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縁の下のバイオリン弾き
168 清潔
2019年12月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
スペイン語のクラスのために英国BBCのスペイン語版ウェブサイトを読んでいた。これはもっぱら南米に関するニュースを報道するものだが、中に日本の清潔さについての記事が載っていた。苦労して読んだら最後に「本記事は英語版をもとにしています。そちらを読みたい方はここを押してください」とあるのでズルをしてそちらも読んだ。

学校で児童が授業終了後、自分たちで教室を掃除することに始まって(アメリカではこういう習慣はない)、街路の清潔なこと、ゴミ箱がめったにないこと、サッカーの試合の後に選手も観衆もゴミを掃除することなどが書かれている。

なぜ日本はそんなにも清潔に気を配るのか、という疑問に答えてそれは仏教の影響だろうとか、いや、仏教を信じる国はいくらもあるが、日本だけが際立って清潔なのは神道という地元の宗教があって、「ケガレ」という観念が元々あったからだとか、なかなかよく調べてあるのだが、短い記事なので一読納得させるまでにはいっていないと感じた。

日本は清潔だ、というのはいまや国際的な定評だ。それは尊敬を持って語られるのが常だ。この記事も、べたぼめだといっていい。勢い自分たち、つまり英国人はとても及ばないという感情が見え隠れするのだけれど、さすがに現在の「自分たち」と比較するのは気がさすのだろう、1600年に日本に来た三浦按針ことウィリアム・アダムス(第104回「健さんと平戸」参照)を持ち出したり、フジロックフェスティバルの観客の態度がいい、など、首をかしげたくなるような比較をしている。

アダムスについては清潔な江戸市内に比べて「当時のロンドンの街路はところきらわず排泄物にまみれていた」、ロックフェスについては「ウッドストックで見渡す限りのゴミの山の中でジミ・ヘンドリックスが演奏したのに比べると、観客がゴミを自分で持ち帰ったり、喫煙者が携帯灰皿を使ったりしたのは見上げたものだ」などと書いてある。

江戸時代は言わずもがな、ウッドストックだって50年前の話ですよ。しかも世界最初のロックフェスで、主催者も観衆もどうやっていいか見当もつかなかった。こんな比較はちょっと変ではないだろうか。


でも私にはこれを書いた記者の気持ちがよくわかる。というのは私自身日本の清潔さにはほとほと感心しているからだ。帰るたびに清潔さが増しているような気がする。当然のことながら、私は祖国が国際的な羨望の的となっていることに誇りを感じる。

そうはいっても「帰るたびに」と書いたことでわかるように、私には日本が一貫してこんなに清潔であったとは思えないのだ。「清潔」の思想はなるほど昔から強固だったかもしれないが、実際には私の住んだ60年代の日本がとび抜けて清潔だったとは言いがたい。最初に見た外国は香港だったがごみごみした街だった。しかし私は中国人が不潔だと思ったことはなかったし、移住するのに何の抵抗もなかった。

むしろ、昔は日本の方が欧米から清潔を学ばなければならないと思われていた。その証拠になるかどうかわからないのだが、当時伊丹十三がこんなことを書いていた。

「米国留学中の広野夢子さん(19)からの報告――『ゴミひとつない清潔な公園』『しつけのゆきとどいた子供達』『やさしいホスト・ファミリー』―――などという記事を雑誌で読むことがあるが、こういういいことづくめの話ほど人をいらだたせるものはない。なるほど公園に紙屑を捨てたのは私が悪かった。しかし、そんなに子供のしつけがゆきとどいているのなら何ゆえにアメリカは失敗作の大人で充満しているのか?」

今その原文がないのでうろ覚えで正確に引用することができず、作者の意見を誤りなく伝えることができるかおぼつかないが、その気分は分かってもらえよう。要するに、日本は文化の質が低くて公徳心がないから公園に紙屑を平気で捨てるようなことをする。子供はしつけがなっておらず、電車だろうとレストランだろうとはしゃぎ回っている。こういうことは改良しなければならないのは事実だろう。でも、そんなにしつけがいいはずの子供が大きくなると何であんなに醜いアメリカ人になるのか、ということだ。

この主張はアメリカに対して肩ひじ張っているように見えるが、その下に流れている劣等感に注目してほしい。今ならこんなことは書くほうがおかしい。でも当時はアメリカ人のほうが公徳心やしつけが発達していて「日本はまだダメだなあ」とみんなまじめに思っていたのだ。私自身その頃の雰囲気をよく覚えている。

火のないところに煙は立たない。実際に当時の日本人は紙屑を捨てていたし、私はしつけのゆきとどかない子供だったから大声ではしゃぎまわって大人のひんしゅくをかっていた。

日本人は当時の状況を乗り越えて、現在の清潔大国に「なった」のだ。私の感覚では、これは街じゅうの歩道が妙に「しゃれた」舗装をされるようになったのに象徴されていると思う。ホコリだらけの泥道ならそれほど気にならないゴミも、1ミリのゆがみもないレンガで埋め尽くされた遊歩道では捨てるのに気が引ける。

