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縁の下のバイオリン弾き
154 タブー
2018年10月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「ベル・カント」のジュリアン・ムーアと渡辺謙
“Crazy Rich Asians”という映画がアメリカで大ヒットしている。

このヒットが驚きをもって迎えられたのは、出演者が全員アジア系だからで、アジア人を主役にすえた映画はヒットしない、というハリウッドの偏見を破ったからだ。

全員アジア人、という映画ができたのは「ジョイ・ラック・クラブ」以来25年ぶりだった。

舞台はシンガポールで、登場人物は全て中国人(中国系アメリカ人も含めて)ということになっている。中国系アメリカ人の女主人公がボーイフレンドと彼の故郷シンガポールに行き、そこで経験するてんやわんやを描いたコメディだ。

そうはいうものの、映画はアメリカ人の感性によって作られていると言っていい。題名の「エイジアン」(アジア人)という言葉からしてアメリカならではの言い方だ。

アメリカに住んでいるのでなければ、自分をアジア人と規定するアジア人は一人もいないだろう。それぞれ日本人、中国人、韓国人等々と考えているはずだ。

アジア人と一括りにされることには納得がいかない、という気持ちは「アジア人」なら誰しも持つのではないか。

論より証拠、この映画が日本で公開された時、登場人物に感情移入できる日本人がいるとは信じられない。日本人にとってもこの映画はアメリカ人にとってと同様「エキゾチック」で「おかしい」のだ。だからコメディとしてヒットすると思う。

中国人にとってはこれはコメディとはとうてい言えない。中国、台湾、香港、シンガポールを問わず、中国人ならここに描かれている中国人の特徴には思い当たるところが多いと思う。でもそれだからこそ、それを笑い物にされることは我慢ならないのではないだろうか。中国人観客の苦々しい表情が目に見えるようだ。


原作者のケヴィン・クワンによると最初映画化の話が持ち上がった時に、アメリカの製作会社からヒロインを白人の女優に演じさせたいというプレッシャーがあったそうだ。

主役がアジア人では成功はおぼつかないと製作者は考えたのだろう。しかしクワンは自分のビジョンに忠実だった。もし白人に演じさせたら作品の意味がまったくねじ曲げられてしまう。

彼の判断は正しかった。この映画の主役がコンスタンス・ウーでなければこれほどのヒットは望めなかっただろう。しかし、もしヒロインが白人女優であったなら、それはそれでまた別のハリウッドのタブーに挑戦することになっただろうと私は思う。

そのタブーとは「ハリウッド映画ではアジア人男性は白人女性と恋愛しない」ということだ。あらゆるタブーがそうであるように、これは何もどこかに明文化してあるわけではない。でも実際問題としてそういう状況がスクリーンの上に稀にしか存在しないのも事実なのだ(その逆は山ほどある)。

ハリウッドでは、言わず語らずの間に「アジア人男性は魅力的ではない」という考えが共有されていると言われる。テレビでもアジア人男性を主人公にしたドラマはまずないし、あっても失敗に終わっている。

でもそんな考えは偏見だ。魅力的か魅力的でないか、人によるに決まっているではないか。 三船敏郎を見よ。ブルース・リーを見よ。アジア人全体がおしなべてダサい、ということがあるはずがない。

前世紀の前半にハヤカワ・セッシュウという日本人俳優が一世を風靡したことがあるけれど、それ以後、ハリウッドには日本人俳優は出なかった。いたとしても脇役で、映画のヒロインのハートをとりこにするなどという筋書きはなかった。

ことに第二次大戦中は日本人は敵だったから、強制収容所に接収されるなどという悲運に見舞われた。

では戦争に勝った側の中国人はどうだったかといえば、勝ったという事実によって彼らの待遇がアメリカ合衆国でよくなったということはない。アメリカには中国人に対する差別の長い歴史がある。

世界中のアクション映画に計り知れない大きな影響を与えたブルース・リーにしてからが、最初の主演作「唐山大兄」(1973)を香港で撮ったのは、ハリウッドでの下積み生活の後、結局中国人では芽が出ないと悟ったからなのだった。

要するに人種偏見なのだ。だからと言ってアジア人男性と白人女性の間に関係が生じないことをことさらに問題にするのは裏返しの白人崇拝だと邪推されかねない微妙な問題だ。白人女性を高嶺の花ととらえ、やっかんでいるように見えるためだ。

