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縁の下のバイオリン弾き
175 孤高の人
2020年7月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 映画「シェーン」の舞台となったワイオミング州グランド・ティートン国立公園
これはあまり大きな声では言いたくないのだが、私はかたくなな銃器全廃論者でありながら、ある種の銃器についてはやけに詳しい。

それは西部劇のファンだったからで、中学生の時に当時たくさん出ていた西部劇関係の雑誌をむさぼり読んだ。もう19世紀アメリカ西部に関することはなんでも読んだ。

大は南北戦争の経緯から、小はカウボーイが着ているチョッキ(えりがついている)まで、私の興味をひかないものはなかった。子供の記憶力というものは恐ろしい。その記憶が消えないのだ。

その中で一番問題になるのは銃である。現在の私は銃こそがアメリカの諸悪の根源だと思っているが、そう思っているからと言って記憶がなくなるわけではない。

19世紀はアメリカの銃器が最も変化・発達した時期だ。私が西部劇映画を見ると、登場人物の持っている銃が一目でなんだかわかってしまう。ブランドからモデルから年代まで別に知りたくもないのに、自動的に頭にのぼってくる。

お察しのように、これは少しもいいことではない。「この年代だとああいう型のガンはまだできていなかった。困るなあ」なんて思ってしまう。そんなことは全然知らなくて映画の物語を楽しめればいいのだが、それができない。

この知識は西部開拓時代の銃器に限られている。現在の自動銃、機関銃のたぐいにはなんの興味も知識もない。西部劇と関係ないからだ。

銃は殺人武器であるはずだが、中学生の私にはそういう意識はなかった。日本の時代劇ではチャンバラがお決まりであるように、私にとっては全くの「絵空事」だった。


一方で私は南北戦争の争点となった奴隷制についても随分学んだ。そして1960年代を若者として過ごした誰もがそうであるように、アメリカの人種差別に無関心ではいられなかった。マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された日のことは、今でもはっきり覚えている。

高校一年の時アメリカ南部に留学していた同級生が日本に帰ってきてクラスでその経験を話したことがあった。彼は「人種差別についてはアメリカの父親(と彼は言った)が話してくれた。アメリカには独自の長い歴史があるのだから、何も知らない他国の人がどうこういうことではないと言われた」と言っていた。その父親は白人だったに違いなく、私には納得できなかった。どのような歴史があるにせよ、明白な差別をして、極端な場合はリンチにかけて殺してしまう、というような行為が正当化されるはずはないと思った。それに私は南北戦争の原因や経過、その裏にある思想信条まで、スポンジが水を吸い込むように読んでいたのだから、自分が「何も知らない他国人」だとは思っていなかった。


ボストンに来てアイリッシュ・ミュージックを始めてから、私は一度だけバイオリンを持ってミュージック・フェスティバルに行ったことがある。それはアイリッシュそのものではなく、オールド・タイミーと呼ばれるアメリカの伝統的な音楽のフェスティバルだった。

そのフェスティバルで私は初めて南部連合の旗が振られるのを見た。アメリカの旗はご存知の星条旗だけれど、奴隷制の是非で合衆国とたもとを分かった南部諸州は独立国としてアメリカ連合を名乗り、独自の旗を制定した。それは赤地に青のぶっちがいを配し、その中に13(連合州の数)の白い星を並べたものだ。北の連邦政府はもちろんこの「国家」を認めなかった。北部人は彼らを「叛徒(はんと)」と呼んだ。

南部連合が4年の戦闘の果てに北部に敗北したのは1865年のことで、私がフェスティバルでその旗を見たのは1978年ごろのことだから、百年以上の時が経っている。

私はもちろんその旗を知っていた。そしてそれが南部の白人の郷愁と誇りのシンボルであることも知っていた。けれど、百年以上前に消滅した国家に忠誠を誓うようなこの旗の出現に私は驚かないわけにはいかなかった。それは勤皇佐幕の戦いに敗れた徳川幕府を懐かしんでチョンマゲ姿で出歩くようなものに思われた。馬鹿げていると思った。

