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縁の下のバイオリン弾き
134 ベジタリアン
2017年2月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 伊藤若冲(1716−1800)
「野菜涅槃(ねはん)図」
野菜で釈迦の臨終を描いた。真ん中の大根が釈迦。
もうなくなったが、邱永漢(きゅう・えいかん、1924−2012)という作家がいた。この人は日本統治下の台湾で生まれ育った。つまりその当時は生まれながらの日本人だった。しかし日本が第2次世界大戦にやぶれて国民党が台湾を接収するとその支配に反抗する運動をして首に懸賞金をかけられ、居所がなくなって日本に移って作家になったという異色の経歴の持ち主だ。のちに日本に帰化した。

この人が書いた「食は広州にあり」という食味随筆の中だったと思うが(今その本が手元にないので確かめられない)、かれが中国仏教徒の精進料理をけなして奥さんにたしなめられる話がある。

日本でも仏教の寺では精進料理を食べるけれど、中国の精進料理といったら日本のなどはとても比べ物にならない。「もどき料理」といって、寺院外でたべられている普通の中国料理をそのまま精進料理として再現しているのだ。そのために豚肉、牛肉、鶏やあひる、魚、いかやえび、肉団子にいたるまで本物そっくりの料理が存在する。その材料はだいたい豆腐だ。一口食べるとまるで本物を食べているような味がする。日本にもこの種の料理はあるのかもしれない。しかし同じもどき料理といっても、がんもどきぐらいでは中国料理の本物再現の執着と努力にはとうてい太刀打ちできない。

邱氏はその再現に必要な情熱に感心するどころか、「そんなに肉が食べたいんだったら食べればいいじゃないか。みれんがましい」と批判した。奥さん(中国人)が「だからあなたは人情がないというのです。食べたくても食べられない仏教の僧侶が涙ぐましい努力をして肉の代わりを作っているのだもの、すこしは同情してもいいじゃないですか」といった、ということだ。

私は長年この邱さんの意見に賛成だった。世界にはろくに食事もできない環境の人がたくさんいる。なんでも食べられるめぐまれた社会にいながらわざわざ自分からワクをはめて肉を除外する。それなら覚悟を決めて菜食に徹すればいい。へたに肉のまがいものを作るぐらいなら菜食なんかやめろ!と。

でも中国人が精妙な肉の代用品を作る、というのには無理もないところがありますね。その昔、香港に住んでいた頃、台湾に旅行したことがある。古都台南の開元寺というお寺でおとき(昼食)をご馳走になった。もちろん全品精進料理でたいへんおいしかった。

一緒にごちそうになった人は全員白いご飯をたべていたのだけれど、年のわかい僧がひとりだけ炒飯を食べていた。食事係の老僧が「彼は力仕事をするからああいうものをたべなきゃならないんだ」と説明してくれた。

炒飯といっても肉は何も入っていない。でも油でご飯を炒めるというコンセプトは同じだ。日本の禅寺ではこのような料理は出ないだろう。

そのときに考えたのだが、寺を一歩出ればそこは中華料理の世界だ。ほとんどすべて油で調理する。お坊さんになったからといって急に油気の少ない食事にスイッチすることはたいへんな苦痛だろう。力仕事うんぬんだけではなく、実際に油を使った料理をたまにでもたべないことにはしんぼうがつづかないのかもしれない、と。

そう考えると邱永漢さんの奥さんの意見もうなずかれる。

日本の食環境は中国とは異なる。日本料理ではあぶらっこい料理といってもしれたものだ。そもそも日本では近代になるまで動物の肉をたべなかった。日本で「なまぐさ」と仏教徒から呼ばれる料理は魚を使った料理のことだった。牛や豚はもちろん、鶏だってめったなことでは食べなかった。きじとかかもとか、野鳥は食べたけれど、そんな食材は日常手に入るものではなかっただろう。

豆腐でうなぎの蒲焼のまがい物を作ると聞いたけど、そういうのはよほど特殊な例ではないか。近代以前の日本の普通の食事と寺院の料理はそんなにかけはなれたものではなかったように思う。明治維新から150年、普通の日本人の食事は激変したけれど、じゃあ禅寺の精進料理がその変化を反映した精進料理を創造したかというとそんなことはない。すき焼きもカツ丼もおさらばで、日本では当たり前のことだ。

これは仏教の精進料理のことだが、もっと話をひろげて菜食料理、いわゆるベジタリアンについてもふれてみたい。

私が高校生の時だったと思うが、新聞に下のような趣旨の主婦からの投書がのった。

「アメリカからお客様が来ることになった。一家そろって菜食主義者だから肉や魚はいっさい食べられないと事前に通告があった。でもせっかくの遠来のお客様をおもてなしするのにそれではあまりにさびしい。ちょっとだけならいいんじゃないかとかきあげの彩りに小エビをいれた。すると食べる段になってむこうの奥様がむずかしい顔をして『私たちは宗教的な理由で菜食主義者なのです。神様に禁じられているのですからどんな小さな動物の肉でも食べてはいけないのです』とおっしゃる。私はきびしい戒律をまもる彼らの敬虔な態度に感心し、自分のいいかげんさを恥じた」

それを読んだ時は私も菜食主義者ってそんなものかなあ、ぐらいの印象しかもたなかった。

でも考えてみるとこの菜食主義者の言い分はじつにごうまんだと感じる。これを書いた主婦がそんなに感心したり恥じ入ったりするようなことではない。日本人はそういう、自分にとって不可解な経験をしたときにあまり感情をあらわさない人が多いけれど、むしろ積極的に怒ってもいいことだと思う。

