1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
縁の下のバイオリン弾き
177 一将功成りて
2020年9月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 天安門広場に現れた「民主の女神」像
1990年の私の日記の一節である。

「去年の天安門事件で学生たちの指導者の一人だった柴玲(さい・れい)が外国に脱出していたことがこのほど明らかになった。はっきりわからないけれども、パリにいるらしい。夫の封従徳(ほう・じゅうとく)もいっしょだ。事件後の厳しい弾圧をかいくぐって、よく生きのびられたものだと感嘆する。それもウーアルカイシー(指導者の一人)のように事件後すぐに国外に脱出したのではなく、少なくとも六ヶ月は中国で地下に潜っていた。追及を逃れるために整形手術をして相貌を変えたらしいということだが、してみると中国には彼女の潜行を助けた人々がたくさんいたのだろう。それも驚異だ。彼女よりもずっと小物の学生たちがつかまって、ろくな裁判もなく死刑になったりしているのだから、もしつかまっていたら、どんな運命が待ち受けていたか知れたものじゃない。

柴玲が天安門広場を脱出した直後、テープに吹き込んだ声明を朝日新聞が発表したことがある。冒頭に『私は柴玲です。まだ生きています』と言っている。天安門広場の虐殺を目撃した者として、また学生たちの指導者として、そう言わなければならない気持ちはよくわかる。そのテープの中で彼女は虐殺の惨状を語り、その声は慟哭のためにしばしばとだえている。俺はテープを聞いたわけではなく、文字に起こされたものを読んだだけだったけれど感動した。もし英雄的ということが人間の間にあることなら、23歳のこの女性こそ英雄的だと思った。何とか生きのびてほしいと祈った。それがすでに数ヶ月前のことである。彼女が死ななかったということは、中国の民主化運動が死ななかったということだ」

もはや30年の昔になってしまったが、天安門事件というのは学生たちが先頭に立って政府に民主化を要求し、北京の天安門広場に座り込んでハンガーストライキを実行した、というものだ。一時は50万近い民衆が広場に集まった。事件の発端から7週間におよぶ政府と学生のにらみ合いの後、当時の最高実力者、小平の決断によって軍隊が送り込まれた。彼らは広場の民衆に発砲し、運動は粉砕された。

英国大使館の調査によると1万人が殺されたということだが、実数は情報源によって開きがあり、中国政府の隠匿もあって確定していない。その後に逮捕、刑死したものは数知れない。

私は心から絶望した。中国の軍隊は「人民解放軍」というのが正式な呼称である。その名の通り、人民を封建制度から解放し、人民を守るのがその本分だ。その解放軍が民衆に発砲するなんて。

私はこの時から中国を応援するのをやめた。それまではどんなことがあっても私は中国の味方だった。あの文化大革命の狂気の後、中国は幾多の苦難を経て、徐々に豊かになりつつあった。それに伴い、民主化の要求が出てきた。それは当然だったし、中国政府としても無視できないはずだった。天安門事件はそういう文脈で起こったのだ。そしてもちろん、私は中国の民主化を願っていた。それが裏切られた。

私は1968年の「プラハの春」事件を思い出した。当時のチェコスロバキア共和国が「人間の顔をした社会主義」を唱えてソ連(当時)のくびきから脱し、独自の政策を進めようとしたところで、ソ連の主導によるワルシャワ機構軍の侵入を受け、壊滅させられた事件だ。この1968年の夏、私は夏休みを利用して香港にいた。ラジオでこのことを知った私は衝撃を受けた。焼けつく日差しの中、当時の香港政庁前の公園に座り込んでぼうぜんとしていた。映画「野生のエルザ」の主題曲 “Born Free”がずっと頭の中を駆けめぐっていた。

天安門事件と同じ1989年に「プラハの春」の指導者、失脚していたドプチェク書記長の復権がなったのだ。中国はそういう共産主義国の圧政の失敗を学んでもよかったはずだった。

しかし中国の指導者は民主化により、自分たちの権力が犯されることを恐れた。


それから10年近く経って、私はアメリカのラジオで柴玲のインタビューを聞いた。彼女は英語でしゃべっていたのか、あるいは中国語で話したものに翻訳をかぶせたものか今となってははっきり覚えていない。天安門広場を占拠したものの、学生指導者の間ではこれからどうするか、意見の一致が見られなかった。はじめは熱心に学生たちを応援していた市民たちも、長引く闘争に飽き、だんだん支持の手ごたえがなくなっていく。

柴玲は孤立化を恐れた。何とか難局を打開しなければ、全てはジリ貧となる。と言って、運動には初めからしっかりした目標があるわけではない。もともとは亡くなった胡耀邦(こ・ようほう)総書記に対する哀悼から出発した自然な大衆運動だったのだ。