自分がその経済的発展と清潔さの向上に一切寄与していないから、私にも日本の変化が魔法のように見える。

街中にゴミ箱が無くなったのは、でもこの記事が主張するように日本人が「自分のゴミは自分で始末する」奥ゆかしさを持っているからではない。今の人はもう覚えていないかもしれないが、直接の理由は東京オリンピックがあった頃、反体制の過激派(もう死語ですね)が、ゴミ箱に爆弾を潜ませる危険を警察が察知して撤去してしまったからにほかならない。清潔などとは関係ない。そのような外国人の誤解は他にもあるかもしれない。


私にはどこか「反・清潔」志向があるんじゃないかと疑っている。抗菌グッズなど、明らかに行き過ぎだと思う。子供が「汚い」ということを異常に気にする。いや、子供だけではない。「賞味期限」なんて、誰の賞味期限かと思う。1日過ぎたらもう食べられなくなるのだろうか。そうやって捨ててしまう食物が膨大な量にのぼる。

大学時代、堀田善衛(ほったよしえ)という作家が書いた「インドで考えたこと」(1957年)を読んだ。インドでアジア・アフリカ作家会議があって、それに参加した経験をつづったものだ。今ではその内容を全然覚えていない。ただひとつ覚えているのは次のエピソードだ。

インドの人は親切で「日本人は魚を好む」というので魚のカレーを食べさせてくれたりするのだが、堀田さんはすべてに違和感が消えない。ある時、川のほとりでピクニック、ということになった。食事の前に手を洗いなさい、と言われて、石鹸を持って川のそばまで行く。「手を川に浸して石鹸で洗う。さてその石鹸のぬるぬるを洗い流そうと川の水を見ると茶色い泥水だ。これで手を洗えば泥がついて元の木阿弥ではないか」というような文章があった。これでは清潔にならない、と訴えているのである。

論理的に考えればその通りだ。けれど堀田さんは大事なことを見逃している。清潔の基準がインドと日本では違うのだ。例え手を洗ったあと、手拭いが茶色に染まったとしても(そのような描写があったと思う)手を洗う前よりは何ほどかきれいになっているはずではないか。インドの人は多分それでよしとするのだろう。第一ほかに川がなければどうしようもない。それが日本人から見ると全然きれいになっていないと思われるのは、日本では100%のきれいさを追い求めるからだ。

実のところインドの人々が本当にそのような基準で生きているのかどうか私は知らない。事実云々ではなく、私は日本人としての堀田さんの考え方、その想像力のなさを問題にしているのだ。私はその時思った。「こういう人は外国に住むべきではないな」と。

その時は知らなかったが、堀田さんは戦争中から上海に住み、晩年はスペインに居を構えてスペインと日本を行ったり来たりしていた筋金入りの国際派だった。のちに彼の書いた画家ゴヤの評伝にはひとかたならぬお世話になった。だからあのインドの川のほとりでの堀田さんの述懐に対する私の感想はまとはずれもいいとこだったのだけど、私の頭の中では堀田善衛といえば上品な絹のハンカチのような人だというイメージが長く残った。それが私の日本人のイメージでもあった。


私は夏休みに初めて訪ねた香港でカルチャーショックを受け、それまでぬるま湯に浸っていたような自分の生活を反省した。香港は活気にあふれていただけに、清潔とはほど遠かった。第一東京とは比べものにならない群衆が街に充満していて、その熱気に当てられた。視覚ばかりではなく、香港では聴覚、嗅覚まで攻撃された。そのころ街はいつでもどこかで工事をしていて、ほこりが舞い上がり、騒音は耳を覆うばかりだった。清潔という観念は静寂ときってもきれない関係にあるのに。

これらの騒音は工事が完了したら止むはずだと思っていたのに、いつまでたってもなくならない。それはある場所の工事が完成する間もなく、別の場所で工事が始まるからである。狭い香港は永遠にこの騒音から逃れる術はないのだ、と思い知らされた。

京都から観光に来たという仏僧が「香港いうのはえらい臭いところですな」というのを聞いた。その通り、香港の空気は種々雑多な強烈な匂いでいっぱいだった。

私はその全てに生活を感じた。これが本当の「生きる」ということだと思った。そうして日本の清潔な、健全な、お互い譲り合う文化に偽善とは言わないまでも、それに近いものを感じていた。

その頃の私といえば、紛争に明け暮れる大学にあきれ、うんざりしていた。口先ばかりの革命を唱える連中には愛想が尽きていた。彼らは大学で暴れるだけ暴れると、そんなことは忘れたように卒業後は日本の経済成長を担う企業戦士となった。

私のうちは普通のサラリーマンの家庭で全然裕福ではなかったが、私は当時の香港の貧困に初めて触れて(日本も貧しかったが、香港はもっと貧しかった)、それまでの自分の生活を恥じた。それで大学院の試験に受かっていたのにも関わらず、香港で自分で見つけた仕事についた。貧しい生活をすることで罪滅ぼしをしたような気持ちになっていた。もちろん、外国で暮らす、ということに目のくらむような興奮と自由の感覚を味わってもいた。

あれが日本風の清潔に別れを告げた瞬間だったのだろう。私の当時の感覚は言うまでもなく青くさいものだった。何も香港まで行かなくても、厳しい現実は日本にもあったから、自国で健闘すればよかったはずだ。でも私はロマンチックな想念に憧れていた。それが私にとっての現実だった。


あれから長い時間がたった。今私の手元には大学卒業50周年の同窓会の招待状がある。来年四月の入学式に出席できるのだそうだ。
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