとして与える。これが「三方一両損」だ。それだけでなく、彼らは料理をふるまわれて「あっ!あったけえおまんまだ」と感激する。ひとりものの職人だったら、「あったけえおまんま」は毎日食べられるものではなかった。いつも冷や飯を食べていたからこんなセリフもでてくるのだ。

武家の次男、三男は長男とは待遇に大きな差があって、いつも長男が食事をしたあとの冷や飯を食べさせられていたから、彼らは「冷や飯食い」、略して「冷や飯」と呼ばれた。

高度成長期の日本ですら、「冷や飯」という言葉はリアリティをもっていた。植木等は「これが男の生きる道」(1962年)で、

帰りに買った福神漬で
ひとりさびしく冷や飯食えば
古い虫歯がまたまたうずく
愚痴(ぐち)は言うまい、こぼすまい
これが男の生きる道

と歌っている。あれから50年、電子レンジのおかげで冷や飯の悲哀を感じる人はいなくなった。

子規は正岡家の長男で当主だから当然上げ膳据え膳の扱いをうけるわけだけれど、それでもこの小さな家族が毎度毎度飯を炊くのは大変だったろう。飯を一度に大量に炊いて、残った飯をつぎの食事のときにかゆにしたのではなかろうか。

実際、一日の最初の食事は「ぬく飯」(「あったけえおまんま」のこと)で、その後はかゆになっていることが多い。

明治34年9月12日(亡くなる1年前)の献立は

朝飯 ぬく飯三椀 佃煮 梅干 牛乳五勺(ごしゃく=90cc)紅茶入 
ねじパン形菓子パン一つ

午飯 いも粥(かゆ)三椀  松魚(かつお)のさしみ 芋 梨一つ 
林檎(りんご)一つ 煎餅(せんべい)三枚

間食  枝豆 牛乳五勺紅茶入 ねじパン形菓子ひとつ

夕飯 飯一椀半(ぬく飯と書いてないから冷や飯だったのだろう) 
鰻の蒲焼き七串(くし) 酢牡蠣(すがき) キャベツ 
梨一つ  林檎一切(ひときれ)

うなぎのかばやき7串なんて病人にあるまじき暴食ではないか。病気だから、金がないからしかたなくかゆをすすっています、という感じではない。しかも外国に住んでいる私から見るとおいしそうなものがならんでいて子規の口まねをすれば「うらやましいのなんのてて」。

===

1975年にベトナム戦争は終わりをつげた。その時にアメリカは自分たちに協力したベトナム人を軍艦にのせてアメリカに運んだ。当時私は香港にいた。アメリカの雑誌に「ベトナム人が船上で米のスープをつくっているのを見てアメリカ人の兵士は同情し、その中に入れるようにとハンバーガーを与えた」と書いてあった。私はその「米のスープ」はかゆのことだろうと推察した。日本の白かゆをイメージしていて、それにハンバーガー(サンドイッチにしたいわゆるハンバーガー)をなげこまれてもベトナム人にしてみれば迷惑するだけだったろうとおかしかった。

アメリカに来てはじめてあの時の「ハンバーガー」は「ハンバーガー・ミート」の略、つまりひき肉のことだったのだろうと気がついた。ひき肉だって日本のかゆにいれたらぶちこわしだけれど、中国やベトナムの料理ではそれは少しもおかしくない。船上のベトナム人はありがたくアメリカ兵の好意を受けたのではないだろうか。

台湾や中国北方のかゆはそれでも米粒が残っていて日本のかゆを連想させるけれど、香港の広東料理のかゆは原型をとどめないまで米を煮る。まるでノリのようだ。かゆは中国では病人食ではない。香港にいたころ豚の内臓をぶつ切りにして煮込んだ「及第粥」(カプタイチョッ)というのをよく食べた。「及第」というのは科挙に合格しますように、ということからつけられた名前だ。

===

お釈迦様はブッダガヤで悟りを開いたあと、村娘の差し出す「乳粥(ちちがゆ)」を食べた。「乳粥」というのは牛乳でたいたかゆだ。私は牛乳をかけたオートミールを食べるたびにその話を思い出す。そしてお釈迦様が食べたのもこんなものだったのだろうかと思う。

その乳粥は今でもインドにあるそうだ。ぜひいつか食べてみたい。
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