「いつまでも何も起こらなければ、私たちの運動は失速してしまう。いっそのこと、誰かが死んでくれればいいと思ったわ。広場が血で染まらなければ民衆はめざめない。そうなって初めて人々は結束するのよ」

私は耳を疑った。私の英雄だった柴玲は、では冷酷なマキャベリアンに過ぎなかったのか?政治のために、人の命をないがしろにしていいと思っているのだろうか。

彼女がそう思ったすぐ後で、中国政府は彼女のおあつらえの通り、軍隊を送って人民を虐殺した。そのために天安門事件は国際的に大問題になり、中国政府はその後30年、その時の血塗られた手を隠すのに汲々(きゅうきゅう)としている。

これほど幻滅が大きかったことはない。


中国には「一将功成りて万骨枯る」(いっしょうこうなりてばんこつかる)という成句がある。戦場で敵を破り、大きな功績をたてた将軍は称賛され、この上ない名誉を与えられ、富貴は望むままだ。しかしその陰には命を失った何千何万という兵士の骨が戦場に打ち捨てられ、誰にも顧みられることなく干からびてゆく。

その将軍は自分が命を捨てようとは毛ほども思っていない。敵がやってこない後方の安全な地帯にいて、ああしろこうしろと指揮するだけだ。その指示が誤っていようと関係ない。死んでゆくのはどうせ名も無い足軽どもだ。

というのがこの言葉の意味だ。そんな例は第二次世界大戦の日本軍に腐るほどある。

私は柴玲の言葉を聞いて、この成句を思い出した。


天安門事件の最も有名な写真は、欧米でタンク・マンと呼ばれている男の写真だろう。天安門に向かう解放軍の戦車の列に、たった一人で立ち向かった勇気ある行動のフィルムから取られたものだ。戦車は彼をよけようとして向きを変えるのだが、この男はすぐにその前に立って、「さあ、轢(ひ)き殺せるものならやってみろ」と言わんばかりに挑発する。戦車はそれを二度、三度と繰り返す。最後には男は(たぶん)公安関係のものに連れ去られる。

これは本当に命をかけた行動だ。この後、戦車は実際に民衆を轢き殺すことにちゅうちょしなかった。そしてこの勇気ある男も生きながらえることが出来たかどうか疑問だ。


はからずも天安門事件のことを思い出したのは、今年香港の民主化運動が挫折したからである。香港と北京では、また1989年と2020年とでは、運動の原因も状況も違う。しかし民主化ということに関しては、中国政府の態度は30年前とあまり違わないように見える。

1997年に香港が中国に返還された時、中国は50年間の一国二制度を約束した。私はその時何とも不思議な感じに襲われた。中国は共産主義であり、香港は資本主義だ。細かいことを言えばいろいろあるけれど、大雑把に言えばそういうことになる。その二制度を維持して、50年経ったら、「はいそれまでよ」と言って、香港の住民は簡単に共産主義に鞍替えできるのか。中国の社会や思想になじめるのか。できるはずがない。

そのうちには中国も変化するかも知れない。あるいは共産党の一党独裁ではやっていけない事態が起こって、政治形態が変わるかも知れない。50年を待たずして中国と香港は円満に合体できるかも知れない。先のことはわからない。

とはいえ、これは「かも知れない」ばかりの夢想だ。

むしろ、いくら香港が民主を主張しても、いったん他国の植民地になった土地を自国の領土に繰り入れた中国がそれを許す甘い態度をとるはずがない。一国二制度は二枚舌の政策だと思う。香港は今年、50年の半ばに達する前に、苦汁を味あわされた。

その民主運動の指導者の一人が周庭(しゅう・てい)だ。彼女はやはり23歳で、勇敢で、その上日本語がじょうずだ(日本に住んだことがないのにあんなに日本語がじょうすだ、ということで私は感心した)。

それで往年の私の英雄、柴玲を思い出したというわけ。

「プラハの春」から天安門事件まで21年、天安門事件から今年までまた31年だ。ソ連は70年しか続かなかった。牛の歩みのようにのろくとも、私は民主化運動の最終的な勝利を信じたい。


注)この稿を書いた後で、インターネットで天安門事件のドキュメンタリー映画“The Gate of Heavenly Peace”の存在を知った。その中で柴玲が「焼身自殺をする」と宣言した場面があるそうだ。してみると柴玲は進んで自分を犠牲にする用意があったと思われる。残念なことに現在私はこの映画を見る方法がないので、これ以上のことは言えない。

