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縁の下のバイオリン弾き
166 仙僂里海
2019年10月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ケビンが贈ってくれた絵
▲ 仙僂粒
▲ 鈴木春信「見立蘆葉達磨」
美人を達磨に見立てて赤い着物を着せ、川を渡らせた。


7月に友人のケビン・チューが東部から我が家を訪ねてくれた時に、私は一丁のギターを贈った。それは私が故デイブ・ケリーから買ったもので、多分1930年代に作られたものだろう。ごく小型のギターだった。普通に買えば結構高いものだけれど、デイブは友達のよしみで安く譲ってくれたのだった。なぜそれをケビンに贈ったかというと、ケビンはそのギターと同ブランド・同年代・同型のギターを愛用していたのに、ふとした事故でそれをなくしてしまった、ということを知っていたからだ。

彼はよほど喜んだのか、東部に帰った後、ぜひもらってくれ、と言って額装を施した絵の写真をメールして来た。

彼の説明によると、これは父親のチャールス・チューのコレクションにあったものなのだそうだ。

チャールス・チューは中国人で水墨画の画家だった。職業はコネチカット・カレッジという大学の教授だ。私はボストンにいた頃この人と友人になった。彼とは会えばいつも中国語で話した。チャールスはアメリカ人のベティと結婚して四人の子供をもうけたが、中国語を教えなかったので、家族とは中国語で話すことができなかった。

私は私で、アメリカに来たばかりでまだ馴染みが薄く、英語しか話せないのに嫌気がさしていたので、チャールスと中国語で話すのは救いだった。父親ぐらいの年代だったから、彼は子供のように私を可愛がってくれた。

そのチャールスがなくなってから何年にもなる。生前のチャールスは画家としてかなり知られていた。コネチカット・カレッジには彼の名を冠した美術館がある。

チャールスは別にぜいたくをする人間ではなかったが、こと美術に関することになると見さかいがなくなり、本でも絵でも惜しみなく買うので家族は口には出さないものの迷惑していた。彼の家は自作はもちろん、有名無名の画家の作品で埋まっていた。その中の一枚がこの絵だ、というのだ。

ケビンの説明では、これはAwakawa Koichiという日本の禅僧の作品だ、という。

絵は簡略に描かれた墨絵で、大きな葉っぱに乗った人物が川を流れている図だ。指を高く掲げて月を指差しているように見える。言葉書きがあって「あの月を 欲しくばやらふ(やろう) 取って見よ」と読める。

私にはピンとくるものがあった。アワカワ・コーイチなどという画家は聞いたことがない。禅僧の名前らしくもない。でもこの絵のおもむきは全く仙僂澄

仙僉複隠沓毅亜檻隠牽械掘砲蝋掌融代の禅僧で(臨済宗)、正式の名前を仙儺想陝覆擦鵑いぎぼん)という。美濃(岐阜県)の人だが諸国を回った後博多の聖福寺の住職となり、そこで一生を終わった。彼は生前からユーモアただよう禅画で有名で、絵をねだる人が多いので、「うらめしや わが隠れ家は雪隠(せっちん)か 来る人ごとに紙おいてゆく」(うちは便所ではないぞ 何でみんな紙を持ってくるんだ)という狂歌を残している。


私は禅のことなど何もわからない。だいたい仏教のことに知識がとぼしいので、その中でも特に難解そうに思われる禅は、初手から逃げているところがあった。仙僂梁緝什遒「○△□」と書いた額であることぐらいは知っていた。そんなものを見たってなんだかわかるはずがない。

インターネットで調べると、この絵の作者とされた淡川康一(あわかわ・こういち、1902〜1977)は現代の経済学者で仙僂慮Φ羲圈収集家だ、ということがわかった。とすると、この絵は彼のコレクションから出たものかもしれない。ともかく、この人が画家ではないとわかったので、当然彼の作品ではあるはずがなく、この絵は仙僂凌辛か、模倣あるいは偽作なのだろうと考えられる。

