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縁の下のバイオリン弾き
180 ヒルビリー
2020年12月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
最近ネットフリックスで「ヒルビリー・エレジー」という新作映画を見た。トランプ大統領の支持基盤としてにわかにに注目されだした白人貧困層の家族を描いたものだ。私は原作の回顧録が出版された時にすぐに読んだので、多様な側面を持つ原作がどのように料理されるかに興味があった。

原作はトランプが大統領に当選するより以前に出版されているので(2016年)、内容はトランプに全く関係ない。けれど、いわゆる「ヒルビリー」の生活と心情をよく表しているので、ベストセラーになった。それはつまり、普通のアメリカ人にとってもヒルビリーはよく知られていない、不可解な人たちだと考えられている、ということを示している。エレジーというのは「悲しい歌」という意味だ。

アメリカ合衆国には東西に南北に走る大山脈がある。西の方にあるのがロッキー山脈で、東にあるのがアパラチア山脈だ。このアパラチア山脈に18、19世紀に住み着いたのがアイルランド、スコットランドからの移民でスコッツ・アイリッシュと呼ばれる。

もともとヒルビリー(hillbilly)という呼称はこれらアパラチア山脈の山の民をいう言葉だった。ヒルとは丘で、ビリーは男を表す記号、要するに「山男」ということなのだろう。

彼らはふもとに住む人々からは隔絶し、孤立していたので社会の進歩・繁栄からは取り残された生活を送っていた。第二次世界大戦が終わった頃から山を離れて都会に就職するものも出てきた。ヒルビリーというのは外部からの呼称で、自分たちではそんな言葉を使わなかった。無理もない。その言葉は「田舎者」を意味し、軽蔑的な語感であったから。

アパラチア山脈が通っているケンタッキー、オハイオ、ペンシルベニアなどの諸州はトランプ関連でよく言及されるラスト・ベルトだ。さびついた工業地帯、という意味。昔は鉄鋼や炭鉱で栄えたが、今では見る影もなくさびれてしまった地方である。ヒルビリーたちは山から降りて一時はそれらの産業に従事したが、鉄工所も炭鉱も閉鎖された今では仕事もなくなり、希望も展望もない生活を送っている。もっとも、ヒルビリーだけが苦しんでいるのではない。これら諸州の住民おしなべて不況にさらされている。

トランプはこれらの貧困白人層に「アメリカ・ファースト」を呼びかけ、彼らの仕事を再生すると約束して大統領になった。しかし、鉄鋼や炭鉱が姿を消したのはアメリカの経営者自身による資本の論理のためだ。安い他国の労働を使ったほうが利益が上がるから、製造業は軒並み外国に移住した。何も外国人がやってきて仕事を奪ったわけではない。しかしラスト・ベルトの人々にはトランプの主張はこころよく響くので、そのために数々の失政にもかかわらず彼の人気は今でも高い。


私はこの「ヒルビリー」という言葉を、五十数年前、日本にいる時から知っていた。なぜかというと、当時私が熱を上げていたカントリー音楽の源流のひとつが「ヒルビリー音楽」だったからである。ヒルビリー音楽はアパラチア山脈の白人がアイルランドやスコットランドからもたらした民謡を元としている。

例えば、1927年から1943年まで活動した「カーター・ファミリー」というバンドがある。名前の通り家族三人でやっていたバンドだが、今ではカントリーのパイオニアとして尊敬されている。リーダーのA.P.Carterはアパラチア山脈を歩き回って歌を収集し、それを自作のレコードに収録した。そういう伝統曲で名目上彼の作曲とされているものも多い。

「カントリー」という言葉からして「田舎」という意味だけど、それがポピュラー音楽として確立する前後は「ヒルビリー」もよく使われた。「ロックの王様」エルヴィス・プレスリーは南部テネシー州の出身で、もともとカントリーから出発した人だったので、50年代に彼がロックを歌い始めた頃はその音楽が「ロカビリー」(ロック+ヒルビリー)と呼ばれた。あまり重んじた言い方ではない。当時、ロカビリーという言葉は日本でも盛大に使われたけれど、その意味を知っていた人は多くなかったと思う。

ボストンで友達の家族と会う機会があった時に、彼のおじさんが昔話に自分の軍隊経験を語ってくれた。彼は軍隊で初めてアパラチアから来た男に接した。その文化が全く自分とは異質で、とても理解できないような行動様式を持っていた、と言った。例えば、楽しみのために犬や猫を殺す、などということだ。「どうしてそんなことをするんですか」と誰かが聞いた。おじさんは教養豊かな、穏やかな人だったけれど、顔を紅潮させて、「奴らレッド・ネックだからさ。ヒルビリーなんだよ!」と吐き捨てるように言ったものだ。

レッド・ネックとは「赤首」ということで、太陽の照りつける下で肉体労働をする労働者は日に焼けて首が赤くなってしまっている、という意味だ。むろん白人を指す。赤首もヒルビリーも、文化程度が低い、教養がない、知的ではない、と彼らをさげすむ言葉だ。

こうして私は「ヒルビリー」が侮蔑のことばであることを学んだのだ。単に音楽を分類するための言葉だとばかり思っていた「ヒルビリー」が価値観を表すことばに変質した。

そういえば、香港で見たアメリカ映画にまさにこの人々を描いたものがあったのを思い出す。題名を “Deliverance”(邦題は「脱出」1972年)という。アパラチア山脈の急流を利用してダムが作られる、というので、それができる前にこの急流をカヌーで旅しようじゃないか、と都会から男たち四人がやってくる。出発点から目的地まで車を運転してもらいたい、と地元の人々に交渉するのだが、相手が何を考えているのかわからない、疑り深そうな、不気味な男たちなので、ビビってしまう。ともかく車は押し付けて、爽快なカヌー行に乗り出すのだけれど、途中で思わぬ事件が起こり、山男たちの邪悪に直面する…という筋だ。