最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
NEW
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
僕の偏見紀行
時津 寿之
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
NEW
バックナンバー一覧
178 風前のともしび
177 一将功成りて
176 AOC
175 孤高の人
174 知りたくないの
173 I can and I will
172 コロナウイルス
171 ばかメートル
170 群衆の中の孤独
169 千駄木のこれやん
168 清潔
167 亡友を悼む
166 仙僂里海
165 カルロス・ゴーン
164 多様性
163 めぐりあい
162 バナーニ
161 ビバルディ
160 ジャシンダ・アーダーン
159 まぼろしのオニオン・バーガー
158 こがねのぼたん
157 オランダの絵
156 かすかな訛(なま)り
155 バイオリンとフィドル
154 タブー
153 教会の犯罪
152 ドナル・ホードのこと
151 さしみについて
150 ルピータ
149
148 エマ・ゴンザレス
147
146 書くということ
145 餅(もち)
144 「外国人」
143 微妙なたわみ
142 黒い雨
141 ベーコン
140 根付
139 プリーズ
138 キャベツあれこれ
137 スピリチュアル
136 柿と卵焼き
135 移動と定住
134 ベジタリアン
133 王女と真珠
132 七人
131 イディオムということ
130 平等
129
128 名誉殺人
127 ラフカディオ・ハーンのこと
126 楽器
125 ビスケット
124 動物
123 アイヌ
122 ヘクター・ザ・ヒーロー
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
120 果実の皮
119 コンニャク問答
118 安岡力也の生涯
117 事実は小説より奇なり
116 レイルウェイマン
115 火を起こす
114 ふし穴
113 ジュリー・デューティー
112 目玉焼き
111 歌に歌われる
110 組織
109 人種差別
108 丸い足
107 宗教と女性
106 ディーベンコーン
105 神の味噌汁(みそしる)
104 健さんと平戸
103 バグパイプ考
102 ないです
101 聖地
100 マッカンチーズ
99 再造の恩(2)
98 再造(さいぞう)の恩(1)
97 行水
96 かまわぬ
95 本場もの
94 グーリックさんのこと
93 ケセラセラ
92 日本人の肖像
91 センス・オブ・ワンダー
90 カティ・フラードのこと
89 屋根瓦(やねがわら)
88 一人っ子政策
87 文化の違い
86 干し野菜
85 恐れを知らないギター
84 銀シャリ
83 ターナー
82 デリシャス
81 モハメッド・アリの大勝負
80 ハンマーダルシマー
79 白無常(はくむじょう)
78 アメリカいれずみ事情
77
76 ひつじ
75 ひげにまつわる話
74 ぐちゃぐちゃ
73 宗教の周辺(2)ヘズース
72 宗教の周辺(1)翼と銃
71 となりの芝生
70 ピンピンパンパン
69 帯とバックル
68 レ・ミゼラブル
67 テーブルマナー
66 朝の穀物
65 二人松浦
64 好きこそものの上手なれ
63 パイについて
62 Xのこと
61 琴棋書画(きんきしょが)
60 爪紅(つまべに)
59 絵に描いた餅(もち)
58 ブレーキ
57 シャーロック・ホームズとカレー
56 ポール・マッカートニー
55 野蛮な茶
54 パサディナ
53 複数たち
52 玉米(ぎょくまい)
51 それにつけても
50 はしとさじ
49 ローズバーグ
48 ジャカランダ
47 サンドイッチの話(2)「O.J.シンプソンとハンバーガー」
46 バンジョー
45 ジャージー・リリー
44 工夫
43 かゆのいろいろ
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
41 イニシャルについて
40 無用の人
39 具眼の士
38 天使も踏むをおそれるところ
37 ビスカイーノ
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
35 パトリシア・ハイスミス
34 茶飲み話
33 柴五郎とジョニー・ビーハン
32 戦場のゴムぞうり
31 やきもの
30 記憶としての絵
29 アイリッシュ・ミュージック
28 乳と蜜の流れる土地
27 レディ・ハミルトン
26 Mto.
25 『チャイナタウン」
24 ドライ・ランチ
23 プリンス談義
22 帽子の話(3)「新撰組」
21 アメリカの大学から
20 帽子の話(2)「衣冠を正す」
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
18 マイ・バレンタイン
17 理想
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
15 おらんだ正月
14 シャーベット(下)
13 シャーベット(上)
12 カナダロッキーへの旅―最終回
11 カナダロッキーへの旅―11
10 カナダロッキーへの旅―10
9 カナダロッキーへの旅―9
8 カナダロッキーへの旅―8
7 カナダロッキーへの旅―7
6 カナダロッキーへの旅―6
5 カナダロッキーへの旅―5
4 カナダロッキーへの旅―4
3 カナダロッキーへの旅―3
2 カナダロッキーへの旅―2
1 カナダロッキーへの旅―1
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
1 1 6 5 2 0 6 7
昨日の訪問者数0 4 6 8 9 本日の現在までの訪問者数0 1 0 4 4