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縁の下のバイオリン弾き
152 ドナル・ホードのこと
2018年8月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「水の守護者」
うしろの建物がサンディエゴ郡・市役所
▲ 「テワンテペックの女」
▲ サンディエゴ川上流のダムの遺跡。筆者画。
横浜にくわしい人はご存知かもしれない。港に面した山下公園の真ん中に大きな彫像が立っている。それは肩に水がめを支えた女性の像だ。頭から肩にかけてショールをかぶっているのでちょっと見には女性とは見えない。池の中心に立っていて、定期的にぐるりの噴水が水を吹き出す。池の周りは草花にかこまれている。

この彫像はぜんぜん日本的ではない。ショールをかぶった女性の姿は日本ではあまり見られるものではないし、水がめの形も見慣れないものだ。

それも道理で、この彫像は1960年に姉妹都市のサンディエゴ市から贈られたものだ。原像はサンディエゴにあり、山下公園のものはそのコピーだ。

横浜とサンディエゴは1957年に姉妹都市になった。横浜市としては最初の姉妹都市だった。

姉妹都市になるきっかけは1955年にサンディエゴ在住の日系市民の要望で横浜市が石燈籠(いしどうろう)を 寄贈したことによる。その5年後、横浜は茶室を贈り、そのお返しとしてこのGuardian of Water、つまり「水の守護者」 と呼ばれる彫像がサンディエゴから贈られたわけだ。


作者はサンディエゴを代表する彫刻家、ドナル・ホード(Donal Hord,1902−1966)だ。

ドナル・ホードはウィスコンシン州の生まれだが、病身のため気候のいいサンディエゴに15歳の時移り住み、死ぬまで住んだ。この「水の守護者」は彼の最大の彫像で、22トンもある大花崗岩を自らの手で彫(ほ)りなしたものだ。

私は知らなかったが、石彫というものは必ずしも彫刻家自身の腕とのみとだけで彫られるものではないらしい。銅像と同じように、粘土で原型を作って、それを拡大して専門家つまり石工(いしく)に彫らせたり、電動機械で大まかな形を整えたりするようだ。

しかしホードは全てを自身で彫った。完成までに2年をかけている。その彫刻は現在サンディエゴの郡・市役所の前に立っている。高い台座の上に立っているけど、彫像だけで4メートルを越す、という石彫としてはまれににみる大がかりなものだ。

市役所の前に立っているということは、この彫像がサンディエゴのシンボルだということだ。


私は高校が横浜だったし、両親が晩年横浜に住んだので、アメリカから日本に帰るときは横浜に帰った。だから山下公園はよく知っているつもりだったけれど、この彫像を意識して見たことはなかった。ある年、公園を歩いていて、これがよく知っているサンディエゴの役所にあるものと同じ像だということを偶然発見したのである。

サンディエゴの原像も、横浜のコピーも、目の前にある海をはるかに見晴らしている。

航空機がいくら発達しても、港の重要性はなくなるものではない。横浜港は日本の物流を左右する国際戦略港で、客船の往来も日本一だ。サンディエゴ港は軍港としても商港としてもアメリカ有数の存在だ 。信じられないほど巨大なクルーズ船が停泊しているのをよく見かける。


この彫像の名前は先ほど書いたように「水の守護者」というのだが、横浜では「水の守護神」という名前になっている。その方が彫像の名前として落ち着くからだろう。

でもよくよく見れば神様としてはちょっと変だ。水がめをかついだ女神、というのは聞いたことがない。しかも神様であることを示す象徴が全くついていない。ヌードでもなければ王冠をかぶっているわけでもない。今ならそういう彫刻もあるかもしれないが、ドナル・ホードがこの像を作ったのは1939年、昭和14年のことだ。来年で80年になる。

ホードはこの像をWPA(公共事業促進局、1935−1943)の一環として作った。WPAは1929年に始まった大恐慌の救済としてルーズベルト大統領が力を入れた政策で、何百万という失業者を雇って公共の道路・建物や図書館・公園などを作った。芸術家、特に食えない芸術家に大量の職を与えた。このためにどれだけアメリカの芸術が活性化されたかしれない。

そういう状況を考えると、ホードが神様よりも「働く大衆」のための彫刻を作ったと見る方が理にかなっている。素直に見れば、これは普通の女性で、女神なんかではなかろうと思う。

サンディエゴ市の公式の説明ではこの彫像はpioneer womanということになっている。開拓者の女性、というわけだ。これだけではあまりに漠然としていて、どういう文脈で「水の守護者」と呼ばれるのか、よくわからない。


しかし、サンディエゴ在住の者にとっては問題にするまでもない、自明の事柄だ。本稿第77回「水」につけたビデオを見てもらえばわかるように、水がめに水を入れて運び、生活してきたのはメキシコ・グァテマラをはじめとする中米諸国のインディオの女性たちだ。

アメリカ大陸を横断してカリフォルニアにやって来た開拓者の白人女性だって毎日の生活のために水を運搬したには違いないが、その容器が水がめだった可能性は低い。肩や頭に乗せて運ばなければならない水がめよりも、とってのついた桶を使ったはずだ。日本人がもしそういう立場になったとして、桶があるのに水がめを選ぶ人はいないだろう。

ところが中米のインディオは、太古から現代に至るまで、水がめを使っている。現在ではプラスチック製になっているが、土器の方が、木製の桶を作るより簡単だったためだろう。それを頭や肩に乗せて運搬するのはごく当たり前のことだ。