この映画は明らかにヒルビリーを悪役にしている。大方の観客がヒルビリーなんて名前ぐらいしか聞いたことがないのをいいことに、途方もない悪の権化に仕立て上げている。私は原作小説も読んだけれど、作者ジェームズ・ディッキー(アメリカの「桂冠詩人」だった)は南部の人なのに、ヒルビリー悪人説は原作でも同じだった。もっとも小説も映画も「ヒルビリー」という言葉自体は使っていなかったと思う。

スリラーとしては優れていると思うが、私はこの映画のヒルビリー観に賛成しない。ステレオタイプに乗っかって、偏見を助長するものだと考える。とは言っても、私だってヒルビリーに知り合いがいるわけではない。その文化をもっとよく知りたい、と常に思っていた。

そこに「ヒルビリー・エレジー」が出版されたので、すぐに読んだ。

これを書いたJ・D ・ヴァンスという人は根っからのヒルビリーだ。オハイオ州の生まれであるが、近くのケンタッキー州に住む祖母と同居したりしてヒルビリーの心情と習慣が身についてしまっている。父母は離婚していて、母子家庭で育つのだが、その母は麻薬常習者だ。

凄まじい貧困にも負けず、海兵隊に志願してイラクに駐留し、その褒賞として得た奨学金で大学を出、さらにイェール大学の法科大学院に進んで弁護士となった。

その頃、あるパーティーで彼は「お飲み物は?」とウェイトレスに聞かれる。普段はそんなもの飲まないのに気取って「ワイン」というと「赤ですか、白ですか?」と重ねて聞かれた。ワインに赤と白とあるのは知っていたので「白」と答えた。それですんだと思ったのに、「ソーヴィニヨン・ブランにしましょうか、シャルドネにしましょうか」とたたみかけられて、彼は「ねえさん、気取るのもいい加減にしてくれ」と思いながら、仕方なく「シャルドネ」と答える。彼のその選択は、ただただその方が発音しやすかったからだ、という印象的なエピソードを書いている。

私が面白いと思ったのは、ヒルビリーの子供にとって、パジャマというものが、全く見たことも聞いたこともないものだ、と書いてある一節である。実をいうと最近のアメリカでは、特に男のパジャマというものはもうほとんど使われない。デパートに行っても売っていないことが多い。Tシャツとパンツぐらいで寝る男ばかりになったからだ。でもそのことを著者が知らないでわざわざこういうことを書く、ということ自体が彼の立ち位置を明瞭に表す。

ヒルビリーにとって、寝巻きという文化が存在しないまま、何百年も過ごしてきたのだ。昼間着ていたものを上着を脱いだぐらいでそのまま寝るのである。パジャマを知っていて、しかもパジャマを着ない、というのとは雲泥の差だ。

しかし、これらのエピソードは興味深いものの、「ヒルビリー・エレジー」は究極的には努力家の著者が貧困からいかにして抜け出したか、という成功物語になっていて、私には物足りなかった。また、あのボストンのおじさんが話していたような、人間存在そのものに迫るような不気味さが本当のことなのかどうか、という点には触れられていない。映画の方はもっと簡略化されて、母親のドラッグ中毒にもっぱら焦点が当てられている。

ヒルビリーの文化に密造酒(ムーンシャインと呼ばれる)がある。密造酒とはいうものの、それは取締る側からの見方であって、規則ができるずっと前から密造酒の伝統はあったのだろう。便宜的にウィスキーとか、バスタブ(風呂桶)ジンとか呼ばれるが、要するに自家製の純度の高いアルコールであって、そのためかどうかアルコール中毒の割合が高い。現今ではこれにドラッグが加わって手の付けられない状況になっている。(もっともドラッグはヒルビリーに特有のことではなく、現在アメリカ全国をむしばむ大問題だ。これについては稿を改めて書きたい)。


2001年というから、もう20年前になるが、この地方を扱った映画があった。 “Songcatcher”という題名で、邦題もそれに忠実に「歌追い人」というのだそうだ。本当に日本で公開されたのだろうかと疑うほどローカル色が強い映画で、予備知識なしでは日本人にとって分かりにくい映画だろうと思う。

20世紀が始まったばかりの頃、大学での昇進を阻まれた白人女性の音楽学の教授が、学校の先生をしている妹を訪ねてアパラチア山脈にわけ入ってくる。偶然そこで耳にした地元の歌が16・17世紀の英国のバラードを今に伝えていることに気がついた彼女はそれを録音して学会に紹介しようと考える。最新式の蠟(ろう)管レコードを山の中に持ち込み、最初警戒していた山の民とも打ち解けて、計画は順調にすすむのであるが、妹が同僚の女性教師とキスしていたところを見られて、村人により彼女の家は焼き討ちにあう。苦心の収集品であるレコードは溶けてしまい、教授はヒルビリーの恋人と歌のうまい少女を連れて山を下る。

アパラチア山脈の情景が素晴らしく、ヒルビリーの生活が愛情を持って描かれていて、私は感服した。それにもまして彼らの音楽が忠実に再現されていることに強く打たれた。映画はフィクションであるが、基づくところがあるということだ。実際にこの学者のような人々が彼らの音楽を記録してくれていなければ、アメリカ文化の大きな部分が闇に葬られてしまっただろう。

私はそういうヒルビリーの伝統的な歌曲をこよなく愛するものである。



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