画中の人物は仙僂梁召瞭韻犬茲Δ奮柄から見て、七福神の一人、布袋(ほてい)だろうと考えた。


私は20年ほど前に全くの偶然から仙僂鮹里辰拭

その頃私は夏になるとインディアナ大学で日本語を教えていた。インディアナ大学はその名のとおりインディアナ州にあるが、州都であるインディアナポリスではなく、ブルーミントンという小さな町にあった。

ブルーミントンは典型的な大学町で、大学のほかには何もない。町を一歩出るととうもろこし畑ばかりというおそろしいほどの農村地帯だが、緑のつややかな、美しい町だった。大学構内を川が流れ、貨物列車の単線鉄道が通り、汽笛が旅情をかきたてた。

ちいさいながら美術館がある。大学に美術館がある、ということに私は感激した。

モネがあり、19世紀のメキシコで最も傑出した画家だと私が考えているホセ・マリア・ベラスコの絵があった。それがこの中西部の大学の国際性を象徴していた。さらに驚いたのは日本や中国の美術品のコレクションがあったことだ。

ごく小さい仙僂粒┐あった。簡単な菊の絵だった。菊の絵とはいうものの、すっと描いた茎に丸く一筆書きのような花と葉っぱがあるだけで、それだけ見たら何の花かわからない。

しかし、ことば書きがついていて、「この花を耳はなけれどきくといふ」と読めた。耳がないのになぜ「聞く」というか、というとんちのようなしゃれのような句だけれど、それで菊の花だとわかる仕組みだった。そんなことは思ったこともなかったから感心した。

教えていたクラスの一時間を美術館訪問にあて、日本の美術品を見る中でこの絵のことを説明した。

「この花を耳はなけれどきくといふ」という句を材料にしてかけことばやしゃれについて話すことができた。それよりも貴重だったのは学生に日本の機知とはどういうものかということを説明することができたことだ。

たとえ同じような菊の絵が仙僂虜酩蔽罎砲△辰燭箸靴討癲△海海砲△襪海粒┐論こΔ任燭整賈腓竜重な作だ。紙に描いたもので、いたずら描きのような簡単な図柄だから、ひょっとしたら破り捨てられそうになったことも一度や二度ではないかもしれない。それが200年近くもよく生き残ってアメリカまで渡り、インディアナはブルーミントンの美術館に収納される運命となった。その数奇な歴史を想像して、また自分の人生を重ね合わせて、胸をつかれた。


これが私の仙僂箸隆悗錣蠅澄そのために仙僂剖縮を持つようになったので、去年出光美術館であった「大仙囘検廚盡た。その中に今回ケビンから贈られた絵に似たものがあった。布袋と子供が「お月様いくつ、十三七つ」と歌っている図だ。その布袋の月を指差す姿がこの絵とほとんど同じだ。

私はケビンにメールして、「素晴らしい絵だけど、もしこれが仙僂凌榛遒世辰燭薺重なものだから受け取れない。でも本物かどうかわからない。仙僂粒┐砲呂燭い討ぁ慇苹僉戮琉が押されているが、この絵には仙僂箸いΠはないし、署名もない。偽物ならばなおさら仙僂琉を模造しそうなものだ。この絵にある印は、仙僂任呂覆『淡水庵』と読める。仙僂この別号を持っていたかどうか調べてみるから送るのはちょっと待って欲しい」と書いた。

それから仙僂里海箸鮨А皇瓦戮拭出光美術館に電話をして、研究紀要にのっていた仙僂諒鵡罎亡悗垢誅盛佑眛匹爐海箸できた。でもその論考に「淡水庵」という別号は出てこなかった。

ケビンは真偽に関係なくもらって欲しいということで強引に絵を送ってきた。もとより絵そのものに愛着があったので、私は喜んでそれを受け取った。真作かどうかは私に取ってはどうでもいいことだ。

