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葉山日記
22 バングラデシュ
2003年8月25日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
▲ 夕方海辺を散歩してみました。短かかった夏も終わろうとしています。それにしても平和な光景です。
(8月25日午後5時、森戸海岸)
役人や警官が威張っている国ほど、不幸な国だ―そのことをバングラデシュでつくづくと思い知らされた。

まず空港の入国管理官の居丈高な態度。「なんか悪いことにしにこの国にやってきたのではないか」とでも言いたげな悪意と猜疑心に満ちた表情で、トランクの中身を引っかき回す。「ようこそこの国へ」なんて笑顔は望むべくもない。今朝離れたばかりのタイがなつかしい。

空港から乗ったタクシーがダッカ市内のホテルに横付けした。あわててすっ飛んできた警官が、運転手の頬を思い切り平手打ちにして、大声で怒鳴りつける。一方通行路を逆に進入したらしい。入国そうそう寒々とした気持ちになった。

警官の残酷な顔とは対照的に、平手打ちをされても抗議するでもなく下を向く、運転手のうつろで暗い目はなんだろう。物乞いがたむろする玄関から一歩ホテルに入ってほっとしたのも束の間、今度は従業員たちの横柄な態度に辟易する。たぶんこの国では、ホテルに勤務できるというだけでも恵まれた階層なのだろう。その傲慢さが顔に出ている。サービスは格段に悪いのに、前日泊まったバンコックよりも部屋代はかなり高い。「金持ち外国人からはふんだくってやるもんね」とレストランの料金表が語っている。もちろん料理はまずい。

夜、ホテル近くを散策してみた。街頭が極端に少なく道は暗い。道路が舗装されていないため、細かな砂塵が巻き上がり、夜の街に深い霧がかかったようだ。その「霧」のなかから忽然とリキシャが現れる。やせ細った老人が懸命に自転車のペダルをこぐ。座席にはいかにも裕福そうな一家が4人も腰掛けている。この光景を写真に撮りたい、と思ったが危険を考え僕は身ひとつだ。かつてのNYの暗い道にたむろする人々に感じた残忍な暴力性は感じないものの、やはりカメラを持ち歩くことは危険だという気がしたのだ。

ときどきリキシャがペダルをこぎながら突然死する事故があるらしい。結核であったり、心臓麻痺であったり、リキシャは病を押して、ペダルをこぎつつ、ばったりと突然の死を迎えるのだという。なんともやりきれない話だが、空港からホテルにただりつくまでに見た光景だけで、この国の途方もない貧しさは容易に想像がつく。

翌日昼。大きな目をした少女が信号待ちをする僕らの車にまといつき片手を差し出して物乞いをする。運転するのは僕を案内するバングラ人だ。アジアの写真家をネット化する夢をもっていて、たまたま彼が東京を取材で訪れたとき知り合った。鎌倉の日本料亭に案内し、女将の着物姿などの撮影に協力した。今回はそれが縁で僕がバングラを訪れたのだ。

少女の悲しげな大きな瞳は目は僕のすぐそばにある。僕に懸命に何かを語りかける。友人が彼女にやさしく何か言う。少女はそれには返事せず、僕の目の前に片手を突き出したままだ。小銭を渡そうとポケットに突っ込んだ僕の手を友人がさりげなく制した。車が走りだしてしばし僕と友人の間には沈黙が流れた。友人はときどき市内の小学校に出かけては、児童たちに写真を教えている。希望のない子達に写真を撮り表現する喜びを与えたいのだという。

「物乞いをしてはいけない。今は学校の時間だろう。なぜ学校へ行かないんだ、と言い聞かせていたんだ」と彼は言った。「学校の数が足りないの?」と、あとになってみればなんとも恥ずかしい質問を僕はしてしまった。「学校はあっても、親に学校に行かせてもらえないのだよ」と彼は前を見つめたまま、悲しそうな表情で答えた。もしかしたら父親はあの土ぼこりの中から浮かび上がったリキシャ引きかもしれない。その一家の大黒柱がいま病気なのかもしれない。少女が物乞いをしなければ彼女の一家は死ぬしかない。ひとが最低限生きるための食事でさえこの国では補償されていないのだ。

