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縁の下のバイオリン弾き
189 タリバンの旗
2021年9月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ タリバンの旗
カブールが陥落した。私は空港でアフガニスタンのアメリカ協力者が飛び立とうとする飛行機に群がって乗ろうとしているイメージを見てめまいを起こしたような気になった。激しい既視感があった。46年前のサイゴンだ。

あの時私は香港にいて、テレビがなかったので友達の家でその報道を見た。アメリカ領事館の屋上で群がるベトナム群衆を見捨てて最後のヘリコプターが出発した場面だ。

テレビによると56%のアメリカ人があの時には生まれていなかったそうだ。生まれていたとしても物心つくまでには何年もかかるから、ほとんどの人があの場面を覚えてはいないだろう。道理でテレビでは当然あって然るべきサイゴン陥落とカブール陥落との比較がほとんどなかったはずだ。でも私は忘れることができない。

ベトナム戦争が私たちの年代の人間にいかに大きな影響を与えたかは計り知れない。私が日本を出たのだって、ベトナム戦争反対の学生運動が盛り上がり、それに対応できない大学に愛想を尽かしたからだった。

ベトナムでは「ボート・ピープル」が大量に出たが、アフガニスタンもこの先同じようなことになるのだろうか。飛び立った飛行機の外側につかまって離さなかった若者たちが振り落とされて落下する映像が世界を駆け巡った。彼らはアフガン戦争が始まってから生まれた年代でタリバン下の生活を知らなかった。20年戦って、その結果がこれだ。

テレビではバイデン大統領が、「自分たちの内戦を戦おうとしないアフガン人のためにアメリカ人の生命を犠牲にはできない」と言った。これは嘘とは言えないまでも、真実からは遠いと思う。タリバンはアメリカが侵略した当時、全土の90%を掌握していて、国際的にはたった3カ国からしか承認されていなかったとはいうものの、国家としての体裁はとっていた。アフガニスタンはタリバン政権のもとに統一されていたと言っていい。それをアメリカが口実を構えて攻撃したのだ。

アメリカの攻撃理由はただ一つ、復讐だった。同時多発テロを受けて、アメリカ全土で燃え盛った悔しさが振り上げたこぶしの落とし所を探していた。アフガニスタン攻略はそのために行われたのだ。

タリバン政権のやり方が仏像を壊したりして野蛮であるとか女性を抑圧しているとか、それらは後から付け加えられた口実にすぎない。

私はその時戦争反対のデモに参加した。20年経ってアメリカは敗退した。撤退は既定の方針だというかもしれないが、なんの成果もあげられず開戦当時の相手タリバンに全国を明け渡したのだからこれが敗北でなくてなんであろう。

アメリカはアフガニスタン侵攻同様根拠薄弱なイラク攻撃も行った。こちらも遅かれ早かれ破綻することは火を見るより明らかだ。

アメリカでも危ぶむ声がなかったわけではない。その時にブッシュ大統領(息子)は成算を聞かれ、過去にも敗戦国の民生に成功したことがあるといった。それはどこのことかというと「日本だ」というので私は呆れてしまった。日本のように国民に教育があり、戦前から国会がある近代国家と中東の独裁国では比較にならない。私はイスラムの文明に敬意を払うものだが、アフガニスタンの政治体制は前近代的という他はない。

しかしブッシュの知能では外国というものはどこでも同じような物だと思っているのだろう。そんな大統領が開戦を決めたばっかりに、4代の大統領、2兆ドル以上の(私などには想像もできない)出費と20年という年月を経てアメリカは敗退したのだ。

アメリカは第2次世界大戦以降、重要な戦争で勝利を納めたことがあまりない。湾岸戦争やパナマ侵攻などは小競り合いというべきだろう。世界一の軍備を持つと自負する国にしてはあまりいい成績ではない。それより何より、自分たちが誇る「民主主義」が世界に広がってゆかないのはどうしたことだろう。

ベトナムもアフガニスタンも弱小国だ。それがなぜアメリカに勝つことができたのだろう。一つにはアメリカが核を使わなかったからだ。いや、使わなかったのではない、使えなかったのだ。アメリカでは日本に対する原爆攻撃に関して、「米兵の犠牲を食い止めるためには仕方がなかったのだ」という神話がいまだに通用しているけれど、それが本当なら、ベトナムでもアフガニスタンでもイラクでも核を使って勝つことができたはずだ。イラクとアフガニスタンで7千人以上の米兵が犠牲になったのだから。しかし原爆投下はできなかった。できるはずがない。原爆の非人間的な殺傷効果はどんな言い訳も許さないのだ。

アフガニスタンは19世紀から英国とロシアの取り合い、いわゆる「グレート・ゲーム」の舞台とされ、20世紀になってからは一時ソ連に支配された(1979−1989)。その頃ハリウッドで作られた「ランボー3/怒りのアフガン」(1988)は、ランボーがアフガニスタンに赴いてソ連兵と戦う、という筋で、最後に「この映画をアフガン戦士たち(タリバンの前身)に捧ぐ」という献辞が現れたものだ。その時にはソ連に刃向かうアフガンの戦士を応援したい心情がアメリカ人にあった。アフガニスタンで失敗したこともあってソ連は崩壊したが、その教訓をアメリカは無視した。