しかしそれは馬鹿げていることではなかったのだ。南部の文化、伝統、歴史を今も現実のものとして守りたいと思っている白人は南部人の多くを占めていた。敗れたとはいえ、彼らは自分たちの方が北部の人間(南部人は北部人をヤンキーと呼んだ)よりも優れていると固く信じていた。

そのフェスティバルで南部の旗が振られたのは、フェスティバルの音楽そのものが「元々は南部のものである」という心情があったからだ。実際にそれはバージニアやテネシー、南北カロライナから出た音楽だった。

同時にこの旗は、黒人を人間以下のものとみなして、強制労働に使い、大農園を経営して貴族的な生活を楽しんできた白人たちのシンボルでもある。

私はそれを見てフェスティバルに来たことを後悔した。自分が恥ずかしかった。私はアメリカの伝統音楽が好きだったけれど、奴隷制に賛成するいわれはない。人種差別には真っ向から反対する。そう思って見回すと、周りは白人ばかりで、異人種は私以外誰もいなかった。

それ以来、人種偏見の少ないカリフォルニアに移住するまで、私はミュージック・フェスティバルに参加したことはない。


その旗を振り回していたのはごく少数で、参加者全員がその旗をよしとしているわけではなかった。それも当然で、場所は北部のコネチカット州だったのだから、そんな時代遅れの「南部の魂」を北部人が共有しているはずはなかった。

でも他の場所で大っぴらにそんな旗を振れなかったからこそ、このミュージック・フェスティバルに南部の旗を持ち込んだ人間がいたのだ。

これが白人の音楽であるなら、私は黒人の伝統的な音楽、例えばブルースを選んでもよかったのだ。でも、バイオリンはその音楽では主要楽器ではない。私がアイリッシュ・ミュージックに特化したのはそのせいもある。

奴隷制こそ廃止されたが、人種差別は南北戦争後も続き、黒人の法的地位は1960年代の公民権運動まで確立されなかった。実質的にはそれからも差別は続き、今年5月25日に非武装の黒人が白人警官によって殺されたことをきっかけに“Black Lives Matter”の大運動が起きたことはご承知の通りである。

またこの運動によって、一年も前に、サングラスにマスクをした病身の黒人青年がそのいでたちのために怪しまれ、白人警官たちによって殺された事件が明るみに出た。もちろん非武装だった。その他にも黒人が警官に殺された事件は枚挙にいとまがない。


南部連合旗は国旗としては消滅したが、南部の州旗の中に組み入れられて生き延びた。ジョージア州の州旗は何年か前に改定された。最後に残ったミシシッピ州の州旗が撤廃される運びになったのはなんと今年の6月末のことだ。155年たってようやく南部連合の旗は消えた。黒人にとってはこの旗がどんな形であれ生き延びていた間は、差別のおぞましいシンボルだった。

現在、南部連合の政治家や軍人を記念する銅像や記念碑が人種差別を肯定するものとして心ある人々から非難され、時にはデモ隊によってひき倒されている。トランプ大統領はこれを非難して、銅像や記念碑の破壊は犯罪だというけれど、これには正当な理由がある。実はこれらは南北戦争後ずいぶん経ってから、南部の旧制度を復活することをもくろむ白人たちによって建てられたものだ。

アル・グリーンという黒人の国会議員がテレビで言っていた言葉が忘れられない。「ドイツに行ってごらんなさい。どこにもヒトラーの銅像なんかないよ」と。


子供の時から西部劇の映画を見てきた私が一番好きなのは「シェーン」である。何回見たか数えきれない。私はこの映画の元となった歴史的事件の現場を見たい一心で、ワイオミング州のバッファローという街まで何百マイルを車で行ったほどなのだ。