しかし、映画には文法がある。ここはどうしても主演の男女が恋に落ちなければ不自然だ、何のためにこの映画を作ったかわからない、という作り方をしておきながら、それでも二人の間に何も起こらない、というのではどこかに無理がある。そのひずみの原因は人種偏見にあると考えなければ理解できない。

古くは1998年のチョウ・ユンファのハリウッド進出第一作、「リプレイスメント・キラー」がある。相手役はミラ・ソルヴィノで、彼女を殺し屋軍団の銃撃の嵐から命をかけて守ったにも関わらず、二人は恋に落ちないで映画は終わってしまう。そんなばかな、と思うのは私だけではないだろう。

ジェット・リーは2001年の「キス・オブ・ザ・ドラゴン」でブリジット・フォンダと共演している。麻薬捜査のためにフランスに来た中国の警察官ジェット・リーは街娼のフォンダと知り合う。彼女は、リーにとっても敵の悪徳警官に娘を人質にされ、街娼に身を落とすまでになったのだ。リーは得意のカンフーで敵を滅ぼし、最後は病床のフォンダのもとに救い出した娘を連れてゆく。もうまるでジャン・バルジャンの再来だ。

ジェット・リーはこの前年にも「ロミオ・マスト・ダイ」という映画に出演している。相手役は白人ではなく、黒人とアメリカ先住民のハーフで当時人気絶頂の歌手、アリーヤだった。彼女はこの時21歳、美しい盛りを映像に残したが、翌年飛行機事故のため亡くなった。

この映画ではロマンスの予感はあるが、それは発展することなく終わってしまう。


去年「コロンバス」という映画が公開された。この映画は監督が韓国系アメリカ人で、小津映画に影響されたという人だったから私は興味を持って見た。

インディアナ州のコロンバスという建築で名高い街で韓国人の大学教授が病気で倒れる。不仲の長男が急ぎ韓国からやって来る。父親が植物人間になってしまい、動きの取れなくなった彼は図書館員の若い白人女性と知り合いになる。

というのが発端で、そのあとは美しいコロンバスの自然や建築を言葉少なく延々と見せる。二人は心を通わせ合っているのに違いないのに、がっかりすることには恋人にならないのだ。男を演じるジョン・チョーは実際は45歳だから、22歳の相手役、ヘイリー・ルー・リチャードソンとは年の差がありすぎる。けれど、映画の中の彼は若者で、分別ある中年男ではない。家庭を持っているようでもない。ここはどうしてもリチャードソンと恋に落ちなければ話にならない。

というわけで、私はずっと期待を裏切られてきた。これがハリウッドだけの異常現象なのは疑いをいれない。古いところではフランスに「二十四時間の情事」(1959)があるし、オーストラリアには「ジャパニーズ・ストーリー」という佳作がある(2003。日本未公開だそうだ)。

だから私はジュリアン・ムーアと渡辺謙が共演した「ベル・カント」が先日公開された時に真っ先に見に行った。これは1996年のペルーにおける日本大使館占拠事件に想を得たアン・パチェットの小説が原作で、南米の小国でテロリストによって人質にされた日本人男性とアメリカ白人女性の恋愛を描く。映画は原作に忠実に作られているのだが、渡辺謙が英語ができないという設定になっているので、なんとももどかしい。

小説では彼の魅力と恋愛の経過がちゃんと説明されるのだけれど、映像に頼る映画ではそこまで手が届かない、ということなのかもしれない。従って、なぜジュリアン・ムーアが彼を愛するようになるのかがよくわからない。あんな恋愛が本当にあるのだろうかという気になってしまう。

それに引き換え、通訳を演ずる加瀬亮がスペイン語も完璧ではない先住民のテロリスト少女と恋愛する話の方は説得力があった。加瀬亮は英語もスペイン語も話す。両方とも立派なもので、私は目を見張った。言葉ができるということは相手を理解しようとする気があるということだ。彼のほうが渡辺謙より断然魅力的なのは映画として惜しむべきところだろう。

結局、意思の疎通ができないと恋愛はおぼつかない、という当たり前の結論に落ち着いた。こういうことをいう私も偏見にとらわれているのかもしれないが。


後記)日本で「アジアン」という言葉が使われるときは、その中に日本は入っていない。


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