英国もロシアも統治できなかった国だもの、アメリカが成功するはずがないと私は思っていた。でもこんな、みじめな負け方をするとは全くの予測外だった。

アメリカがこの戦争に投入した膨大な数の兵器がタリバンの手中に入り、彼らの士気を高めたであろうことは疑いない。

アメリカの「コミットメント」が究極的には頼りにならないことを全世界に触れ回る結果になってしまった。中国が台湾政府に皮肉を言ったのは無理もない。日本がトランプの「我々が守ってやっているんだからもっと金を出せ」との脅しに屈しなかったのは立派だった。しかしアメリカが張子の虎だと分かってみると、日本の立場は微妙になってくる。

「核の傘」というのが日本がアメリカに頼る最大の根拠だったけれど、この先アメリカが核を使うことはないだろう。

その反面、アメリカ本土でテロが横行するかもしれない。しかし20年かけてもアジアの弱小国をコントロールできなかったアメリカがこの先戦争に訴えて敵を叩き潰すことができるだろうか。甚だこころもとない。第一国民にそのエネルギーがあるとは思われない。

トランプの「アメリカ・ファースト」の主張が出てきた背景にはこのような世界におけるアメリカの弱体化がある。同盟国と連携して保安に当たる、というアメリカの根本的なスタンスに国民がうんざりしているのだ。それも理解できないことではない。もし2兆ドルをアフガニスタンに費やすことがなければ、アメリカはその金を使って色々な面で自国をはるかに豊かにできたであろう。国の威信を汚すこともなかったであろう。日本もアメリカに付き合って結構な金をドブに捨てた格好になった。

政府に言わせれば、また特に軍部に言わせれば、アフガン戦争は無駄ではなかったということになる。この20年間にアメリカ本土における大規模なテロはなかった。それは我々の手柄だ、と彼らは言うでもあろう。惜しいことにそれは未然に食い止められたわけだから、たとえそれが本当だとしても、誰にも明らかな証明ができない。

9・11の同時多発テロで様々な言論があったが、私は当時上野千鶴子氏が書いた意見に感銘を受けた。詳しいことは忘れたが、その大意は、例えば日本に原子爆弾を落とされても日本はなんの反撃もできなかったように、世の中には「泣き寝入り」ということがある。しかしアメリカには自国を攻撃された経験がないから、こういう考え方ができないのだ、ということだった。まさにその通り。できないから復讐を求めて9・11に関係のないアフガニスタンに攻め入った。

アメリカはビン・ラディンを殺害した時点(2011)でアフガニスタンから引き上げることができたはずだった。それが元々の目的だったのだから。

今回のアメリカの敗北から数日後、8月26日にカブールの空港でISIS-Kによる自爆テロがあった。ISISはタリバンと敵対関係にあるそうだ。米兵13人と160人だかの現地人が犠牲になった。バイデン大統領は「これは高くつくぞ」と犯人を脅し、直ちにISIS を攻撃した。あいも変わらぬ「目には目を」のやり方だ。そんなことをしても「後出し証文」で、テロの被害は覆いようがない。かといって方針を変えてアフガニスタンに米軍を駐留させるわけでもない。支離滅裂とはこのことだ。

アフガン戦争で一番悲惨なのはなんの罪もないのに虐殺された現地の人々だ。それと同時に馬鹿を見たのは死んだアメリカ兵だと思う。なんのために戦い、命を犠牲にしたのか。9・11の死者に何倍もする人数を失った挙句、戦争を正当化する全ての言説が破産してしまった今になってみればどう言いつくろっても犬死ではないか。

我が家のお掃除のおばさん、グロリアの息子は海兵隊でイラクに出征した。無事に帰ってこられたので、本当によかったと喜んでいるが、一歩間違えば、棺に入れられての帰国だったかもしれないのだ。

アメリカ軍はいつも「国を守る」という大義のもとに国を出て行く(独立戦争と南北戦争は例外)。そして普通のアメリカ人は聞いたこともないようなアジアのどこかの国でのたれ死にする。勲章はもらえるかもしれないが、家族は、恋人は納得できまい。

日本も昔はそうだった。沖縄以外、一度も日本固有の領土で戦争がなかった。日本兵は、ノモンハンだとかサイパンだとかミンダナオだとか、それまで聞いたこともないような土地で死んでいった。そして結局は敗戦で終わったのだから、彼らの霊は浮かばれまい。

アメリカは、かつて「国を守る」という大義を掲げて自滅した日本こそを他山の石とするべきだったと思う。



私は今2015年にノーベル賞を受賞したベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの「戦争は女の顔をしていない」を読んでいる。これは第2時世界大戦で独ソ戦に参加した女性たちからの聞き書きで、彼女たちの勇敢なというべきか、無鉄砲というべきか驚くほどの活躍に打たれっぱなしだ。しかもその戦争の記憶を何十年と誰にも話すことができず、著者に初めて打ち明けるその内容というのがとても想像できない恐ろしい話だ。戦争がいかに「やってはいけないことか」をこれほどよく表すものはない。

大義のない戦いを始めてなんの成果もなく旗を巻いて帰る、ということについては「だから言わないこっちゃない」という感慨を持つが、私はこれで人的犠牲がストップする、ということを喜ぶ者である。ただ女性の抑圧はこれからのアフガニスタンの重荷になると思われる。20年間の自由化がタリバンの圧政をはねかえす種を育てていればいいのだが。
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