ワイオミングに入植した農民の家に、流れ者のシェーンが一夜やっかいになり、そこで働くようになる。敵対している牧場主とのあつれきに、彼は農民の側に立って戦い、雇われガンマンの殺し屋を倒して去ってゆく。それを農家の8歳ぐらいの子供の目から叙情的に描いた美しい映画だ。

山場はシェーンと殺し屋の一対一の決闘だ。その時にシェーンは「お前のことは前に聞いたことがある」という。「ほう、なんて」と殺し屋。「薄ぎたない大嘘つきのヤンキーだってな」。殺し屋はニヤリと笑って、「証明してみろよ」といいざま、銃を引き抜く。目にもとまらぬ早技でシェーンの銃が火を吹き、殺し屋は吹っ飛ぶ。

この最後のセリフで、流れ者シェーンは南軍くずれであることがわかる。南部人の怨念を映画のシェーンは代表しているわけだ。

でも、ジャック・シェーファーの原作小説には、このやりとりはない。そもそも南北戦争についての言及もない。舞台のワイオミングは北部の州で、南部人がやってきてヤンキーを非難する、ということ自体つじつまが合わない。殺し屋が北部人だとも書いてない。

なぜシェーンは南部人になっているのか。それは「滅びゆくものの栄光」をあらわすためなのだ。日本にも「判官(ほうがん)びいき」という言葉がある。英雄でありながら、兄の頼朝のために理不尽に殺される九郎判官義経に肩入れする気持ちをそう呼ぶ。要するに負け犬に同情する心だ。

シェーンは自身ガンマンでありながら、彼の時代は過ぎ去ってしまったのだということを自覚している。一度は思い立って銃を捨てたが、結局は人を殺し、愛する人を見捨てていずこともなく消えてゆく。「シェーン、カムバック!」という少年の呼び声を背に受けながら… 。

私がこの映画を初めて見たのは劇中の少年より少し年長だった頃で、シェーンを英雄視する少年と同じように、私も彼の崇高さに打たれた。男の中の男だと思った。強いからではなく、やさしいからだった。

その思いが、今回の抗議運動で崩れた。南部人だということは、あの連合旗を振った連中と五十歩百歩なのではないのか。正義の味方が、まさかにそんなことはないだろうが、黒人を蔑視して人格を認めなかったかもしれない。いやいや、悪くすると悪名たかいクー・クラックス・クラン(白衣の幽霊のような扮装で黒人を襲撃し、殺した白人至上主義団体)のメンバーだったかも!


いや、待て待て。「シェーン」はあくまでフィクション。ここは冷静に考えよう。

「シェーン」の筋は人種問題とは全く関係がない。黒人は一人も出てこない。南北戦争がらみのセリフは映画化に際してわざわざ付け加えられたものなのだ。

この映画が作られた当時(1953年)は、前述の銅像や記念碑が盛んに作られた頃で、南部の理想化が大手を振ってまかり通っていた。シェーンをいやが上にも孤高の人間像にしたい製作者のさかしらが、たった一言のセリフとなり、思わぬ逆効果をもたらしたのだろう。


“Black Lives Matter”の抗議運動を見ると、南北戦争はまだ終わっていないのだと思わぬわけにはいかない。



注1)黒人のジョージ・フロイドさんが警官に圧殺されたのは北部のミネアポリス市での出来事です。Black Lives Matter の運動はすべての人種差別に反対しているので、だからこそ、全世界に波及しました。ここに「南北戦争はまだ終わっていない」と書いたのは、黒人はまだ本当には解放されていない、という意味で、南部だけに人種差別が残っているという意味ではありません。誤解のないよう書き添えておきます。


注2)Black Lives Matterをどう訳すべきか、迷っていることを第173回 “I can and I will”に書きましたが、20年6月18日付の朝日新聞に寄稿された「肌の色が生死分ける米の構造」というオピニオン記事の中で、京都大学の竹沢泰子教授が「黒人の命を粗末にするな」と訳していらっしゃるのを読みました。英語の外見にとらわれず、事の本質にずばりと切り込んだ名訳だと感銘を受けました。
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