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156 白虹事件
2015年5月12日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
昨今の政権与党による国家の在り方、憲法、軍事に関する極めて危険な動きに危機感を持っておられる方は多いと思います。私は現在とりわけ報道機関に対する猛烈な圧力を見ながら、日本はとうとう、こういう段階に来たのかと、あらためてハラを決めています。

報道機関は政府による許認可事業ですから、廃業も含めて、権力者ならどんな圧力でもかけられるのです。でもだからこそ、戦前の悲惨な状況を再現させないために、報道の自由や、放送法が制定され、時の権力者に不都合な事実でも、事実である限り、国民に知らしめる自由を報道機関に保障してきたはずでした、少なくとも表向きは。

それを破廉恥にも、今や堂々と壊し、情報操作によって国民の意識を権力者の都合のよい方向に向けようという企みを、今や隠そうともしなくなっているのです。従来は散見できた、現政権の意図することに不都合な意見を表明する人達の多くが、もはやマスメディアでは見ることができなくなっています。お気づきでしたか?

現政権はそれを極めて巧妙にやっています。そんな状況の中で、私が今思い浮かべているのは、「白虹事件」のことです。漢文で「白虹日を貫く」と言うと、それは国の大乱、革命を意味するのだそうですが、その「白虹」を事件名にした「白虹事件」とは、今から97年前に起きた、政府による悪質な言論弾圧事件です。現在の日本社会のありようと、政権中枢に居る人々のやり口を見ていますと、ぞっとするほど類似していますので、ここであえておしゃべりさせていただきます。

話は、1918年(大正7年)にさかのぼります。大正デモクラシーが頂点を極め、前年秋のロシア革命が、世界中を震撼させていた時期のことです。

1918年8月、シベリア出兵をあてこむ米の買占めによって米の値段が暴騰しました。あまりの不条理さに、富山県の漁村のおかみさん達が大挙して米屋におしかけ、打ち壊しを始めたことに端を発した「米騒動」は、たちまち全国に広がりました。

東京・大阪・神戸などの都市では焼き打ち、強奪の大暴動となり、政府は警察だけでなく、軍隊までも動員して、力ずくで事態を収拾しようと懸命でした。

時の首相は、長州閥、陸軍出身の寺内正毅でした。内閣は暴動拡大防止を理由に8月14日、米騒動に関する一切の新聞報道を禁止しました。報道の全面規制です。

それに対して、新聞記者側は全国的に呼応して「禁止令の解除」および「政府の引責辞職」を要求し、記者大会を開きました。8月25日に開かれた関西記者大会には、九州からの出席もふくめて86社、代表166名が参加し、それぞれ強く政府を弾劾しました。

大阪朝日のその日の夕刊には、大会の記事が掲載されましたが、その中に「白虹」という言葉がありました。

「『白虹日を貫けり』と昔の人が呟いた不吉な兆しが……人々の頭に電の様に閃く」という文章です。そしてその一節の前には、「我が大日本帝国は、今や怖ろしい最後の審判の日が近づいてゐるのではないか」とあったのです。

かねてから言論弾圧の機会をねらっていた、寺内政権は絶好の機会とばかりに、ここで一挙に攻撃に出ました。朝日新聞の報道を「朝憲紊乱罪」(天皇制国家の基本法を乱す罪)という当時最大の罪にもあたるとし、新聞紙法違反により、これも最強力の罰則である「発行禁止処分」、つまりは廃業、会社解散に追い込もうとしたのです。

当時は稀代の悪法、治安維持法はまだ成立していなかったのですが、そのわずか7年後の1925年(大正14年)には、政府は治安維持法を強引に成立せしめ、1928年にはさらに改悪して、恐怖政治の道具として大いに濫用しました。

検事局は問題の記事の筆者である大西利夫記者と編集兼発行人の山口信雄氏を起訴し、各6ヶ月の禁固刑の上に、朝日新聞の発行禁止処分を求刑しました。右翼のボス達の組織である大同団結浪人会は、朝日新聞を「非国民」と断じて、その処分に関して司法権を監視すると決議しました。

朝日新聞の村山社長は、当局に対して監督不行届きを陳謝し、社内の粛正を誓いましたが、9月28日、新聞社からの帰途、大阪・中之島公園内で数名の暴漢に襲われました。

乗っていた人力車は転覆し、村山は暴漢に杖でなぐられたのちに「代天誅国賊」としるした布切れを首に結ばれ、石灯籠に縛りつけられました。

暴漢たちは、「檄文 皇国青年会」と記した印刷物数百枚などを現場にのこして逃走しましたが、その後の調べにより、黒龍会の所属であったことが判明しました。

結局、寺内内閣は9月のほぼ同時期に退陣し、9月29日、原敬が首相兼法相となりました。原は郵便報知新聞の記者から大東日報の主筆をへて外務省に入った経歴の持主であり、その後にまた大阪毎日から請われて契約社長に就任したことさえあるという、新聞界を熟知した人物でしたので、かえって新聞操縦術にたけていたと言えるのかもしれません。

村山朝日新聞社長は、原を訪れて寛大な処置をもとめ、編集首脳とともに自分も辞任することによって、朝日新聞は「発行禁止」、つまりは廃業をまぬかれました。

原は朝日新聞新社長の上野理一を電報で呼び寄せ、鈴木司法次官立会いにて決意を確かめ、起訴された社員に対して、判決には控訴しないよう説得することまで約束させました。

この会談の3日後にあたる12月4日に、2人の被告はともに「禁固2ヶ月」を言い渡されましたが控訴せず、朝日新聞は発行禁止処分=廃業処分を受けなかったのです。

政府の理不尽を弾劾する新聞記者の大会を開催できるような社会的環境が、かろうじてでもあった時期から、ほんのわずかの間に、全国の新聞は朝日新聞が受けた脅しに震え上がり、メディア本来の役割を完全に放棄することになったのです。

流れは始まるとあっという間に奔流になります。甘く見ていると、いつの間にかとんでもない事態になってしまったという事例が、この白虹事件だけでなく、近現代の世界の歴史にも、わんさとあります。だからこそ、実際は何があったのかを私達はよく知るべきですし、知る努力をするべきだと思います。

本来は、美しい、夢の架け橋であるはずの「虹」から、こんなことを連想しなければならないのは、私自身にとってもたいへん悲しいことですが、「白虹」の彼方には、なしくずしの戦争と悲惨への道が開かれていったのです。どうかご記憶ください。

最後になりますが、この記事の筆者であった大西利夫氏(大阪生まれで、京都大学文学部のご出身でした)は後年、こんなふうに語っておられました。ちなみに氏は朝日新聞を退職させられた後は、松竹株式会社に拾ってもらい、脚本家として戦後まで生き延びました。没年は1977年、88歳でした。

「白虹事件というのは、日本の言論史の上でかなり大きな意味をもっておりまして、『朝日』もこれ以後変わりますし、他の新聞も、うっかりしたことは書けん、というように……。

そうなんです。その時の『朝日』のあわて方もひどかったんです。天下の操觚(そうこ)者[言論機関]を以って任じ、一世を指導するかのように見えた大朝日も権力にうちひしがれて、見るも無残な状態になる有様を私、見たような気がして、余計ニヒリスティックになったんです。世の中のこと、すべていざという時には、こんなものか、というのが若い頭にピシと入った。これはいまだに入っています。」

報道の現場にいる数少ない心ある人達は、今どう考えていることでしょうか?
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