「大仙囘検廚凌渭燭鬚澆襪函△曚箸鵑鋲韻犬茲Δ壁杪泙凌泙あって、「あの月が 欲しくばやらふ 取って行け」ということば書きがある。ケビンの絵のことば書きはそのヴァリエーションだ。

そもそも「月を指す」図柄は禅の絵によくあるテーマだ。月は画中に描かれていない。それが真理を表している。見えない真理をさしている指(お経や書物のこと)をいくら見たって悟りは得られない、ということの象徴なのだという。

したがってケビンの絵もその一種なのだと思われるけれど、「あの月を 欲しくばやらふ 取って見よ」とはなんだかよくわからない。「やろう」と言われたって取れるはずがない。試されているような気がする。

でも私はこの絵に別の仕掛けがあるのだと思う。それは人物が葉っぱに乗って水に浮かんでいることだ。

インドから中国に禅をもたらしたのは、だるまさんの達磨大師だということになっている。彼は拳法で有名な少林寺で壁に向かって9年間座禅をした。そのために手足が腐り、それで今見る人形のような胴体だけのだるまさんになった、というわけだ。もし実在したとするならば、達磨は5世紀から6世紀の人で、布袋は10世紀の人だから、達磨の方がずっと古い。

達磨は揚子江を蘆(あし)の葉に乗って渡った、という伝説がある。「蘆葉(ろよう)達磨」という画題になっている。たいていは難しい顔をした大きな達磨(人形ではない)が細い蘆の葉に危なっかしく乗っている、というもので、この絵のように人より大きい葉っぱに乗っているなどという例はない。

しかし葉っぱに乗っているという事実を尊重すれば画中の人物は布袋ではなくやはり達磨なのだろう。禅の祖師である達磨が月を指差して「くれてやろう」というのだから、これは「悟りを開くなんてわけはない。やってごらん」と後世の人たちを励ましている図だ、と解釈できるのではないだろうか。達磨といえば苦虫をかみつぶしたような髭面に決まっていて、この絵のように大笑いしているようなのはイメージに反するからそこはよくわからないけれど。ともかく楽しげな絵だ。


ところが今朝(2019年9月28日)のことだ。壁に掲げられたこの絵を見ながら作者のことを考えていた。署名がなく、印も仙僂里發里任呂覆気修Δ澄その印がこの絵の素性を表すただ一つの手がかりなのに。

印はひょうたんの形をしていて、上の方にある字は「淡」と読める。下の字は「庵」だ。ひょうたんのくびれたところに三本の線があって、どうやらひょうたんのひもを表しているようだ。まっすぐの線ではなく、右の方がちょっと下がっている。

以前私はこのひもを「水」と読んだ。右下がりの三本の線は篆書(てんしょ)では水を表す。そしてこの印の全体を「淡水庵」だとした。庵は「いおり」で仮のすみか、という意味だ。淡水庵は仙僂諒鵡罎任呂覆いと考えたのだけど、それは証明できなかった。

けれどもう一度それを眺めていて、突然ひらめいたのだ。これは水ではない。川だ。上の字と合わせれば「淡川」になる。始めにケビンが説明した通り、これは淡川康一の作品だったのだ!

経済学者で仙僂亮集家だと聞いただけで、彼のことを画家ではない、と速断してしまった私はおろかだった。淡川さんは仙僂某歓譴垢襪△泙蝓彼の筆法をまねして自分でも禅画を描いたのに違いない。けれど彼は仙僂里砲擦發里鯢舛つもりはなかった。そのためにこの淡川庵の印を押したのだ。

「見ればわかるじゃないか」と言わば言え。

仙儻Φ羲圓隆屬任話言遒気鵑硫莇箸詫名なのかも知れない。でも私は全く知らなかった。第一、彼の名前だって私の頭にあったのはAwakawaというローマ字で、漢字ではなかった。

素性が知れたことで、仙僂遼槓をもらったよりもずっとこの絵を身近に感じることができる。淡川さんの情熱に触れた気がする。情熱なくして何の美術だろう。
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