夜、友人夫婦を日本料理店に招待した。親身に世話をしてくれた夫妻に何がしかのお礼をと考え、学校教師の夫人に電話帳で日本料理屋を調べてもらったのだ。たどりついた料理屋は日本の基準でいうと、小汚い大衆食堂だった。メニューは親子丼、カレーライス、焼き魚等々、たしかに日本料理には違いないが、インテリ夫妻をご招待する場としてはふさわしくなかった。

なにより回りのテーブルに座る日本人客がよろしくなかった。酒を飲み、大声で下品な会話を交わしている。幸いにも会話の内容は夫妻にはわからないが、同じ日本人として恥ずかしくなるような醜態ぶりだ。店の経営者に取材して彼らがこの国でなにをしているのかが判明した。大手ゼネコンの下請けで、この国の橋をつくりにきたレンガ職人たちだった。レンガ積みならこの国の人々に任せれば良いではないか、と一瞬思った。

しかし直後なるほどと思った。正確なレンガ積みをするためには正確な糸張りをしたり、水準器をつかったり、図面との照合が必要だろう。最低限の算数の知識くらいはいる。小学校さえ出ていない人々に、レンガを正確に積む能力を求めるのは無理なのだ。ましてや近い将来、この国にIT企業が進出することはありえない。教育レベルの引き上げ、という気の遠くなるような問題もさることながら、まずはこの土ぼこりをどうするのか。

正直言ってしまうと、僕はこの国に滞在した5日のあいだ、ずっと日本の自宅周辺の緑の山のことばかり考えていた。あまりにもひどい貧しさを見てしまった僕は無力感にさいなまれ、ほこりまみれで、獰猛な目をした警官と、やさしさと哀しさと絶望がないまぜになった眼をした大衆があふれるこの国からいっときもはやく逃げ出したかったのだ。

帰国のため、友人に送られて空港へ向かう途中、「この国は革命をおこす以外に救われない」と小さな声で言った僕にうなずいた友人の顔が忘れられない。だが、この国にはもう革命さえ起きないのではないか、と思った。短い滞在だったが、希望を失ない、長いこと笑うことさえ忘れてしまったような顔をあまりにも多くみてしまった。

物乞いがうんかのごとくたむろする空港前を通過し、重量オーバー税を掠め取ろうとする空港税官吏となんとかおさらばして、飛行機の座席にたどりついたときはほっとした。と同時に、緑の国を故国にもつ幸せ感じる気持ちと、大きくて悲しげで希望のない瞳をもったあの少女になにもしてやれなかった自分自身を責める気持ちも複雑に交錯した。

タイ航空機内で感傷?に浸る時間はいくらも続かなかった。エコノミーはぼくと2人の白人だけでガラガラのフライトだと思っていたのだが、突然どかどかと大勢のバングラ人が乗り込んできて、エコノミーはまたたくまに彼らに「占拠」されてしまった。聞くと、全員バンコックへの出稼ぎ労働者だという。当然ながらほとんどの労働者が生まれてはじめての海外旅行であり、初めての飛行機だという。汗臭い労働者の匂いが機内に充満した。うーむこれはきつい。

出発直前、機内放送が流れると、周辺のバングラ人が一斉に立ちあがり、われ先にと前の方へ走り始めた。なにごとが起きたのか、あっけにとられて機内の混乱を眺めていたがようやく事態がのみ込めた。ファーストクラスがガラガラ、エコノミーが満席、よって機体重量のアンバランスが生じ、離陸不能だという。とはいってもファーストクラスには20人も座れば十分だ。不機嫌丸出しのタイ航空のホステスが、バングラ労働者の大半をまたエコノミーに押し戻した。

安定飛行に移行すると、つかのまのファーストクラスを楽しんだバングラ人たちが、ホステスに追い立てられるようにエコノミーに戻ってきた。彼らにはホステスたちの侮蔑的な表情は目に入らない。仕事がある、飛行機で海外に行く。その喜びでいっぱいで、機内には大きな声と笑いが渦巻いていたのだった。

あれから8年、バングラデシュは「世界最貧国」にとどまったまま。革命は起きず、起きるのは毎年の大水害だけだ。
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