見ず知らずの他人をもてなそうと思っていっしょうけんめい料理をしたのではないか。客となったらどんなものを出されたってありがたくいただくのが人の道だ。自分は菜食主義者だ、とかユダヤ教徒・イスラム教徒のようにうろこのない魚は食べられない、とかいうのはその人個人の事情だ。それを他人におしつけるというのは自分の価値のほうが他人の価値より高いと公言するのと同じではないだろうか。たとえ神様が決めた事だってその神様を信じていない人にその規則をまもらせることは理不尽ではないか。

菜食主義者が一番困るのが、ベジタリアンといったとたん、山のようなサラダを出され、「さあ、どんどん!」と言われることだそうだ。けれど小エビひとつで上記のような反応をされるのなら、サラダさえ出しておけば無難だろう、ということになってしまってもおかしくない。


というふうに長年考えてきた私だけど、じつは去年菜食主義に鞍替えしたのであります。もっとも魚は食べているから厳密な意味の菜食主義とはいえない。要するに肉絶ちです。やってみるとこれはかなり不便なものですね。家では豆腐や納豆を食べていればすむけれど、外食するとなるとアメリカではほとんど食べるものがない。

そうやって宗旨替えをしてからさきほどの小エビの件を考えるとこれがまた違ったふうに見えてくる。もちろんかれら菜食主義者がごうまんであるという考えは変わらない。じゃあ、客に呼ばれたら最後、肉だろうが七面鳥だろうがなんでも食べるか、と言われると「いや、それはちょっと…」ということになる。

まったく矛盾している。ことには私には神様の後ろ盾があるわけではない。「宗教上の理由により肉をたべない」ということではない。

理由は健康上のことだ。一昨年の12月から去年の6月にかけて、7ヶ月の長きにわたって私は「複視」という病気だったのである。

英語では正式には「ディプロピア」、普通は「ダブル・ビジョン」というのだが、目の異常ではあっても、眼球自体がやられたわけではない。視神経がおかしくなって、二つの目玉が違う方向を向くというやっかいな症状だ。

片方ずつの目は正常に見えるが両目では全てが二重に見える。あぶなくて車の運転もできない。それでメガネの片方のレンズを黒く塗りつぶして、カリブ海の海賊よろしく眼帯にしていた。

原因は不明である。これは私がいうのではない。視神経異常の世界一の専門家がそういうのだ。そして治療法もない。待っていればいつか治る、という。

だから私はひたすら待った。その専門家がこんなに長く続くのは見たことがないというほど待った。でも症状は回復しない。

わらにもすがる思いで肉食をやめたのだ。

結果として病気は治ったのだが、それが肉食をやめたためなのか、医者のいうとおりただ待っていたのが功を奏したためなのかはわからない。わからないけれど、いったん始めたことを、治ったからといって現金にやめてしまうのはわらにたいしてもうしわけない。第一原因不明のこの病気がいつまた襲ってくるともしれないのだ。

そうやっていったんやめてみると、人様からご馳走になったからといってそう簡単に肉を食べ始められるものではない。ちょうど酒をやめたときと同じように、宗教上、道徳上、健康上の理由などはどうでもいい、単に肉なしの記録を伸ばしたいという欲望だけでそれまでの清浄な食生活をご破算にすることができないのである。

ただでさえアメリカでは菜食を維持するのがむずかしい。ハンバーガーひとつ食べたって真っ白い布に一点の墨汁が落ちたような感じがする。すべてが汚されたように感じる。だから食べることができない。

もっとも、さいわいなことに、このごろではベジタリアニズムに対する社会の理解もすすんでいるようで、ベジタリアンですといえばまあたいていのことは大目にみてもらえるようになった。

それにアメリカではお客になるといってもパーティー形式が多いから、食べ物も選べることが多く、実際のところはホストに失礼なことはしていない。

先日ベジタリアン専門のベトナム料理屋をみつけてモック・ダック、つまり偽物のあひるの料理を食べたときは本物そっくりなのに感じ入った。その店ではベトナムの料理ばかりではなく、ベジタリアンのハンバーガーやチキンフライも提供する。

30年前の映画「1984」で、食堂で人造肉の食事をしている隣人が「人造肉というけれど、味も舌触りも本物と変わらない」と絶賛するのを聞いて、主人公のウィンストン・スミスが自分の皿を押しやりながら、「よかったら食べてくれないか、私にはリッチすぎる」と皮肉っぽくいうのを思い出した。

あれは全体主義の話で、戦時下の統制経済でいやもおうもなくひどい味の人造肉を食べさせられているのだが、そういう悲惨な未来ではない、もっと人間的なベジタリアンのアメリカを考える時に中国の「もどき」料理は参考になるのかもしれない。

すでにそのきざしは見えていて、先日も「トレーダー・ジョーズ」という健康志向のスーパーの一番人気の商品が「ソイ・チョリソー」なのだと取りざたされていた。チョリソーというのはスペインのからいソーセージだ。それを肉でなく、大豆のタンパク質でつくったものが「ソイ・チョリソー」だ。

そういう大豆の模造品がアメリカでだんだんに人気を博していく。サンクスギビングには豆腐でつくったターキー、「トウファーキー」というものが登場する。

私は食べたことがないからうまいのかまずいのか知らない。けれども、ただ野菜をそのままのものとして食べるのではなく、是が非でも肉に見立てて食べたいという欲望を目にすると、自分がベジタリアンであるのも忘れて、「そんなに肉が食べたいのなら本物を食べればいいじゃないか」と毒づきたくなる衝動を抑えきれない。
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