|
|
|
125 |
|
 |
|
「老人」たちの海 |
|
2019年1月1日 |
|
|
|
 | 中山 俊明 [なかやま としあき]
1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。 |
|
|
 |
|
|
|
新年あけましておめでとうございます。
僕はことし4月には73歳になります。この年齢だと世間的には「老人」ということになるのでしょうが、当の本人にはその自覚がまったくありません。写真のウインドサーファーはその「老人」たる僕自身なのですが、少なくとも60歳くらいのきもちでいます。精神が若いというか、幼いといいますか。
これは上空を飛ぶドローンが撮影したビデオから抜き出した静止画です。陸上からドローンを遠隔操縦するのは僕の親友・浅川一博くんです。毎週すえ埼玉県の自宅からクルマで僕の住む葉山町にやってきては終日ドローンを飛ばしています。いま67歳ですから彼だって「老人」と呼ばれて不思議のない年齢なのですが、そのスタミナと学習意欲は半端ではありません。
ここ7〜8年SUPやらウインドサーフィンにかなり懸命に取り組んできたのですが、いっぽうでは生きる意欲の感じられない日々をすごしてきたような気もします。自身の2度にわたる大手術、長男夫婦の離婚とその娘(つまり孫)たちとのとつぜんの別れ。いずれ書くつもりではいるのですが、それが可能になるのはいつのことになるか。
マリンスポーツに没頭したのも虚しい日々からの逃避だったのかもしれません。ほんらい自分の文章の特徴は経験したことをただありのままに書くだけです。その意味でいうと経験は山ほどあったはずなのですが書けなかったのです。
そもそもは大病手術後の体力回復を目的に始めたウインドサーフィンなのですが、きっかけを作ってくれたのは散歩の途中の逗子海岸で出会った一人の男性でした。砂浜に立って沖を疾走するサーファーたちを羨望のまなざしで見ていた僕の目の前に、ひらりとボードから降り立った「老人」がいました。8年前のことです。
近づくと僕より小柄で全身陽に焼けて真っ黒です。本名は伊藤さんですが海岸のサーファーたちは「イト爺」と呼んでいました。年齢をたずねると「68歳」というではありませんか。当時の僕の4歳年上ということになります。「僕にもやれるもんでしょうか」と僕はおそるおそる彼にたずねました。「やれるもなにもあるもんか。ハワイに行ってごらん。70や80のじいちゃん、ばあちゃんがかっ飛んでるよ」。
あれから7年が経ちました。身の程知らずで無謀、自信過剰で自己顕示欲が強い僕が64歳で出会ったウインドサーフィンは僕の性格にフィットしていたようです。とくに昨年後半からは何かがはじけたようにとつぜん面白くなってきました。
浅川くんのドローン操縦と撮影テクニックもうまくなってきたし、ぼくのウインドサーフィンもまあまあのレベルには近づいてきたし、ことしはこの欄を発表の場にして2人の「老人」のコラボをやってみたいと思います。浅川くんも僕も張り切っています。
ちなみに逗子海岸の「イト爺」、相変わらずかっ飛んでおられるそうです。御年76歳!
浅川くん撮影の動画、以下で見られます。 https://youtu.be/M2__U_fbsjk
|
|
 |
 |
|
|
|