それにショールを頭からかぶるのはメキシコの風俗だ。アメリカでは一般にショールを首に巻くけれど、頭からかぶることは普通しない。

アメリカの女性ジャーナリストが中東諸国に取材に行って、イスラムの習慣によりショールをかぶっている映像をテレビで見ることがあるけれど、たいていの場合、ファッショナブルに髪を半分出している。その地の習慣だからやむなくショールをかぶってはいるけれど、心から喜んで髪を隠しているのではない、という反抗の気持ちを表しているのだ。アメリカ女性にとっても「髪は女のいのち」なので、せっかくのヘア・スタイルを隠してしまうということは納得できないことに違いない。

そこへ行くと、イスラムではないけれど、メキシコのインディオの女性は常に大型のショールを肩にかけていて、それで頭をおおっていることが多い。農村だけではない。都会の女性だって頭をおおっていても誰も変に思わない。

だから我々サンディエゴ市民が考えるのは、この女性はインディオだろうということだ。

そう考えることはホードの場合、決して不自然ではない。彼は少年時代からメキシコとメキシコの美術に熱中していた。彼の死後、残された遺品の中にはメキシコと日本の美術品がたくさんあった。

メキシコには紀元前から様々な石像文化がある。ホードはそれらから深い影響を受けた。

サンディエゴで見られるホードの彫刻で一番市民に親しまれているのは、バルボア公園にある噴水だろう。「水の守護者」のような大きなものではないが、やはり石彫で、インディオの女性があぐらをかいて座っていて、膝に乗せた水がめから水を噴出させている、というものだ。「テワンテペックの女」というタイトルで、1935年に作られている。テワンテペックはメキシコ・ワハカ州のインディオをさす。


サンディエゴには川が一本しかない(サンディエゴ川)。昔から、その川に沿って少数のインディオが住んでいた。16世紀なかばにヨーロッパ人が現在のサンディエゴにやってきた時、かいわいのインディオの数は2万人ほどだったと推定されている。

彼らはカシの木のどんぐりを主食にしていた。 現在サンディエゴ川の上流に沿って歩くと、所々に明らかに人間が作ったとおぼしいくぼみのある岩が見つかる。これは何百年の昔からインディオがどんぐりを粉にするために使ってきたすり鉢だ。どんぐりの皮をむいてすりこ木で粉にする。しかしどんぐりにはえぐみがあるのでそのままでは食べられない。どんぐりの粉を手製のバスケットに入れて水にさらす。こうやって毒性を取り除いたどんぐりをパンのようにして食べた。

水は川からそのままとってきた。ろくに木がない土地柄もあり、道具もなかったことからインディオたちは桶を作れなかった。容器としては土器と草の茎を使ったバスケットしかなかった。バスケットはもう芸術品と言っていい緻密(ちみつ)な編み方がしてあって、水を入れてももれない。でもさすがにそれで水を運搬することはできなかったから、土器に頼らざるを得なかった。そうやって貯めた水の量には限りがある。インディオの人口はなかなか増えなかった。

1769年にスペインの神父たちがやってくると「ミッション」といって教会を中心とした生活共同体を作った。私の家のすぐそばにある「オールドタウン」がカリフォルニアの最初のミッションだ。

サンディエゴ川は夏季には水が涸(か)れてしまうことが多かった。1年を通じて安定した水の供給を確実にするために、神父たちは川の上流に原始的なダムを築いた。現在でもそのダムの跡が廃墟となって残っている。

「水の守護者」像は高い台座の上に乗っているが、その台座にはドナル・ホードによるモザイク画がある。それを見ると雲を象徴するヌードの女性たちが水がめから水を流している。これは雨だ。山々の間のダムにその水がたまり、あふれて木々をうるおしながら川になる様子が描かれている。水の供給者が ーー つまりはサンディエゴが ーー「水源を守る」という意味での水の守護者なのだ。


容易に想像されるように、この像を建てるに当たっては反対もあった。すでに建設中から、「ネイティブ・ドウターズ・オブ・ザ・ゴールデン・ウェスト」(黄金の西部の娘たち)という女性団体が、「この像はアステカ人を表している。サンディエゴともカリフォルニアとも関係ないアステカの肖像が建つのは人々を混乱させるから承服できない」と抗議している。

アステカ人はその昔メキシコの中央部で繁栄していた種族だから、彫像がアステカ人であるなら、確かにカリフォルニアとは関係がない。でもアステカ人だという証拠はどこにもないのである。インディオを彫像にすることが気に食わないがゆえのいいがかりだ。

当局はこの抗議をしりぞけ、像はサンディエゴの最重要資源である水を守る象徴として適当である、という判断を下した。

ドナル・ホードは郡・市役所が建設されているのと同時進行でこの彫刻を彫った。というのもこの郡・市役所そのものが、WPAのおかげで建てられたものだったからだ。出来合いの作品を引き渡した訳ではないのである。

彼がこのインディオの女性を主題にしたのには、はっきりした主張があった。人種偏見によるアステカうんぬんの批判など関係ない。先住民のインディオこそ、そして女性こそ、水の恵みを守り続けてきたのだという信念を表明したものだ。そして市当局は彼のその主張を支持した。私はそのことに深い感銘を覚える。


後記)スペイン語のインディオは英語のインディアンですが、ここでは主にスペイン統治時代の話をしているため、インディオに統一しました。
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